第13話 ホームレスの溜まり場にて
「ついてくるな」
そう言い残して、遠くなっていく佐藤 剛の姿に、原川は 大きく息を吐く。
——機嫌を悪くするのは無理もないかもしれないけど、あんなに怒ることもないのに……。
彼女は、佐藤の姿は完全に見えなくなるまで、その場に止まっていたが。「さて」と原川 静香は気を取り直した。
「佐藤、どこに行くのかな? 」
原川はバッグから スマホを取り出した。
————————
やっぱり走るのはいい。嫌な考えが出てこないから 普通に好きだ。
佐藤は軽快な走りで、修行場所へと向かう。
走って30分ほどして、剛は目的地である公園に到着した。そこはホームレスの溜まり場としてよく知られている公園だ。
沢山のテントと汚れのあるくたびれた服を着ている人達の光景は、普通の人を寄せつけない。
昨今、ホームレスの溜まり場が徐々に減っている中で、この公園は彼らにとって数少ない行き場だ。
その中を、佐藤 剛は平然と歩いていく。
ちらりと見るホームレスもいるが、「いつものことか」そう視線を送っているだけだ。
剛は 一際大きなテントの前に立ち止まった。
「おう、来たか」
足音で、彼が来たことがわかった男が テントの中から出てきた。
身長は190センチはあるだろう。ニット帽を被り、タンクトップを着ている。年齢は20代後半か、30代くらいに見える。
身形は ホームレスにしては新しいもので、ある意味 異様だ。
「剛、メイから 聞いたぞ」
言った瞬間、男は襲いかかってきた。
咄嗟に避けようとするが、間に合わずに後ろを取られ、剛はそのままバックチョークの体勢に入られた。
「あれほど
男が怒っているのは 一昨日の アーケードで男子学生にバックチョークを極めたことに対してだ。
男はぐっと腕に力を入れたため、佐藤 剛は苦しい表情になる。
「 アホか! 下手すりゃ死ぬからな!! 師匠の言ってたことを忘れたのか〜!? 」
そう軽い口調で言葉を吐きながらも 腕の力を緩めない。その間、ニット帽の男は頭の中で数えていた。
26、27、28、29
「30、と!」
師匠が腕の力を緩める。佐藤はすぐに体勢を立て直し、男と向き合った。
「おーし、締めに30秒耐えたな! 普通は 絞め技が入っちまえば ほぼ対処の方法はない。だが、今みたいに相手の腕と首の間に、自分の顎を入れてうまく極まらないようにすることはできるからな。前よりは上達したじゃねーか」
息を切らしながら佐藤は頷く。
「絞め技の対処はわかった、んで、そこから どう体勢立て直せるかを、教えてください。師匠」
「まーだ 余裕あんのか。ガキのくせに」
ふと、師匠と呼ばれた男は 剛の後ろを見る。
「お前、誰だ」
佐藤 剛は悪寒に襲われた。嫌な予感がするからだ。
後ろにいる誰かが あいつ ではないことを願いつつ、振り向く。
その人物は黒髪で、スレンダーな体躯に セーラー服を着ている ────
「誰こいつ、剛の知り合いか? 」
「知らない」
無駄なあがきだとわかっているが、彼は首を振る。
「はじめまして。あなたは 佐藤に格闘技を教えている師匠、なんですか」
そう 原川はまじまじとニット帽の男——師匠を見始める。
見られている師匠はかなり警戒した様子だ。
仕方なく佐藤は口を開いた。
「メイから聞いたと思いますけど、こいつが 昨日の『特別観客』です」
この話でわかったと思うが、佐藤の師匠である彼はかなり警戒心の強い人物ということもあって、彼女を凝視するだけだ。
佐藤は当たり前の疑問を口にした。
「なんで ここがわかったんだ?」
「アンタの後ろ襟に仕掛けた GPS端末のおかげよ」
佐藤は後ろ襟に手をやる。そこには、シール状のものが服に張り付いていた。
彼女に後ろ襟を掴まれた、あの時に付けられたのだ。
そのGPS端末を見た、師匠は目を開く。
「なんでこんな
佐藤は もはや 怒る気力もなくなり、呆れた表情で訊いた。
「私ん
原川はヘラりと笑う。
「でも、さっき有効にしたから ここの居場所はわかっちゃってると思うけど」
言い終えるか、言い終えないかというタイミングで 何かのエンジン音が鳴り響く。
その音が、こちらに向かってきた。
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