第5話 男の娘 (オトコノコ) ①
一時間前に枢木夏向のシークレットライブへ行く計画を目論んだのに、僕は早速計画破綻の窮地に立たされていた。
「琴美ちゃんに聞いたわよ、肇。アイドルのライブに行くんだって?」
まさかの急展開、家庭崩壊の引き金を引いたのは琴美だったのである。
お母さんが事の真相を知るきっかけになったのは、僕の気がかりな態度に不安を抱いて琴美に掛けた一本の電話だった。電話の内容がどんなものだったのかは知らないが、おそらくこんなやり取りが行われていたに違いない。
『こ、ここ琴美ちゃん!? 肇の……肇の様子がおかしいのよ! 何か知らない?』
『おばさん、気づいてしまったのですね……。肇ちゃんはおそらく、アイドルのライブに行くか行かないかで悩んでいるんだと思います』
『アイドル? まさかあの、最近テレビや雑誌なんかでよく出てる枢木夏向って女の子?』
『そうですそうです、二十一世紀に舞い降りた天使の生まれ変わりの枢木夏向です!!』
『でもあの子の顔、とても思いつめていたのよ。それも、私のご飯が喉を通らないぐらいに……。あぁ、心配だわっ!』
『……そのライブ、実は【女性限定】なんです』
『女性限定? なら肇は、ライブに行くことができないんじゃ?』
『甘い、甘いですよおばさん! 宇治金時にハチミツとホイップクリームをかけて、さらに角砂糖をトッピングしたぐらいに甘いです! あの熱狂的アイドルヲタクの肇ちゃんが、女性限定というだけでライブを諦めると思いますか? 今頃部屋の中で、どうにかしてライブに行き、生の枢木夏向を会場で視姦する方法を考えているに違いありません!』
『そんな! ライブ会場に行くだけじゃ、あの子の欲求不満は解消されないのね……』
『おばさん、手遅れになる前に肇ちゃんを止めてください! おそらく肇ちゃんは、女装してライブ会場に忍び込むつもりです。 もしかしたら既にパンティーを穿き、ブラジャーに腕を通しているかもしれません!』
『へ、HENTAI……いえ、大変だわ!! 早くあの子を止めなきゃ!』
渡良瀬琴美、恐ろしい子!!
お母さんを惑わし、あまつさえ幼馴染である僕の心を蹂躙し尽くすだけに飽き足らず、家庭崩壊の危機に陥れる。
まさに下衆の極み、鬼畜の所業だと言わざるを得ない!
「こ、琴美から何を聞いたか知らないけど……。僕は別に悩んでなんか」
「じゃあ、枢木夏向ってアイドルのライブには行かないのね?」
「い、行かない……よ……」
「嘘おっしゃい!」
「嘘じゃないよ!」
「そんな態度で言われたって、説得力あるわけ無いでしょ!」
「うっ!」
僕はここで自分の弱点を痛感する。どうやら僕は、極端に隠し事が出来ない不器用な性格らしい。
自分が他者に対して後ろめたいことがあると、そのほんの僅かな部分に触れられた途端、敏感に反応して平静を保てなくなる。核心を突いてくる言葉や、身の回りの重圧感ある空気に飲み込まれてしまい、隠し通そうとした秘密は瞬く間に綻び始めた。
女装して周囲を欺き通そうとしていた僕にとって、この弱点は致命的だった。
「……ごめんなさい……」
僕は観念して、お母さんに謝った。嘘をついたこともそうだが、僕の態度でお母さんをここまで不安にさせてしまって申し訳なかったというのが謝罪の大部分を占めていた。
「はぁ~、まったくあんたは色々驚かせてくれるわね……。まさかアイドルに熱を上げて女装までしでかそうとするとは……」
母さんのため息交じりの言葉は至極もっともで、いやおうなしに僕の胸をグサリと突き刺してきた。
「お母さん、こんな状況でこんな事言うのもおかしな話だと思うけど聞いてくれるかな?」
「なんだい、まだ何かあるの?」
「やっぱり、女装してライブへ行ったら……駄目かな?」
母さんは僕の言葉を聞くと、目を見開き大きく口を開けてその場に固まった。
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