第12話 開かずの間

 カンッと高い音が鳴った。

 その後に、連続して けたたましい金属音が鳴り響く。

「うわ!! なになになに!? 」

 原川 静香は驚いた様子で 布団から飛び起きた。

「起きろ」

 不機嫌そうな声の主は、佐藤 剛だ。

 彼は片手には金属鍋、もう一方はおたまを持っている。

 あのけたたましい音の原因は この2つをぶつけた際に出たものだ。

「普通に起こしてよね。もう…… 」

 原川は目を擦る。

に起こすってなんだ」

「揺さぶって起こすとか? 」

「意地汚いヤツに触りたくねぇ」

「はぁ!? 」

 怒り口調で「意地汚くないわよ! チビ猿の分際で ———— 」などと、言い始めた。

 佐藤は 彼女の言い分を聞き流しながら、昨日のことを思い出す。


——原川は、俺がが自分の家に泊めることを拒否しているにも関わらず、全く聞く耳を持たなかった。

 見かねたメイが それとなく 帰るように促したが 聞かず、妥協案として メイが所有しているホテルで泊まることを提案したのだが それも聞かず、佐藤の家で泊まるということに彼女が拘り続けた結果、現在、佐藤の家に居座っている。

 どうやら、原川 静香は頑固かつ、我儘な性格の持ち主だ、そう佐藤には映っていた。

「私の話、ちゃんと聞いてる!? 」

 彼女は、佐藤が話を聞いてないことにやっと気付いたようだ。

「なんで お前の話を聞かないといけねぇんだ? 」

 彼は苛立ちを隠そうともせずに言った。


「ごめん」

 そう言って原川は布団をぎゅっと掴む。

 佐藤は昨日の今日だったことを思い出す。流石にまずかったか、となにか言葉を紡ごうとするより 早く、彼女は口を開いた。

「ごめん、もう少し寝かせてぇ…… 」

 口を手で隠しもせず、大きく欠伸をひとつ。そして布団を被ろうとする。

 彼女の頭上 目掛けて 佐藤はおたまを振りかざした。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「ひどい、これ絶対腫れるわよ」

 原川 静香はおたまで殴られた頭をさする。

 さすりながら、部屋をぐるりと見る。

 六畳ほどの 和室で、畳特有の枯れ草のような匂いがする部屋だ。


 テレビとちゃぶ台小さなテーブル、エアコンが1台ずつ。

 部屋はかなり年季は入っているのだが、しっかり掃除はされているように 彼女は感じた。

 そして、もう一つ襖で仕切られた部屋をある。

 その部屋は、「絶対に開けるな」と佐藤に強い言葉で言われた部屋だ。

「そう言われると 気になるじゃん」けらけらと彼女が笑うと ————

 彼は何も言わない。

 何も言わず襖に仕切られた部屋へと向かった。

 勢いよく襖をピシャリと閉めたあたり 本気で開けるな ということは伝わってくる。

 襖で仕切られた部屋は暗く、中を窺い知ることもできなかった。

 原川は その部屋を 自分にとっての『開かずの間』ということにして触らないことに決めた。

 頭をさすり終え、彼女は食事を再開した。

 彼女が食べているのは、黄色い箱に入っていた 長方形をしている柔らかいクッキーのようなもの。

 彼女にとっては あまり見慣れない食べ物だったので 佐藤に訊くと、一食分の栄養カロリーを摂取できるもの、らしい。

「柔らかいくせに、けっこう パサついてるのね」

 と言いつつも、原川静香はそれを食べた。


「着替え終わったか? 」

「あ、うん。カロリーモットも食べたよ」

 隣の部屋から、佐藤 剛が出てきた。Tシャツ、レギンスにショートパンツを重ねた格好だ。

「じゃ、さっさと帰れ」

「アンタ、ジムにでも行くの? 」

「お前には関係ない」

 佐藤は玄関に向かうのを見て、原川はバッグの中を探った。

 先に外へ出た佐藤を追い、後ろ襟を掴む。

「私も行く! 」


「お前、いい加減にしろよ」

 静かな声音だが、明らかな怒気を含んでいる。

 佐藤が彼女に顔を向ければ、顔のこめかみにある血管が怒張して浮き上がっている。

「ついてくるな」

 あまりの圧に 原川は手を離す。

 それと同時に、佐藤は勢いよく走り出した。

 自分の修行場所に向けて。

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