第10話 説明


 メイは、所々錆のついた扉を3回ノックをした。

「入るわよ」

 相手の返答も待たず メイはすぐ部屋に入る。その後に剛も続いた。


 この部屋はUGFCの試合を終えた選手の控え室だ。中はロッカーが並び、それに平行してベンチが置かれている。そのベンチに原川 静香が座っていた。

「静香ちゃん、お待たせ」

「へ、あ、ども」

 自分の呼び方が変化したことに驚いたようだが、原川 静香は立ち上がり 軽くお辞儀をする。

「あら、そんなに堅苦しくしないでよ。もう」

 そう言いながら、メイは静香の隣へ座った。

 剛は自分の荷物のあるロッカーに向かう。

「静香ちゃん、さっきまでいた黒服、どこに行ったのかしら? 」

「あの人は『用があるから ここで大人しく待ってろ』 て言って部屋から出ていきました」

「そう…… 」

 一瞬 顔をしかめたが、「わかったわ」 とメイは笑って見せた。

「メイ、さっさと説明に入れよ」

「説明? 」静香は、ロッカーの前に立つ 佐藤 剛を見る。

「このクラブの説明よ」そう言ってメイは左足を組んだ。

「せっかくここに来たんだもの。説明させて」

 静香は少し戸惑っている表情をしているが、メイは言葉を続けた。

「このクラブで大勢の人達を見たと思うけど、あれ なんだと思う?」

 大勢の人たち、つまりあの富裕層のことだ。静香は首を捻る。

「夜の仕事で成功した人、とかですか?」

「いいえ、一般の企業に務める人達よ」

「! 」

「彼らはあたしのグループのスポンサーなのよ。ここはそのスポンサー達を楽しませるための場所で、UGFCはそのイベントの一つなの。まー、なんとなくわかってると思うけど、カタギの人はしないような仕事こともやってるわ」

 ここが『表の普通』が通用する世界ではないこと、それは静香にはよく伝わってきていた。所謂、裏社会の場所なのだ。

「あの、普通の人がと結びつくことにメリットあるんですか? 下手すれば、捕まるかもしれないのに。 デメリットの方が多いような気しか、しないんですけれど…… 」

「ハッキリ言うわねー!」

 メイは口に手を当てながら一頻り笑うと、微笑みながら答えた。

「リスクがある、とわかった上でも結びつきが欲しい人はいるってことよ。需要がある限り、も無くならないわ」

 そのにこやかな笑みに、ぞわりと鳥肌が立つ。視線を逸らしながら、原川 静香は疑問を口にした。

「その、UGFCは地下闘技とは どう違うんですか? 」

「通常の地下闘技よりも大金が動くことよ。このUGFCを観るスポンサー達には選手を選んで賭けていただくの。負けた選手に賭けていた場合はお金は全部はパーに、指名した選手が勝った場合は、勝ったスポンサーに賭け負けた人のお金の9割を分配する。ちなみに、残り1割は『こっち』に入ってくるシステムよ」

「じゃあ、あの囲んでいた人達はスポンサーなんですか」

「いいえ。レフェリーよ。勝敗を決めるのは彼らなの」 

 原川は、最終試合の1つ前の試合を思い出す。

「あんなに血だらけで闘うんですね。UGFCは」

「場合によってはそうねぇ。稀に死者が出ることもあるけど……」

「死……!? 」原川は佐藤を見る。

 佐藤はロッカーから市販のスポーツドリンクのペットボトルを取り出して、そのフタを開けようとしたが、原川の視線に気づき、手を止める。

「UGFCで闘う奴らは、みんな承知の上で出てる。もちろん俺も知ってる」


「そこまでして、アンタがUGFCに出る理由ってなんなのよ」

 佐藤はペットボトルのフタを開けた。

「メイ、一応の説明終わっただろ。早く着替えたいんだけど」

 そう言って佐藤はスポーツドリンクを飲みだした。

 原川 静香は佐藤の態度に ムッとした様子だ。

「まぁ、それは追々ね」そう言ってメイは立ち上がった。

「今日の説明はこれまでにしとくわ。2人共 着替えなさい。静香ちゃんの服と荷物はこっちのロッカーに入れてあるから」

「え、ちょっと待ってください。佐藤と同じ部屋で着替えるんですか? 」

 焦った様子で彼女は尋ねた。

 メイは瞼を瞬かせてから、薄笑いの表情に変わる。

「先にあたしと静香ちゃんが部屋を出て、着替え終わった剛が部屋から出たら、次は貴女が部屋ここで着替えれば済む話よ。なーに考えたのかしら? 静香ちゃん、意外とやらしいのね」

「原川静香、お前 バカだな」佐藤 剛も突っ込んだ。

「うるさいっ バカじゃない! 」静香の顔は赤くなり、声は若干上擦っていた。まだ なにか言いかけるが、それをメイは制した。

「それじゃ 静香ちゃん、部屋から出ましょうか」

 原川 静香は 悔しそうに唇を噛みながらメイのあとについて行く。しかし、扉から出る前に彼女は立ち止まった。

「あ、そうそう 。今日は佐藤アンタの家に泊まる予定だから よろしくね」

「は? まだ電車あるだろ」

「よろしくね」強い語気で言い放った原川は、扉を閉めた。


 佐藤はロッカーからスポーツタオルを手にとると、両手で頭を荒っぽく拭く。

絶対ぜってー泊めさせねぇ」そう独りごちた。

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