第7話 試合

 地下にある鉄扉を開ければ、円柱のケージの中、スポットライトに照らされた男2人が殴りあい、時には蹴りを繰り出して戦っていた。


 互いに痣を作りながら、血のような、汗のような飛沫を上げて戦っているのに対して、ケージを囲んで座る彼らは、至って 静かに見ている。

 そんな異様な光景に原川 静香は息を飲む。


 ケージからだいぶ離れた位置にいる彼女は、隣にいる黒服の大男を見上げた。

「つ、つまり、これは地下闘技場 てことなの? 」

「よく その存在を知っているな」

 大男は原川を一瞥する。

「たしかに非合法の試合という意味では全く同じだが、違う」

「どういうこと……?」

 突然、ガシャン と大きな音が鳴る。

 見れば、試合の決着がつきそうだ。

 ひとりの男がケージに背を預け、もう一方の男の攻撃を必死に耐えていた。

 攻撃をしている男は勝ちを確信したようで、血まみれの顔で笑っている。

 攻撃に耐えていた男だったが、力が底をついた。徐々にマットへと頭を垂れる形になった。

 それを見計らったように、攻撃していた男は これまでよりも連打を強める。

 無抵抗な肉に 硬い拳が、何度も 何度も、襲いかかる。

 その凄惨さに、原川は両手で口を覆った。

 それは勝者の気がすむまで続く。



 肩で息をする勝者は拳を上げて勝利宣言をした。


 勝者の足元には、赤く腫れ上がり、血だらけの身体をした敗者が転がっている。

 ケージを囲んで見ていた彼らは拍手を送った。

 しかし、誰一人熱狂的な歓声を上げる者はいない。この拍手は勝者への賛美ではないのだ。

 試合が終わった、その合図で拍手を送っている。

 ただただ感情のない 静かな拍手だった。


 拍手が終わると、円柱型のケージが床へ下がっていく。主に舞台で使われるせりの技術が使われているのだ。

 そうして、り下がるケージごと 二人の男は姿を消していく。

 スポットライトが消えると共に、会場が仄暗くなる程度に照明が入った。

 先程まで静かに試合を観戦していた彼らは、小声で会話を始めた。

 離れた位置にいるため、原川には彼らの会話の内容は聞き取れない。静かに話す声は 音として鼓膜を揺らすだけで、原川 静香は放心したように前を見ていた。


「次が 最後の試合だな」


 しばらくすると会場はまた薄暗くなり、ケージが迫り上がってきた。

 スポットライトがケージを照らし、最後の試合をする二人の男が姿を見せる。

「さっ……!?」

 原川の大きな声を黒服の大男は手で遮った。

「声を抑えろ」

 そんなの無理、と原川は思う。

 なぜなら、佐藤 剛がそのケージの中に立っていたからだ。

 上半身裸で、程よく身体に沿われたショートパンツを履いている。


 対する相手は 180センチはあろうという男なのだ。

 相手の年齢は、10代後半か20代程に見えた。

 佐藤チビなガキが相手のためか、男は笑みを浮かべている。

 いくら佐藤も鍛えた身体をしているとはいえ、体格が違いすぎる。成人男性に未成年が叶うはずがない。

「佐藤、不利じゃん……」

「非合法の試合だからな。圧倒的な差がある方が盛り上がる。この様子だと、すぐに試合は終わりそうか」

 黒服の大男はどこか楽しそうな声音でいう。


 原川は踏み出しかけたが、すぐに止まった。

 一人で止めるなど、できるわけがない。たとえ奇跡的に 止めることに成功したとしても自分に何らかの危害が及ぶことは明白。

 これから、佐藤 剛 クラスメートが先ほどの試合ように蹂躙されるのかと思うと 自分の顔がこわばっていくのを 感じた。


『それでは、最終試合を始めます』


 薄暗い会場にアナウンスが入ると、会場は静まり返った。

 佐藤はボクシングで見るような構えを見せる。

 相手の男は 構える様子はなく、短い間隔でジャンプを繰り返していた。


『Ready Fight!』掛け声とともにゴングの音が鳴る。

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