第7話 男の娘 (オトコノコ) ③
お母さんに条件を出された日から、僕はまっすぐ家に帰って授業の復習に勤しんだ。部屋の中で一人黙々とペンを動かす作業だが、教科書と向き合う時間は苦痛ではない。
勉強のモチベーションを維持できればと、僕は枢木夏向の曲を流してみた。するとこれが功を奏し、非常に勉強が捗るのである。
知識が、音楽と共に体へ流れ込んでくるようだ。まるで枢木夏向と一緒に勉強をしているかのような、そんな錯覚に陥った。
『紫吹くんって綺麗な字を書くんですね。それに漢字にも詳しくて凄―いっ!』
薔薇(バラ)、胡蝶蘭(コチョウラン)、苧環(オダマキ)、菖蒲(アヤメ)、杜若(カキツバタ)、風信子(ヒヤシンス)。しかし、枢木夏向にもっとも似合う花は、間違いなく『睡蓮(スイレン)』。花言葉は純潔。ぴったりだ!
『紫吹くん、この連立方程式の解は……』
数学の公式とは、解を導くことを目的として用いられる。彼女と僕の『愛の方程式』その解は、これから二人でゆっくり解いていくのだ。
『英文を訳するコツは5W1Hよ、紫吹くん!』
英語は、日本語で表すことのできない甘美で趣のある表現技法だ。英単語一つ知っておくだけで、僕が彼女に伝えられる愛のバリエーションの幅は大きく広がるだろう。しかも英語を上手く使い分けられる男って、ちょっとカッコイイ。
「夏向、僕が君を照らすSun Shineになるよ」
なんてね! なんてな! でも、かなり気障ったらしいかなぁ~……。
『違うわ、紫吹くん。邪馬台国の女王、卑弥呼は存在したの! 私を信じて!』
歴史とは、先人達が残した足跡である。教科書に記された文献は嘘か、それとも真実なのか……。The 卑弥呼――学校の授業だけでは知ることのできない物語が、今幕を開ける。主演、枢木夏向。今秋全国ロードショー。
『雄しべと、雌しべが結びつく事を……って、もう! 紫吹くんってば、何を想像してるのよ!』
雄しべと雌しべ、このキーワードを聞いてあらぬ妄想を企てるのは、青春を謳歌している者の生理現象なのだ。しかし僕の顔を見た彼女の反応は、とても困惑していた。頬を赤く染め、戸惑いながらも気恥ずかしそうに僕の方へ目を配る。
よそよそしく、チラチラ……と。
そして彼女は僕の手を優しく握り、こう口を開くのだ。
「勉強の続き……、しよ?」
当然のことだが、ここまでの彼女とのやりとりは僕の頭の中だけで行われているものであって、現実に起こったことではない――全て妄想である。
なんて画期的な勉強方法だろうか。これなら、テストだってなんとか……。
「イけそうな気がする――っ!」
あると思います!
そんな枢木夏向との嬉し恥ずかし個人レッスン(※妄想)は数日続き、僕はテストの日を迎えたのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます