#180:未確定な(あるいは、ディープィン・マイハート)

「あらさっぱり。うーん、こうして改めて見るとムロっちゃんてば中性的な佇まい? よねぇん」

 医務室のパイプ椅子に腰かけて、暇そうに自分のネイルをいじっていたジョリーさんが、シャワーから帰ってきたすっぴんにスウェット姿の僕を見るなりそう言う。


 中性的ね。そんな風にフォローしてもらえるのは少しありがたいけど。部屋にはサエさんと丸男、そしてアオナギが、スマホをいじったり、何かでかいおにぎりにかぶりついていたりと、めいめい勝手にくつろいでいるといった感じ。サエさんがいつの間にかこの面子に馴染んでいるというのが、少し意外に思えるけど。


「少年、次の俺らの対局まではあと一時間も無いわけなんだが、その前に少し、お前さんと話しておきたいことがある」


 僕が先ほどまで寝ていたベッドにだらしなく横になっていたアオナギがそう言うけど、何だろう。


「まああっさり言っちまうと……ここで棄権するかどうかだ」


 !! ……いきなりのその言葉に僕は一瞬、言葉を失ってしまう。ええ? でもやっぱり、この人には僕の逡巡が見透かされている。


「お前さんが亡者が如くカネを欲していたのは、おそらくはそのカラダを換えるための手術費用だろうと踏んだ。だが今、その目標とも言うべき重大な決心・決断が……揺らいでいると俺は見ている」


 ……この人は僕の心の中が読めるのだろうか。思わずサエさんの方を見てしまうが、僕の愛するその人は、その大きな瞳で、僕の方を優しく見返してくれただけだ。決断はあくまで僕。僕が決めるべきことなんだろう。しっかりしろ。さっき決めた肚はどうした。


「……ここまでで得られた対局料プラス予選優勝賞金を合わせると、295万。三等分したらひとり頭98万ちょい。もの足りないだろうが、まあ無いよりましって感じだろ? だがこれに俺の取り分の約半分、42万を上乗せしてやる。これで140万円。タイあたりで一発くらい手術が受けられる額にはなったよな?」


 う、うん、よくご存じで。調べてくれたのかな?


「……そのくらいで良しとしてしまえば、これ以上の戦いは益が薄いものになっちまうし、お前さんの身体の負担も考えると、棄権することを勧める、とまあこういうわけだ」


 色々と……考えてくださったんですね。寝転がって肘をついた姿勢のアオナギの顔を、僕はじっと見つめた。まあその顔は白・黒・赤の隈取りが相変わらず施されているわけで、直視はしづらいんだけど。


 だけど。僕は一回、自分の頭の中身をちらと睥睨するように振り返ってから、やっぱり底の底はもう決まっていた事柄を確かめるようにゆっくり言葉として紡ぎ出していく。


「……正直、自分でも迷ってはいます。いや、いました。おっしゃる通りのお金の使い道ですし、いや、でしたし、そのためにこの溜王戦を頑張ってきてたってのもあります。……いや、ありました」


 わざと回りくどい言い方を選んでやる。思い切り、にやりとしてやった僕の顔が、アオナギのにやりと向き合った。


「でも僕は、これからもカネの為に戦い、そしてこの溜王戦の優勝を目指します。賞金でサエさんを世界一周旅行に誘わないといけないんです」


 そう、僕の新しい目標は世界を視ること、世界を知ること。自分と向き合うのは、そして結論を出すのは、それからだって遅くはないはずだ。いやむしろその方が近道なのかも知れない。サエさんが掌で口を覆ったのが視界の端で見えたけど、そこに視線を向ける前に、僕は両肩をでかい掌でがっしりと掴まれたわけで。


「じゃ、じゃあここからも先生のお力で、我々をカネのニオイがする方へと誘ってくださるってぇわけですね?」


 丸男が意気込むが、まずキャラを安定させてくれ。


「ええ、行きましょう、この3人と、もちろんサエさんもジョリーさんも一緒に。僕らは今や、5人で『メイド・イン・HELLン』なんですから!!」


 高らかに言い放った僕だが、それと反比例するかのようなポカン顔が4つ。あれれ~、忘れないように、爪で腕にでも彫っといてあげましょうかぁ~?

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