第5話

 母は包丁をもったまま振り向いた。



 「大事な話だから」

 そう言うと私はダイニングチェアーに腰掛けた。母はエプロンで手を拭きながら、キッチンから出てきて私の前に立った。

 私は袋からプリントアウトした写真を5枚テーブルに並べた。母の表情が一瞬で強張った。「それ・・どうしたの?」と母は聞いてきた。



 「ネットでアップしている人がいた」


 私はすぐさま袋からCDを取り出してテーブルに置いた。

 「一体どうしたの?なんなの?」

 私は「ネットオークションで」と冷たく言い放った。




 「この写真の日付見て。この次の月に私が生まれるわけ?」

 母は少し語気を荒げて「あ、あなたが生まれたのは、翌年よ!」と言ってきた。



 「お母さん、ふざけたこと言わないでね。私はSLIDEのスケジュールも見たし、なによりお父さんの日記にもそう書いてある」

 「・・・・お父さんの日記?あれは処分したわよ」

 「お母さんがくれたお父さんのパソコンの中にちゃんと保存されていたのよ」


 


 「パソ・・・」母は絶句した。


 


 そして、母は鼻で大きく息を吸い込みキッチンに行き、冷蔵庫を開けオレンジジュースを2つのグラスに注いでテーブルの上に置いた。それから自分の部屋に行き、小さな木箱を持ってきた。それをテーブルに置いた後、私の脳天の髪の毛を手でクシャクシャと弄った。

 「大きくなったね」と言いながら、私の正面の椅子に腰を下ろし、頬杖をついて目をギュッと瞑った。そしておもむろに目を開けると母は、木箱のふたを開け逆さまにした。中からは多数の写真がバラバラと出てきた。何枚か手に取り見ると、その写真は母の歌っている姿やステージ上の姿が写っている写真ばかりだった。



 「ふーん、懐かしいわ」と言ってテーブルのCDを手に取り私の目の前で、ヒラヒラさせた。表のジャケットを指差して私に「このデザインお父さんが考えてくれたんだよ」と言った。

 


 母は話し始めた。


 


 「ベースのカズヤがお父さんと同じ会社で働いててね、CD制作のことを話したらいくつかジャケットに良いんじゃないかっていうデザインを見せてくれたんだよ。それがとても良かったから、私達はお願いしたの。そしたら、すぐにライブの打ち上げの席に何パターンか持ってきてくれたんだよ。その時がお父さんと初めて会った時だった」

 


 「その後は頻繁にライブに来てもらったし、電話とかでも良く話しをしたし、お父さんが作っていた歌詞とかを見せてもらったりして私も結構インスパイアされたかな」

 「本当に音楽が好きな人だったな」



 私は黙って母が持ってきた写真を見ていた。



 「バンドも最後の1年くらいになると、お母さんのお母さんがね、体が弱かったから、結構寝込みがちになっていったの、そんな頃お姉ちゃんが結婚して妊娠した。お腹の中の赤ちゃんがあなただった」



 私は顔を上げた。母の目は充血していた。 



 「お母さんは良くお姉ちゃんに、あんたばかり良い身分だと怒られていたから、もうそろそろお母さんの為にもバンドを辞めようって思い始めていた。お姉ちゃんにも子供が出来るしこれ以上負担はかけられないからって思ったから」

 「だから最後のライブの時はもうお父さんと結婚する予定だった」


 


 「しかしね・・・あなたが6ヶ月の時にお姉ちゃんは急死したの」

 


 「お母さんも、あなたのおばあちゃんも本当にショックでね。どうしていいかわからなくなった。いろいろ葬儀とかやることもあったからお母さんとお父さんであなたの面倒を見始めた」


 


 「いろんな人がうちに来て、これからどうするか検討した」


 


 「ちょっと待って、私の本当のお父さんはいるでしょう」私が口を挟む。



 


 「子供が生まれる前にはもう別れていたのよ。もちろん血の繋がった親ということで話もしたけれど、逃げてしまった」



 「そんな・・」私は言葉が出なかった。



 「最終的には施設に預けるという話にまで行ったけど、私のひざの上でチョロチョロするあなたを見ていたら絶対に手放したくないという衝動に駆られた」



 「あなたのお父さんはそれを受け入れてくれたんだよ」



 お父さんの日記のことが不意に横切った。「子供を一人前にする為にガンガン仕事をするぞ」というあの言葉はまさしく・・・。


 「お父さんはそれから本当に仕事の鬼になったしお母さんも毎日あなたを育てる為にがむしゃらになったよ。そしていつしか本当の娘だと思うようになってた」



 しばらく沈黙が続いた。私は母の写真をまだ見続けていた。



 母は、バンドのCDはもう聞いたの?と聞いてきたから、私は頷いた。母は「お母さん歌へたでしょ」と聞いてきた。私は「意外に上手だと思う」というと母は私のおでこをつついて笑った。



 写真を見終えて私は母に「写真の中のお母さんはとても楽しそうだ」と言った。




 母は突如テーブルの上のタオルを手に取り、顔にあてがい、嗚咽を漏らし肩を震わせ、そのままキッチンに走って行った。



 



 しばらくすると、母は「ご飯作らなきゃね」と顔を出した。



 私は壁のカレンダーに目をやった。もうじき夏休みは終わる。


 


 



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