目覚めの夢
片山順一
夢と現実
満員の電車で、僕は揺られている。
精魂尽き果てるような過酷な工場巡りの帰り、一人の部屋に向かっている。
誰とも知らぬ人の汗と、体臭が渦まく中、最寄り駅への乗り換え場所を考えている。
これは現実じゃない。
こんなのが現実じゃない。
夢はいつか覚めるものだ。いつになるかは分からないけど。
どうせみんなそう思ってるんだろう。
お互いを少しも知らない、若い人も、年を取った人も、死にそうな人も金持ちも貧乏人もみんな。
これは現実じゃない。
※※ ※※
戦場に倒れている。
王国から十個先の街道に、ゴブリンとオークが出たとかで、派遣された。
鎧も剣も、ぜいたくだと言って与えられなかった戦場。
いやがらせと区別がつかないトレーニングと意地の悪い隊長。
家柄のいい貴族だけが、能力も高い騎士の集まり。
夢を見て家を出ても、下っ端はこんな扱いだ。
「動いてないな」
「壁程度にはなったよ。どうせ農奴の三男だろ。食い詰めだよ」
馬のひづめと、高級全身鎧のきしむ音が遠い。
絵本で読んだ騎士は遠かった。
従者から、剣をもらって領主だなんて、話の中だけのことだ。
一日中豚の世話か。
これは現実じゃない。
現実はどこだ。
※※ ※※
この国では、最高の大学に入れたはずだ。
昨日、庭でボールを蹴って、孫と遊んでいたはずだ。
白い石で作った家、流れてくる水。
砂漠しかないこの場所で、息子は成功したはずだ。
テロリスト、指導者、アメリカ、空爆、ガレキ、死体。
なんだ、これは。
平均所得は、人生の楽しみはどこだ。
自爆した義理の娘の破片はどこだ。
これは現実じゃない。
※※ ※※
あいつらは変わらないはずだ。
勉強と狭い人間関係だけしかない。
同じように好きあい、嫌い合い、たわいもなく敵味方を分けて騒いでいる。
それだけのはずだ。
言葉や記憶や映像を映し合っても、未熟で稚拙で社会に届かず、大きなものは顧みられない。
だから、あいつらに迎合する言葉は同じはずだ。
なぜ届かない。
同じだった、いや、それ以上だった。
この上なんて決してない。あの頃より自分は学んだ。
多く読み、書いた。
それが――。
長く、信じてくれた人たちに、なぜ報えない。
涙と喜びの数が足りない。
稼いだ数が、話にならない。
これは現実じゃない。
※※ ※※
家賃は一年分振り込んだ。
食べ物とオンラインゲームのアカウントだけがある。
一人の部屋に尋ねてくる者はない。
『いかがでしょうか、今のがあなたの可能性を試した夢ですが』
満員電車から帰ってきたら、勝手に聞こえた声。
夢が現実になると言った声に任せて、見た夢。
英雄の素質を持つ異国の兵士、砂漠の国の石油王、一斉を風靡したジュブナイル小説家。
その黄昏には、現実が襲ってくる。
「どこ行っても仕方ないんだね」
『ええ、そうです。ですから、楽しい消滅と終末を、ぜひ我々の手で……』
穏やかな声が頭を揺らす。
どの夢でも見られなかった、完全な安心、消滅した危険性。
『おい、馬鹿なことはやめろ! また夢を見るのか』
僕は体を起こす。
『よせ、もう見せられないぞ、今の夢がお前のものになるぞ。一番みじめで苦しいやつだろ、なあ!』
重いまぶたが軽く変わる。体に力が入ってくる。
『あ、やめろ、やめろ、おぉぉ……タマシイ、オレが、いきる、た、め……』
何かの怪物の声が消えた。
散らかった部屋で目を覚ました。
数か月ぶりにカーテンを開ける。
見下ろした街に、電車が流れていく。楽しみ、苦しみ、怒り、泣きながら、この夢を楽しむ人の群れ。
海の方から現れた朝日が、街を照らし出す。
「久しぶりに、朝、起きたな……」
僕は、部屋を片付け始めた。
目覚めの夢 片山順一 @moni111
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます