第2話 平日の金曜日
けたたましいベルの音が鳴る。
その音で佐藤 剛は目を覚ました。
騒がしく鳴るベルの音は 佐藤の眠気など知らず、鳴り続ける。
畳に敷かれた布団の中から、佐藤はやっと手を出して アナログ式の時計を止めた。
その時計は、9時14分を指している。佐藤は重い身体を起こして立ち上がり、カーテンを開けた。
昨日の雨とはうってかわって、朝から眩しいほどの晴天だ。
晴天の光を受けているというのに、佐藤のまどろんでいるような目は変わらず 欠伸を一つ噛み殺す。
佐藤は布団を手早く畳み 押入れにいれると、学生服に手をかけた。
今日は金曜日の平日、学校があるのだ。
佐藤の身体には大きすぎる学生服を身に纏うと 黒縁の眼鏡をかけた。
リュックを背負い、いつもの靴を履いて、ドアを開ける。
「いってきます」
そう言って彼は外へ出た。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「この数式、誰かわかる人いるか? 」
数学担当でもあり このクラスの担任でもある教諭は黒板に書いた数式をチョークで指しながら言う。
誰も手を挙げず、担任と目を合わさないようにしている。授業中だというのに 居眠りをする者、隠れてスマホを弄る者が4名ほどいることを確認した担任は内心、嘆息をついた。
「原川、この数式わかるか?」
「はい」
そう言って彼女が立ち上がった時、教室の引き戸がガラリと開いた。
担任は眉をひそめる。
「佐藤、遅刻だぞ」
「寝過ごしました」
悪怯れる様子もなく淡々と言い放った佐藤は、リュックをロッカーに入れることなく席につく。
佐藤の態度はいつも通りだ。
生徒の1人がため息をついた。また違う生徒は咎めるような視線を投げる。
クラスメートの大半は、佐藤の毎日繰り返す遅刻やこの態度を快く思っていない。
教室中に嫌な空気が流れるのはいつものこと。
「佐藤 おはよ」
その瞬間、クラス中の視線が原川 静香に集中した。
「そ、そんなに驚かなくてもいいんじゃない?」
佐藤とは隣の席だし、と彼女は付け加えた。
皆、原川から視線を外したのだが、教室内はざわついたままだ。隣同士でコソコソ話しているクラスメートもいる。担任も驚いた様子だったが、授業が止まってしまったことに気づいたようだ。
「皆、授業に集中しろ」
担任は2回手を叩くと、教室内のざわつきが多少収まった。
「原川、この数式解いてくれ」
「はい……」
チラリと原川は佐藤を見る。
佐藤はノートも教科書も出さず、いつものように机に突っ伏していた。
机に突っ伏したまま寝ていた佐藤が目を覚ます。
佐藤が身体を起こせば、あたりはすっかりオレンジ色に染まって、静まり返った教室だった。
今日、佐藤が学校で起きたのは計3回だ。
1回目は昼食時間に、2回目は体育の時間を病欠するため保健室に逃げた時に、3回目は身体を起こした今である。
これが佐藤にとっての いつもの学校生活だ。
時計は5時25分を指していた。
「随分 よく寝てたわね」
佐藤はびくりと身体を震わせる。
隣の席に視線を向ければ、原川 静香が椅子に座っていた。
英語の教科書を開いて今日の復習をしている。
「眼鏡したまま寝てると、眼鏡のパッド部分で圧迫されて 鼻に跡つくよ」
原川は鼻に人差し指を当て 笑う。
「お前、原川 静香、か? 」
「今 気づいたの!? 」
「今朝 挨拶したんだけど、聞いてた?」
佐藤はその問いに首を横に振る。
「アンタね……」
机の横についているフックに引っ掛けたリュックを 手にとりながら、佐藤は訊く。
「昨日のこと、話したか? 」
「話すわけないじゃん。他校の人とトラブったなんて知れたら。親がうるさいから」
原川は教科書をスクールバッグに入れながら、口を尖らせた。
「そうか」
佐藤はリュックを背負い、教室の引き戸に向かおうと原川に背を向ける。
「佐藤、ちょっと待ってよ」
原川は佐藤の前を妨げるように立ち止まった。
「今日はアンタの家ついていくけど、いい?」
彼は眉間に皺を寄せる。
「親がうるさいんじゃないのか? 」
「今日は友達の家に泊まる、て話にしてる」
彼女は自信ありげに笑みを作った。
この様子だと女友達にでも口裏合わせをお願いしたのか、と佐藤は思う。
少し考える素振りをした後、口を開く。
「わかった」
「え!? 」原川は驚いた声を出した。
彼女の考えでは 佐藤は絶対断ると思っていたのだ。
断られた時の策を考えてきたのだが それを出さずに済むとは、と原川は思う。
「ただし、条件がある」
「条件?」
「今日のUGFCに観客として参加すること。それが条件だ」
「ユー・ジー・エフ・シー? 何よ それ」
「ついてくればわかる」
佐藤は、前を妨げる原川に構わず 歩み始めたため、彼女は避けた。
「冗談なら、ついてこなくていい」
振り向く様子も見せず、彼は歩んでいく。
「なにそれ」
なんでそんな条件つけるのよ、と原川は少し不満に思う。
しかし、それよりも好奇心が勝った彼女は 佐藤の後をついていった。
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