第4話 シークレットライブ④

 お母さんの作ってくれた晩ご飯は、いつになく味気ないものだった。

 いや、単に僕が味を感じていないだけなのかもしれない。野菜の盛り合わせとして作られていたレタスはシャキシャキした歯応え、アサリの入ったお味噌汁だって舌鼓を打つ程だ。メインディッシュに用意された唐揚げもカラッと揚がっており、文句の付けどころがない一品である。



「肇、今日のご飯……どこか変?」

「へ? う、ううん。そんなこと無いよ、とっても美味しい」

「そう? ならいいんだけど……」



 お母さんは僕の返事に一応の納得はしてくれていたみたいだけど、どこか心配そうな表情を隠せないでいる様子だ。今の僕の頭は食事を楽しむということではなく、どうやって枢木夏向のライブへ行くかということを本気で考えている。


 この世に生まれて十七年間、僕は男として生きてきた。

 股間にだって、ちゃんと男のシンボルを搭載している。だが、それでは彼女のライブへ行くことはできないのだ。



「ご馳走様……」

「もういいの?」

「うん、ちょっと今日は食欲無いから……」

「学校で何かあったの? 今日の肇、帰ってきてから様子も変だし……」



 お母さんの不安は至極もっともで、息子である僕の様子をいつも気にかけてくれているからこそ導き出されたモノなのだろう。


 しかし今の僕の悩みを、母さんに打ち明けるわけにはいかない。


 実の息子が、女装してアイドルのライブを観に行くと知れば卒倒してしまうに違いない。きっと高知県にいる叔父さんや秋田県にいる叔母さんに連絡を入れ、そして単身赴任で東京にいる父さんまで呼び出し、厳粛な家族会議が始まるだろう。


 だが僕は、家族との話し合いを経ても決断を変えるつもりはない。結果、辿り着く先が家族崩壊になるとしても――だ。



「ううん、大丈夫。僕は男の子だよ、母さん。男はどんな困難に立たされても、決して背を向けたりしない。勇気を持って立ち向かうから、心配しないで」


 僕の言葉を聞いても、お母さんはだいぶ戸惑っている様子だった。


 しかし今の僕が言えることは、これが精一杯。二階の自室に入り、枢木夏向のシークレットライブへ行くための綿密な計画を練り始める。今は、その事だけしか考えられなかった。



「とにかく必要なことは、この三つかな……」



 僕が考え出したライブへ行くために最低限必要なこと、それは『容姿』『立ち振る舞い』『言葉』である。


 まず『容姿』だが、男の僕が女の子の格好をするのだから当然他人の目を欺くことを第一に考えなくてはならなかった。女装と言っても、自分が納得する女装と相手を納得させる女装では根本的に違うのだ。判断基準は絶対的に他者であり、特に女子である。その事を念頭において、僕は女装のなんたるかを考えた。


 次に『立ち振る舞い』。女の子の何気ない仕草や反応は、男の僕と比較して大分異なっていると思われる。僕が女装し女の子として振舞おうとも、周囲の人間には個性として解釈されるだろう。付け焼刃の女装を行ったところでいつボロが出てしまうのか分からない以上、身なりと同等、いやそれ以上に立ち振る舞いに対して気をつけておく必要がある。


 絶対に悟られてはならない、僕が男だということを……。


 そして最後に『言葉』、これが一番油断ならない。女装している間、身も心も女の子になりきっているとはいえ――、僕は男だ。発言するときは内容だけじゃなくて、声のトーンも意識しなければならない。したがって必要最低限のこと以外は口にしないほうがよいだろう。


 たとえ女装することが自身の生涯でこの一日だけだとしても、男だと知られてしまう可能性は限りなくゼロに近い状態を保ち続けるように越したことはない。


 以上の三点が、女装することにおいて僕が念頭に置かなくてはならない最重要事項だ。最初は意識、そして意識し続ければ習慣化に繋がる。何かのテレビ番組で聞いたような気がする言葉を思い出し、僕は自己暗示の要領で自分に言い聞かせた。


「僕は会いに行くんだ、枢木夏向に……」


 決意表明を固めて口にしたところで、僕は早速身なりを整えるべく女装用の衣服について頭を働かせた。


「今時の女の子が好きそうな流行を取り入れた洋服をコーデしなくちゃいけないな……。それにカツラも、ショートカットよりロングヘアーの方が女の子っぽく見えるのかなぁ。うーん、お化粧は……するに越したことは無いよね、きっと……」


こうして僕――、紫吹肇改造計画の幕をが上がった。

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