第15話 月曜日の朝

 佐藤 剛はアナログ式の時計が鳴るよりも早く 目を開いた。

 時計をみれば、十数分ほど早く目が覚めたのだと理解する。


 今日は学校がある月曜日のため、起きなければいけない時間だ。

 しかし、もう少し横になりたい気持ちが勝った佐藤は また目を瞑る ————

 もう少し寝てもいいだろう。

先週の金曜日から土曜日にかけてのことで、佐藤は まだ疲れが抜けきっていないのだ。


 目を瞑った数秒後、佐藤が住むボロアパートのドアチャイムが鳴った。

 外壁が薄いため隣人の部屋のものが鳴ったのかもしれないと思い、もう一度 目を瞑ろうとする。


 しかし、2回目のそれが鳴った。

 これは自分の部屋の方か、そう佐藤は気づいて 布団から這い出ると、着替えもせず玄関へと向かう。


 朝から最悪な心地だ。どうせ 原川静香あの女だろうと見当がつくからだ。

 このボロアパートで住んでいるのを知っているのは、一応 身内であるメイと 原川静香だけで この時間帯に訪れるとすれば、あの女子クラスメートしか考えられない。


 どうやって追い払ってやろうか、思い切り睨んだら、怯むかもしれない————

 3回目の呼び鈴が鳴らされた と同時に 佐藤は扉を開けた。

 しかし、そこにいたのは あの見慣れた同校の制服を着た原川静香ではなかった。


 呼び鈴を鳴らしていたのは、見覚えのある制服ブレザーを着崩した男子、その頭は特徴的な赤いモヒカンをしている。

「ぐっ」


 佐藤の思い切り睨んだ顔に、モヒカンの男子はかなり怯んだ様子を見せ、若干後ずさった。

 しかし なんとか持ちこたえて、佐藤を睨み返す。その顔は引きつっているため 睨んでいるというよりも変顔に近いものだ。


 佐藤は、来客が原川静香ではなかったのため 表情を変えた。

 不機嫌というより 、怪訝な顔、そんな表現があっている。


 佐藤は この赤いモヒカンの不良を覚えていた。

 こいつは、たしか 原川静香を連れてUGFCの会場へ向かう途中、路地裏まで尾けてきた3人の内の1人だったはず。

 何の用だろうか、いやそれよりも————

「なんで 俺の家知ってるんだよ」

「ツラ貸せ」

 佐藤は 大きく息を吐いた。

「なんで、俺の家を知ってるんだ? 」

「ツラ貸せや」

 モヒカン不良は表情を変えなかったが、眉がヒクヒクと動き出した。


 どうやらモヒカン不良こいつは質問に答える気がないらしい。ならば やることはひとつだ。

「わかった」

 そう言った直後、佐藤は扉の中から勢いよく飛び出した。

「うわっ」体勢を崩したモヒカン不良に対して襟を両手で掴み、そのまま後ろの腰壁へ叩きつけた。

「もう一度聞く。なんで 俺の家を知ってるんだ? 」

 もがくモヒカン不良に構わず、襟を掴む手を強めた。

 すると————

 その数秒後には モヒカン不良は 白目を剥き、彼の肢体が脱力した。

「へ? 」


 佐藤はすぐに手を離すと、モヒカン不良がずるずると床へ尻餅をつく。

「おい、おーい…… 」ぺちぺち と、佐藤がモヒカン不良の頬を叩くが反応がない。軽く締めるようにしただけなのだが 完全に気を失っている。


 佐藤は大きく、大きく溜息をした。


 ————————————


 蛇口を捻って水を出す。

 キッチン と呼ぶには古すぎる作りだ。台所と呼ぶのが合っているだろう。

 流し台の蛇口から流れる水がコップの中へと入っていく。

 蛇口を閉め、佐藤はそのコップを持ってちゃぶ台へ向かった。

 ちゃぶ台の横で モヒカン不良が寝かされている。

 佐藤はあの後 気絶したモヒカン不良を部屋に運び込み、寝かせて安静にさせていた。


 呼吸はしているから、そのうち起きるだろ。


 そう思いながら、彼はちゃぶ台にコップを置いて座った。

 しばらくしたらメイに連絡をして、こいつを処理してもらわなければいけない。

 また ぐちぐちと言われるだろうが、仕方がない……。


 佐藤はコップに口をつけた。それと ほぼ同時に、ドアチャイムが鳴る。

 無視を決め込もうと彼は思ったが、チャイムが鳴る、鳴る、鳴る ——

「今度はなんだっ」


 佐藤は苛立った様子で玄関へ向かい、扉を開けた。

「佐藤、おはよ」

 そこには 原川静香が立っていた。


 彼女がドアチャイムの押釦おしぼたんを連打していたようだ。

「お前、金持ちのくせに礼儀作法も知らないのか」

「知ってるわよ。ただ、たまには失礼な振る舞いをしたくなるのよ」

 原川はにこやかに笑う。


「ていうか、佐藤、顔色悪いわよ。なにかあったの? 」

「さっさと学校行け」

「早退してきたのよ」

「アンタ、いつもカロリーモットで食事済ませてるんでしょ。可哀想だと思って、ほら」

 そう言って彼女が出してきたのは、スーパーマーケットの袋だ。中には食材が沢山入っているようで膨らんでいる。


「お前、料理作れるのか? 」

「動画見ればなんとかなるでしょ! 」

 そう言って 原川は胸を張った。そんな彼女を佐藤は呆れた顔で見ている。


「う、ぅ……」

 後ろ側から声がしたため 佐藤は即座に振り返ると、モヒカン不良が上体を起こしていた。

「誰か いるの?」

「あっ おい!」原川は ずかずかと佐藤の部屋へ侵入していく。


 佐藤は内心、頭を抱えた。

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