第2話

 「Snug & raw」というバンドを探し始めて数週間が経った。中学校も夏休みになった。



 その間もずっと父の日記は読みふけっていた。



 私が生まれた時のことは両親にはこれまでいろいろ聞いてきた。


 父は徹夜明けで病院に向かい、とうとう生まれた日の記念写真やビデオ撮影を忘れてしまったらしい。

 


 私の一番古い写真は生後2日目からである。家には写真で残されていた。


 1年後の4月2日、私の満1歳の誕生日の写真もある。おじいちゃんおばあちゃんと両親たちと収まっている。


 


 父は私が生まれてから仕事がかなり忙しくなったみたいだった。日記にもそう書かれていた。私が生まれて数ヶ月くらいまでは日記が一切書かれていないことが忙しさを物語ってるようだった。

 


 私が生後6ヶ月くらいの頃の日記には私を「一人前にする為に仕事をバリバリこなすぞ」、というような声明文が書かれていた。



 私はそうした父の心情が今になりわかって胸が熱くなった。


 父の体に異変を喫したのが私が3歳を過ぎたあたりみたいで、日記の更新が滞り気味になっていた。



 最後の日記にはこれから病院に逆戻りだというようなことが書かれていた。その後の更新は無い。父は私が5歳と1ヵ月後の5月2日に死んだ。



 私は父との記憶がほとんど無いから、この日記は宝物だ。父と私の大事な思い出。






 ある日私はついつい朝方まで日記を読みふけっていた。この頃の父の写真や母の写真を見比べながら。そしたらいつの間にか朝方になってしまった。 

 


 私は目がショボショボしてきたのでパソコンの電源を落そうとした。

 


 画面に出ていた日記を閉じようとした時。「Snug & raw」の文字が目に飛び込んできた。結局このバンドは見つからないのか・・・、所詮無名のアマチュアバンドだったのか?、または父の友人絡みのバンドだったので探してもみつからないのか?など諦めモードに入っていたのだ。



 

 「Snug & raw」の英語のスペルが目に入る。





 S n u g  &  r a w 



 私はこのスペルを当たり前のように左から読んでいた。



 右から読んでみると・・・・「WAR&GUNS」と読めた。




 私は一瞬背筋がひんやりとした。まさかとは思うが、このバンド名で検索をしてみた。




 いくつかバンドが出てきた。絞って検索してみると、あるオークションサイトにCDが出品されていた。出品物の説明文にバンドの構成が明記されていた。




 ボーカル MARI 

 ギター JIN

 ベース カズヤ

 ドラム DAI



「JIN?」、唯一父の日記に出ていた名前だ。そして、メンバー構成もあだ名くさいが全員日本人のようだ。私はクラスの友人に頼んでこのCDを落札してもらった。



 そしてこのことはまだ母には内緒にしていた。



 


 数日してCDが届けられた。私はCDを開封してみた。ジャケットは流線型のデザインでポップな色使いだった。ジャケット自体は二つ折りの簡素なもので中には歌詞が書いてあった。

 


 クレジットは、作詞 MARI 作曲はバンド名義だった。メンバー構成もオークションの説明通りだったし、発売の年代も今から17年前とほぼ辻褄が合う。


 裏ジャケットはライブのステージショットなのだが、ギタリストは上半身裸で髪型はライオンのようであり、ドラムは顔の判別は出来ないが、振り挙げている二の腕がずいぶん太かった。ベースは黒髪でサングラスをしていた。ボーカルは女性でスレンダーな体系に赤いミニのワンピを着て髪型はおかっぱだったが、肝心の顔は髪の毛が邪魔し、なおかつ若干ブレていたのでまったくわからなかった。結局メンバーのルックスは今一不鮮明だった。


 


 次に曲をかけてみた。バックはハードなサウンドなのだがボーカルの声は線が細めだった。そのアンバランスさがウケていたのだろうか。

 いずれにせよ、4人バンドでボーカルが女性ということは判明した。



 しかしこのバンドが父の日記に書いてあったバンドだという保障は無い。



 


 17年前から15年前まで存在していたバンドなら、うまくいけばこのメンバーか関係者、または良くバンドを知る人に接触できるかもしれないと私は思った。



 すぐにこの年の都内の主要ライブハウスのスケジュールを調べてみた。そしてすぐに見つかった。

 


 かなりの本数のライブをこなしているだけあって、見つけやすかった。場所は池袋の「ロダン」というライブハウスだった。調べてみたら当時はまだオープンして数年しか経ってない新しいライブハウスだったが、今も同じ場所で営業していた。

 



 私は学校帰りにお店へと行ってみた。



 


 オープン前の時間を見計らって行ったほうが良いと思った。そして、出来る限り「私は中学生」ということを武器に使おうと思った。


 タイミングをみて、学校の夏休みの課題でかっこいいライブハウスを取材していますみたいな名目で店長に近づいた。店長は最初こそ怪訝そうにしたが、すぐに上機嫌になった。



 頃合を見て私は「WAR&GUNS」という10数年前に活動していたバンドを知っているか聞いてみた。




 店長はしばらく考えていたけど「あー知ってるよマリちゃんのいたバンドね」とすぐに思い出してくれた。


 私は心躍ったが務めて冷静に振舞った。




 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る