一人きりの朝に笑んで

夏祈

一人きりの朝に笑んで

 他人が嫌いだ。本当に、本当に、大嫌いなんだ。


 まるで鍵がかかったように、開かない目蓋に力を込める。覚醒したら、あとはすぐ。目を閉じていても射し込む強い光に、誘われるように重い目蓋を開いた。真っ白な光。もしかして、私は間違えて天国にでも来てしまったのかと錯覚した。それであれば一大事なのだ。何もかも忘れたように上体を起こせば、ガゴンと透明な、世界との境界線に額をぶつける。痛むおでこを摩りながら、正しい手順でその扉を開くと、ひんやりとした空気が頬を撫でて行った。あぁ、あぁ。どうやら私の望みは成功したらしい。歓喜に頬を緩ませて、無意識に釣り上がる口角を隠そうともせずに私は寝台から降りて行った。地面についた一歩目が不安定で、身体が揺れる。落ちた筋力は自重を支えることも困難らしい。でももう、今更そんなことどうでも良いのだ。よろけながら一人分の小さなエレベーターに乗って、地上へ向かう。無音のその箱の中で、私はひたすらに喜びに胸を躍らせていたのだ。


ポーン、と軽い音が鳴り、扉が開く。エレベーターから降りて、側の階段をやっとの事で登り切り、開けた扉の向こうは、そう、私の理想の世界だった。

「……っ、ははっ、やった、やった…」

思わず漏れ出たその言葉に、返す人は誰もいない。聞き留める人すらも。

世界は滅んでいた。誰も、誰もいなかった。それこそが、私の望んだものなのだ。

走れない足で、何度も転びそうになりながら駆ける。他に人などいない世界を。そのままに、自分が眠っていた地下に戻り、大事に保管しておいたインスタントコーヒーをマグカップに入れ、湯を注いだ。湯気をあげるカップを両手で包み込み、息を吹きかけながらゆっくりとエレベーターへ向かう。そうして再び地上へと戻った。

荒廃した街並みはあまりに絶景だった。口をつけたコーヒーの味は眠る前とは違っていて、それは果たして時を経たせいなのか、自分一人になれた歓喜による補正なのか。啜っては飲み込み、その香りと味を堪能するうちに、いつの間にかマグカップは空になっていた。名残惜しく思いながら、そのカップを思い切り、遠くへと投げ捨てる。遠くでした陶器の割れる音が美しい。こんな景色にぴったりだ。一人頷き満足をして、私はポケットから出した銃をこめかみに当てた。

他人が嫌いで、怖くて、仕方なかった。皆が私を必要だと言った。向けられるその瞳の奥に浮かぶ暗い感情に、気付いていないとでも思っていたのだろうか。それほど愚かだと、思っていたのだろうか。

だから、私は全て壊して、終わらせることにしたのだ。自分一人で死ねば良かった話ではある。それでも私を暗い絶望の淵に落とした奴らを生かしたままに自分だけが死ぬのは、気が狂いそうな程に癪だった。だから適当な人材に声をかけて、世界を滅ぼす計画をたてた。そして安全な場所を用意したと全員を騙し、彼らとも永遠にお別れをした。出来上がったのは、私一人しかいない世界。本当に安全な場所を用意して、コールドスリープで少しばかり時間を飛び越えて、目覚めたのは今日この日。目論見通り、誰もいない世界。もう、満足した。最高だ、本当に最高の目覚め。誰にも怯えなくて良い朝。人より少し頭が回るだけの私に、あんな絶望を見せたからこうなるのだ。

ざまぁみろ、と笑って、引き金を引く。

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