第8話 一方的

今日は楽な試合だ、そう男は思う。

なにせ 対戦相手は体格が小さい少年ガキなのだ。年齢トシはせいぜい中学生くらいだろう。

何故、こんなガキが UGFCにいるかは謎だが……。

そんな事は自分には関係のない話だ、と男は考えるのをやめて、軽くジャンプを繰り返す。


一方 相手である少年、佐藤 剛は 真剣な表情でボクシングフォームの構えをとった。


バカか、殴り合いで餓鬼が大人に勝てるわけがないだろが。

男は 余裕の表情で、その時を待った。


『Ready Fight!』ゴングが鳴る。


それは一瞬。


男の目から対戦相手佐藤 剛が消え、自らの足に衝撃が走る。

「んなっ!?」

男はマットの上に叩きつけられた。


何をしやがったんだ!?そう考える時には、佐藤はマウントポジションをとって、男の顔面めがけて拳を振り下ろす。

何が起こったのか理解できないまま、男は顔面に一撃を受けた。

とても中学生が打つパンチとは思えない重い打撃に驚き、男の動きが止まる。

それが2発、3発、4発、5発、6発と容赦なく振り下ろされた。


男はたまらず顔を背け、後頭部を佐藤に向ける形になる。

それが佐藤の狙いだ。顔面を守ろうとして マットにうつ伏せ状態になった男の首に腕を巻きつけて、絞め上げる。

バック・チョーク、相手の背後からめる絞め技だ。

「かッ」

喉仏と気道が押される激痛。こんなガキに負けてたまるか、そう身体を動かすと締める力が強まった。

さらに締め上げていく。もがき苦しむような痛みで男の意識は混濁し ────

ついに、己の首を絞めている腕に向けて 3回タップをした片手で叩いた


タップの後、佐藤はバック・チョークを解き、立ち上がる。


拳を上げて勝利宣言をした。

その顔は、試合が始まった時と変わらない表情で拳を上げている。


少しの間の後、ケージの周りを囲う彼らは拍手を送り始めた。


「す、ごい」

試合を見て原川 静香は佐藤による一方的な勝利に 目を開いていた。

「足にめがけてタックル突進するなんて…… 」

ゴングがなったと同時に、佐藤は瞬間的に構えを変えて低い姿勢を取り、足めがけてタックルを決めたのだ。

「相手は油断しすぎていたな。あの調子じゃ タックルが見えてなかっただろう」

原川は隣にいる黒服の大男を見つめる。「タックルって相手から見えなくなるものなの?」

「タックルは低く相手に当たる。不意をつけば、相手は視界から消えたように感じるもんだ」

また 強くなりやがったな、大男は嬉々とした様子で呟いた。

拍手が鳴り止み、ケージは徐々に迫り下がっていく。


「そろそろ、行くぞ」

原川は 黒服の大男に腕を掴まれた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


ケージが迫り下がる先、は無機質な作りの会場とは一変して、パイプや骨組みがむき出している。全体のスペースは広い。そのスペースの形は四角く、対角線上にトンネル状の通路が続いている。

完全にケージが迫り下がると、金網が自動的に下へと格納された。


佐藤 剛はケージ舞台から降りる。

対戦相手は、苦しそうにだが 自力で立ち上がり、佐藤とは反対側の通路へと向かっていった。

「ふぅ」

自分も控え室へ戻るため、通路へと向かおうと振り向く。

「佐藤!! 」

目の前から興奮気味で迫ってくる人物に佐藤は目を開いた。


「原川静香、まだ居たのか! なんだ その格好!? 」

「まだ居たって、こんな大男が隣じゃ好きに動けないし! それよりさ── 」

「おい」

佐藤は明らかに低い声を出した。黒服の男に視線を向けている。

「どういうことか説明しろ。こいつは試合だけ見せて帰すんじゃなかったのか? 」

「その話だが、主催者から指示があった」

佐藤の眉間に皺が寄った。


「主催者がこの娘と会いたいとのことだ」

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