#179:不退転な(あるいは、燃えよムロトン)
とまあ、次の対戦相手も気になるは気になるんだけど、僕は僕で自分の体の汚れも気になるわけで。汚れとか……臭いとか。ジョリーさんから買ってきてもらった下着やら派手に光沢感のある白いスウェット上下やらタオルやらを受け取ると、僕はそそくさとシャワールームへと向かったのだった。
「……」
身体にこびりついた汗や汚れを流し去り、ついでにメイクも落としてすっぴんの身軽になった僕は、改めて洗面台の前の大きな鏡の前にパンツ一丁の姿で立ってみた。顔自体は正直、男でも女でもいそうな顔。ひげはあまり濃くなってない。少し出た喉仏はやっぱり微妙だ。なで肩に申し訳程度に膨らんだ胸。客観的に見たらまだ女なんだろうか……素の僕は。あ、いや、「素」というのはおこがましいか、ホルモンで盛ってるわけだし。でも、それでも、多くの人達には外観が男とは認められていなかったわけで。
「……」
お金が欲しかったのは、性転換手術の足しにしようと考えてたからだった。もっと外科的な……劇的な変化を求めていた。でも本当にそうか? 本当に求めていたんだろうか。サエさんのことが思い浮かぶ。僕を、女だと分かった上で、好きだと言ってくれた初めての人。自分とも向き合えず、釣り合いを取ることも出来ずに中途半端に右往左往している僕にちゃんと正面から向き合って、そして肯定してくれた人。
僕はまたしても揺らぐ。意識が、思考が揺らぎ始めて、自分で自分の気持ちがよく分からなくなってきた感じだ。
「ふーっ」
意識して、大きく息をついてみる。分からない? いや、ひとつだけ自分の中ではっきりしている事があった。他ならぬこの溜王戦のことだ。
最初は手っ取り早く大金を掴むために出場したつもりだった、この正体不明の戦い。でも対局を重ねるうちに、いつの間にか僕の中で存在を大きくしていった、この未だ底を見せない、本当の姿は、おそらく自分自身と向き合うための過酷な闘い。
「……」
出会いがあった。よく驚いて、よく呆れて、よく食べて、よく笑った。このたったの十日余りの間で、僕は、何年分にも値する膨大な経験をしたのかも知れない。いやそれは言い過ぎか。でも僕はこのスタジアムの大観衆の中で、メイド姿という女装(?)をすることで却って、性別というしがらみから解き放たれた状態で、自分の中の澱を吐き出せていたのかも。
よし!! 肚は決まった。賞金のことはもうどうでもいい(でも副次的にあったとしても、それはそれでいいよね)。僕には、僕にもまだはっきりと整理がついていないけど、この戦いを最後までやり通す理由がきっとあるはずだから。
決意新たに、白いスウェットを身に着けると、足早に医務室へと戻るのであった。
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