第17話 アイドルの世界 ③

 枢木夏向のシークレットライブがあった日から、早くも二週間が経過。



 後日、御空先輩から納得のいく説明を求められた僕は、下手な誤魔化しは逆に怪しまれると思い、女装してライブに行った経緯から枢木夏向の相方アイドルとしてデビューするに至るまでをありのままに伝えた。



 これで僕が女装アイドルになったことを知るのは、この世界で三人だけ。

 僕のお母さんと御空先輩、そしてマネージャーの秦泉寺明菜さんだ。



 秦泉寺さんとの話も纏まり、またお母さんの了承も得られたことで、ついに僕はアイドルとしての人生を歩み始めるのだ。



 学校も明日から夏休みとなる。

 だから今日は一学期最後の登校日、そう――終業式だった。



 蓮水高校の終業式は体育館で行われていた。



 だから僕たち生徒は、ほぼ密閉空間の体育館に連れてこられ、いちいち言わなくてもわかっている夏休みの注意事項を延々と聞かされていた。

 全校生徒が三百人足らずの学校とはいえ、これだけの人数が同じ場所に集中すれば空気も薄くなり暑さも増す。早く終わってくれないと、意識が……飛びそうだ。



『――以上で、終業式を終わります。三年生から順に退館してください』



 蒸し風呂状態だった体育館を出られたことで、ボーっとしていた僕の頭は徐々に冷め始めていく。



 貧血で倒れる生徒がいなかったのは、不幸中の幸いではないだろうか。



「ねぇ、肇ちゃん。明日から夏休みだけど、どこか行く予定とかあるの?」

「うん、まぁ……色々と予定はあるよ」



 体育館から教室へ戻る道すがら、僕に声をかけてきたのは渡良瀬琴美だった。

 しっとりと濡れた黒い艶髪を指かき分けると、彼女はハンカチで汗を拭う素振りを見せた。そして手団扇で風を仰ぎ、右手に持っていたメガネを掛ける。

 銀色の薄いフレームが太陽の光に反射し、目が眩みそうになった。

 


 琴美は僕とお母さんが交わしたテストの一件を知っているので、僕が女装してライブを観に行ったことは承知済みだ。



 しかし、僕が枢木夏向の相方アイドルになったことまでは知らない。



 ライブへ来ていなければ、枢木夏向にも興味が無い。

 したがって、彼女に言う必要も無いと思ったからだ。



「予定って旅行? それとも、またあの枢木ってアイドルのライブとか?」

「いや、確か今年の夏に枢木夏向のライブは無かったはずだよ。でも東京へは行くと思う。お父さんに逢いに行くって、お母さんが言ってたからなぁ」



 そんな予定は無いのだが、便宜上そういう風にしておくことにしよう。枢木夏向とユニットを組む以上、僕が東京へ行くのは事実なのだからだ。



「そうなんだぁ。あーあ、いいなぁ~。私のお母さん、夏休みくらい家の仕事を手伝えって、うるさくてさぁ」

「えっ、琴美に務まるの?」

「うわぁ、肇ちゃん酷い! お金の計算なら私でも出来るよ! ……それ以外のことは駄目けど……」



 なるほど、これが適材適所というやつか。琴美のお母さんも、お店の商品を粗末に扱われたんじゃたまったものじゃないだろうし。



「そうだ肇ちゃん、プール行こうよプール! 夏と言えば、プールでしょ! 明日から蓮見市営体育館の屋内プールが半額になるって聞いたよっ!」

「市営のプールなんて、琴美一人で行ってきなよ」

「一人でプール行っても楽しくないってば! は……、肇ちゃんと一緒に行くから、意味があるのっ!」



 暑さのせいか、そう言った琴美の顔はとても赤かった。



「僕とって、もう十年以上一緒に行ってるじゃないか。そろそろ飽きたでしょ」

「飽きない! 毎日一緒でも足りないくらい!」

「ちょ、やめてよ怖いこと言わないで……」

「と、とにかくプール! 肇ちゃんと一緒にプールゥゥゥゥゥゥゥ~!」

「わかった、わかった。予定の一つに入れることを前向きに検討しておくよ」

「絶対だよ! み、水着も一緒に買いに行くんだからね!」

「あー、はいはい」



 話もそこそこに切り上げて、僕と琴美は教室へと帰ってきて席に座る。

 その後、教室へ入ってきた先生から、宿題やら夏休みの補習やらのプリントを一通り配られた。



「じゃあ、みんな。夏休みを楽しむのもいいが、問題だけは起こさないでくれよ」

「「はーい!」」



 こんな具合に、僕の夏休みの幕が上がった――。

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