第6話 男の娘 (オトコノコ) ②

 蓮水高校に入学して既に一年三ヶ月経過しているが、僕が学校の授業に対してここまで真剣に向かい合ったのは初めてだ。


 教鞭を振る先生達の話を一言一句洩らさないよう、神経を集中して授業に望む。

パキッ、ポキッと、握ったシャープペンシルの芯が折れる音が刻々と耳に響いた。

黒板に書かれた文字をノートに書き写しているだけなのだが、必要以上に力が入ってしまう。



「ね、ねぇ……肇ちゃん……?」

「琴美、まだ授業中だよ。私語は禁止」

「もうチャイム鳴ったから、とっくに休み時間だよ」

「え? そうなの?」



 琴美に言われるまで気がつかなかったが、どうやら既に授業は終了していたようだ。人間何かに集中すると周りが見えなくなるというけど、こういうことをいうのだろうか。



「いつの間に……。それで、どうかしたの?」

「それはこっちのセリフだよぉ。今日の肇ちゃん、人が変わったように勉強して。一体どうしちゃったの?」



 ふむ、どうやら琴美の目にも僕がいつもの紫吹肇ではないように映っているらしい。その通り、僕は昨夜の一件を境に心を入れ替えたのだ。



「琴美、昨日僕のお母さんから電話あったでしょ?」

「えっ! それは……その……、うん……」



 僕の質問を聞いた琴美は言葉を濁しつつも、正直に答えてくれた。彼女の表情はややくぐもり、そして申し訳ないように眉根を寄せて僕のほうを見る。

 琴美は僕に、電話での内容を話してくれた。聞くにそれは、僕が想像したお母さんと琴美のやり取りに、当たらずとも遠からずの内容だった。



「肇ちゃん、怒ってる……よね?」

「いや、怒ってないよ」

「でも、おばさんから色々言われたんじゃない?」

「うーん、まぁ……ね。でも、いいこともあったから」

「いいこと?」



 そもそも僕がこんなに真剣に勉強し始めるきっかけを作ったのは琴美だが、別段彼女に対して嫌悪感を抱いているわけではない。


 いや、むしろ今では感謝しているといっても良かった。


 女装してライブを観に行くことをお母さんに知られたときは、さすがに家庭崩壊を覚悟した。しかしどうあってもライブに行きたい僕は、必死にお母さんへ頼み込んだのだ。そして、条件付きでライブへ行く許可を得たのである。



「期末考査でクラス一位を取ればライブに行っても良いって条件が、お母さんから出されたんだよ」

「クラス一位って、そんな無茶苦茶な……」



 琴美がこの条件を聞いて驚くのも無理はない。僕の成績はクラスの真ん中くらい、最高でも十番ぐらいに入るか入らないかの順位だ。


 そんな僕が、クラスで一番を取る。例えるなら、かぐや姫の出した無理難題に匹敵しかねない難易度である。


 しかしこれは、言うなれば愛の試練。枢木夏向という『かぐや姫』に会うためなら、僕は火鼠の皮衣だろうが燕の子安貝だろうが絶対に見つけだしてやる!



「納得はできたけど、肇ちゃん。今から勉強しても、テストの点数は上がりっこないよ。おばさんは遠回しに、ライブへは行かせないって言ってるんだってば」

「琴美……諦めたらそこで、ライブ終了なんだよ!」



 僕は諦めない、絶対に諦めたりするものか!

 

 必ずクラスで一位を取ってみせる。再びその思いを胸に秘めたところでチャイムが鳴り、次の授業が始まった――。

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