#226:忍辱負重な(あるいは、リピート・アフター・バーナー)
優雅な挙動ながら、凄まじいスピードでアクリル製のトラックの上を疾駆していく、僕とアヤさん。こ、これは最早、ローラースケート(しかも謎の動力付きの)を履いて行う、アイスダンスのようであって。
最初は完全に困惑していた僕だけど、流れる風景をさらなる高速で置き去りにするかのような、空を飛ぶような浮遊感と、間近に見える微笑みを湛えた美しい顔に、半周を過ぎる頃には、もはや陶酔感すら感じていた。
「……」
でも何故? という疑問は晴れない。こんな事をしなければ、もうとっくにゴールしている頃でしょ? それを破棄して、「敵」である僕と一緒になって滑るなんて、理解不能。
「……岬くんと、初めて会った時のこと、覚えてる?」
と、アヤさんが、ヘルメットのシールドを上げ、10センチメートルくらいの距離で、僕にそう囁きかけてくる。ついさっきもカワミナミさんに同じ事を聞かれたけど、何というか、僕を試すかのようなニュアンスを感じる。
アヤさんと出会ったのは、仙台のとある旅館の露天風呂。今時珍しい混浴の場で僕らは出会った。
混浴じゃなかったら、先に誰かが入っていたら、もしかしたら僕は入らなかったかも知れない。近頃では女湯に入るのも罪悪感があったし、かといって男湯に入れるほどには、心も身体もついていけてなかったし。
「……私ね、ほんとはね、あの時、故郷の栗原に帰って家の仕事手伝おうって考えてたんだ」
そして、アヤさんの口から出たのは、そんな心の底から吐き出されたかのような、自然な感じの言葉だった。……どういう、どういうことなんだろう?
「……このダメ業界では、とっくの昔に飽きられてたし、それでもそれしか私には取り柄なんてなかったし、いまさら他の仕事見つけるっていうのも、何か自分には出来なくて……」
この、ダメ界では完全無欠を誇るかのような、初摩アヤさんに、そんな苦悩があったなんて。
「……枕やって、評点に下駄履かせてもらって何とかA級には残留できていたけど、それももう限界だったし。愛人として繋ぎ留めていたプロデューサーにもあっさり捨てられて……何ていうか最低の気分だったの」
アヤさんの顔は、普段見せていた天衣無縫の笑みからは程遠い、泣きたいのに無理やり笑っているような、そんな不自然な笑顔だったわけで。このヒトを……悲しませる、その元凶は何だ?
「……でもそんな時に、キミに逢った。同じように、今の自分に苦しんでいるかのようなキミに」
アヤさんの大きな瞳の周りが真っ赤になっていた。そして、感情を絞り出すかのようなアヤさんとは逆に、僕の腹の底はどんどん冷え切ってきていた。もちろん、怒りでだ。
「……キミは私と出会えたことが恋だと言いきってくれた。運命だとも」
僕は無言のまま、その哀しくも美しい泣き顔を見つめることしか出来ない。
「……本当に連れていって欲しかったなあ、北の、最果てまで」
アヤさんは震えた声を出しながらも、微笑んでくれた。
「……」
そしてそうまで言われたのなら、もう僕がやるべきことは、ほぼほぼ決まっているわけで。
「……あなたのしがらみを全てぶち壊す。元老を、元老の元凶を引きずり出して決着をつけます」
僕の口をついて出たのは、そんなありきたりな決意の言葉でしかなかったわけだけど、目の前のアヤさんの顔は、見たこともないくらいに、ぐしゃぐしゃな表情を呈していた。
そしてワルツの体勢を解いて、思い切りしがみつかれるように抱きつかれ、胸に顔を埋められる。あ、これは、あれだ、あとでサエさんから折檻食らうパターンだ。などと、そんなしょうもない事を考えていた僕に、デジャヴな誤算が。
「!!」
僕に密着した状態のまま、爪先から足場に降りたアヤさんのローラーヒーロ―が火を噴いた。そのまま僕の体は時速60キロメートルの速度で後ろ、すなわちコース内側へと電光石火で寄り切られていったわけで。
あ、嗚呼。嗚呼嗚呼ァァとしか言えんわー。
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