真・最終章:そうだよ/世界は/ダメだよ

#175:不条理な(あるいは、去りとて、過ち)

 ウオーンオンオンと獣が啼くが如く号泣する僕を、背中からきつく抱きしめたまま、あやすかのようにとんとんと二の腕辺りを叩いてくれているサエさん。


 哀しみは、止められやしないけど、僕には、この人がいる。最大限の顔面の筋力を用いて、何とか歯を食いしばって嗚咽を止めようとしてみる。


 きっとメイクは崩れ、くしゃみをする直前みたいな残念な顔になっているんだろう、ふ、と僕の顔を覗き込んだサエさんは、くすりと少し笑ってこう言ってくれた。


「我慢しなくていいから。今までのムロトの悲しかったこととか、つらかったことも、この際全部思い出して吐き出しちゃいなさいよ」


 僕を真正面から見据える、その目は優しさを湛えているように見えた。でも、でも。


「……ぼ、僕はサエ様にお仕えする汚らわしい淫獣メイドです……」


「いいから」


 精一杯の僕の強がりもそこまでだった。思い出したくない過去のあれやこれやがフラッシュバックしてきそうになってきていたから、必死で心を閉じようとしていたのに。


 全部、思い出しそうだ。全部、襲い掛かってきそうだ。ううううう。


「共有して拡散。決着をつけるって言ってたでしょ。ここでぶちまけなさいっ!!」


 サエさんの優しくも厳しいその声に、僕は昔のきっついきっつい出来事を片っ端から、思い出すそばから叫ぶように、この地下球場の空間に解き放っていった。


 ―親友だったコに告白したら、気持ち悪がられてクラス中に言いふらされたこと。


 ―ミサ菌が伝染ると、女同士でチュッチュしちゃうんだよーと、そのコに面白半分に言われて、クラスの女子から避けられたこと。


 ……どうして僕は男に生まれなかったんだろう。


 ―外見を男っぽくして臨んだ大学デビューも、ただのファッションとして受け止められ、女の子の友達はたくさん出来て、恋人ごっこみたいな雰囲気になっても、僕がその気で迫るとみんな逃げて行ったこと。


 ―ホルモン注射で声とか姿とか、自分がようやく納得出来るような外見を手に入れたけど、何か自分を失っていくのが怖くなって、ここ数か月はやめてしまっていること。


 ……どうして僕は。


 ―そしてほとんど全ての人(丸男以外)は、僕の事を女だと認識していたこと。


 ……僕は。


「私はそんなムロトが好き」


 ……僕は、目の前の人を。


「……ダメで淫獣なムロトが好き」


 ……目の前の人を、愛することが出来るだろうか。


「……」


 いや、出来ないでどうする? 気合い入れろ、誰が何と思おうと、僕は男だ。男でありたいんだ。あああああっ……!!


「……ぁぁぁアナタガっ、好キデソぉぉぉ…オキャっ!?」


「それはやめろ。地味にむかつくから」


 魂の叫びを言葉に換えようとした僕の左小指を思い切り曲がらない方に折り曲げつつ、サエさんが警告を発した。あ、これ駄目なんですね。僕はかなり好きなのに。では改めて、


「サエさん……僕はあなたの事が、好きです」


 気持ちをまっすぐに伝えた。目の前で微笑みを見せた最愛の女性は、軽く首をしゃくってから、目を閉じて顎を少し上げる。


 ヒューヒューという観客たちの声やら指笛やらが、グラウンドの僕ら二人に降り落ちてくる。イツァドラマティカル!! と勢い込んで唇を尖らせた僕だったが、


「む~わ~た~あ~ん~か~いぃぃぃぃぃぃ」


 いきなり地の底から響くかのような凄まじい低音に、思わずその音の出どころの方を見てしまう。


「私をないがしろにするのはゆ~る~す~わ~あ~んんんんん」


 その声の主は、やはり白金の衣装を煌びやかに輝かせている葉風院だった。その外見の派手さとは反比例するかのように存在感を失っていた歌姫が、ついに……!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る