#181:非日常な(あるいは、毒顔流)

 

 紅のワンピースはジョリーさんの手によりその表面が整えられ、ますます深みを増したかのような色あいだ。僕のために誂えられたその戦闘服に袖を通すと、背中のファスナーをサエさんに上げてもらいながら、純白のエプロンを手に取る。頭を通し、背中のリボンも結んでもらう。


「……」


 そして新しい黒ストッキングを穿いてメイドシューズに足を入れる。メイクは既にジョリーさんの手により、盛りに盛った感じのチューンナップが施されており、これに赤毛のウィッグと白のカチューシャを付ければ完了。ぐっ、と姿見の前で体に力を入れてみる。よし、準備は整った。もう一度、戦場へと戻る準備が。


「よし。そいじゃあ、グラウンドの方へ戻るとするぜ。そろそろ前の対局も終わる頃合いだろうしよ」


 アオナギは例の「蒼」のメイド服に例の隈取りのまま。医務室のベッドの上でずっとごろごろしてたけど、ようやく腰を伸ばしつつ、ベッドから床に降り立つ。いつも見せる自然体の感じだけど、その顔つきからして戦闘態勢に入ったようだ。


「おおう、カワミナミの奴は勝ったのかのう? 元老院裏切ってからは、露骨なことされているだろうによぉーう」


 丸男は先ほどの対局で酸性プールに水没したため、その「碧」のメイド服はただいま洗浄中だ。どこから持ってきたのか、サイズがまるで合ってない臙脂色のジャージを無理やり着ている。その下から覗くのは黒地に白い勘亭流が躍る「伊達」の二文字。おそらくは仙台行った時に購入したお土産Tシャツのひとつなのだろうけど、「伊達」だけって。


「……今終わったようよぉ。ジュン坊チームの圧勝だってぇん」


 ジョリーさんがスマホの画面を見ながらそう告げてくる。


「ま、順当か。俺らが野郎と当たるまでにはあと2連勝が必須だ。少年がやる気を維持してくれたのは好材料だからよお、このまま突き進むとするぜ」


 アオナギはそう言いつつ、医務室をふらりと出ていく。ほんと、緊張感とか無い人だな!と思うも、それが今は頼もしさにも感じるわけで。


「ムロっちゃんよお、次の対局料は120万だぜぇ。ウハウハ状態がいよいよやって来たんぞなもし」


 丸男も変な語尾でそう僕を鼓舞してから部屋を出ていくけど、今の僕は、お金のことは二の次になっているんです。でも今までみたいに目の色は変わらないけど、大丈夫ですよ。妙なやる気が漲ってますから。


「アタイはマルちゃんの『碧』の補修してるから。まあ、ムロっちゃんならもう何やっても大丈夫そぉだしぃん、実況だけ見とくわぁん」


 ジョリ―さんもそう言い残し、ひらひらと手を振って医務室を後にする。残されたのは僕とサエさん。


「……ムロト」


 僕のメイド服の二の腕辺りのところを摘まみながら、サエさんがぽつりとそう呼びかけてくる。


「……行くなら当然豪華客船……なんだからねっ」


 世界一周旅行ですよ? だったらもう優勝して「溜王チーム」も倒すしかないですね! サエさんの方を向いて力強く頷いて見せようと思った僕に、不意打ちで唇を合わせるだけの軽い衝撃。せせせ、セプンッテ、イイーネェェェェェェェ!!

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