テレテレテレン♪
信濃 賛
テレテレテレン♪
俺は停滞のなかにいる、といつも感じていた。浮き沈みのない人生をただ坦々と過ごしてきた。それで満足できる人間は、きっといるんだろう。だが、俺は違う。坦々と生きて、何も起きずに死ぬ。そんなのは真っ平ごめんだ。一波乱もない人生は、もはや人生とは言わない。
俺は心の底から非日常を求めた。
だからだろう。俺が異世界に来れたのは。
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テレテレテレン♪
知らない音が辺りをかける。
知らないにおいが辺りを漂う。
知らない空気が俺を包む。
知らない世界が視界に広がっている。
俺が気づいたときにはもうそこは異世界だった。
まずは音。なにかがそばを飛んでいく音がする。それはぱちぱちと音をたてて飛んでいく。まるで火の玉がそばを高速で飛んでいるような音だった。
それと同時に不思議なにおいが漂う。甘くもあり、焦げくさくもあり、さらには生くさくもある、砂糖を焦がしたものの中にイカをいれ炒めたようなにおい。
眼下にはクレーターがボコボコ空いた荒野が広がっている。
俺はいま飛んでいったものを探す。彼方に、オレンジ色のとてつもない大きさの球体――俺たちの世界のものでいうと、それは宇宙での太陽の姿と似ていた――が荒野に降りていくさまがあった。地面と接触した瞬間、それは炎の柱となって蒼天を穿った。
瞬間、衝撃走る。体を吹き飛ばすほどの風圧が俺を襲う。
「な、なんだッ!?」
思わず声を上げる。衝撃波は波のように俺に襲いかかってくる。ふんばりがきかなくなってぶっとんだ。あれはきっと魔法だ。魔法に違いない。
それは日常ではない、非日常との邂逅。未知との遭遇。
テレテレテレン♪
魔法に出会えた喜びに浸っている俺の脳内を効果音のような音が響く。
知らない音のように思ったが、よく聞くと耳に覚えがあった。なんだっただろう? 考えていると、さっきまで真っ青だった彼方の空にどす黒い色の雲がかかる。それが尋常じゃない速度なので、思わず注視する。
急成長した暗雲はゴロゴロゴロ……と呻きを上げ、閃光を帯びはじめる。
暗雲がため込んだ光はいかずちになって大気を裂く。
それも一撃きりではなく数えきれないほどの雷が彼方の空を埋め尽くした。その時の轟音を俺は正確に言葉で表すことができない。ただただうるさかった、耳が壊れるかと思った、と、幼稚園生でも思いつきそうなくらいの感想でしか、あの音を表現できない。
ひっきりなしになる雷の音に耳が耐えられなくなったとき、暗雲はすーっと消え、雷の音もしなくなった。
テレテレテレン♪
続けざまに響く謎の音。音が鳴った直後、一陣の風が俺の頬を撫でた。さっきまで無風だったのになと首を傾げた俺の目に、少し離れた所で荒野の枯葉が一枚、その場でぐるぐると回っているのが映った。つむじ風が起こっているようだ。最初はくるくると回るだけだったつむじ風だったが徐々に徐々に円を広げていき、高く大きく成長していく。砂など残っていないにも等しい荒野からなけなしの砂を強奪し、自分をいろどる服とする風。成長したつむじ風はほのかに黄色い竜巻となり、荒野を横暴に吹き荒れる。
「ってあれ、竜巻、一本じゃなくね?」
俺は竜巻が増殖し、三本になったのをしっかりと認める。三本になった竜巻は五十キロバーベルすら飛ばしかねない風圧であたりを蹂躙する。三本の竜巻の間にできるのはあらゆるものを細切れにする真空の圧倒的破壊空間。その画はどこかで見たことがあった。
だが、しばらく暴れた竜巻はある瞬間、あたりに黄色い砂をまき散らしてふっ……と消える。
テレテレテレン♪
(そろそろ、分かってきたぞ。この音は魔法が発動されたという合図なんだ。そして状況から察するに、さっきから魔法を使っているのは俺。だって周りに人いないし。……けど、これ、終わってくれるのか? というか、魔法ってこんな垂れ流されるもんなのか?)
次の魔法が発動される。瞬間、体に力がみなぎってきた。全身の筋肉が増強されたような感覚に満たされる。これは恐らく。
(バフ系の魔法か)
思い当たった俺は早速、何かを攻撃してみたくなった。だが、ここは荒野。壊せそうな壁もなければサンドバックもない。異世界にいがちなモンスターも見当たらない。というわけで俺は仕方なく、地面を殴ってみることにした。
「いち、に、の――っ!!」
こぶしが地面に触れた瞬間、俺の体は宙に放り出された。
「――え? うわあああああああああぁぁぁ……!!」
地面が、消えていた。正確に言うと、地面が大きくへこんで目に見えなくなっていた。
テレテレテレン♪
宙を自由落下している中また、音が流れる。この音が流れたということは。
「いや、ちょまっ、前半に魔法たたみかけ過ぎじゃねえええ!?」
俺の嘆きをあざ笑うように次の魔法が発動する。
魔法は淡い色の光となって俺の体を包み込み、上への推進力を与えた。与えた、だと俺に自由意思があるように思われるだろうけど、実際そんなことはなかった。それはおちていくだけだった俺を一瞬宙にとどまらせ、そのご、上方向にすさまじい勢いで飛び上がり、どこかへと俺を連れて行った。
魔法に連れられるままたどり着いたのは、大きな町だった。お城のようなものがあったのできっと王国なんだろう。
ふわりと王国に降り立った俺。見回すと人がたくさんいた。騎士のような恰好をしている人、市民らしき格好をしている人、冒険者のような恰好をしている人。王国は人であふれかえっていた。
魔法に振り回された俺はふと考える。
(ってあれ、もしここで魔法が発動したら……)
冷や汗が出てきた。これほどの人がいる中でもしさっきの竜巻魔法が発動してしまったら。竜巻の色は何色に染まってしまうんだろう。
一刻も早く魔法の制御方法を知らなければならなくなった。
「あの、すみません!」
俺は近くを歩いていた魔導士然とした女の人に声を掛ける。
「なんでしょう?」
「魔法ってどうやって制御するんですか?」
「魔法を、制御? ああ、呪文を唱えた後の話?」
「あ、いえ、そうではなく。魔法を発動しないようにするための方法を聞きたくて」
俺の返答をきいて女魔導士は妙なものを見る顔をする。
「え? 魔法は呪文を唱えなければ発動しないでしょう?」
「え?」
呪文? なんだそれは。俺は呪文なんて唱えたこと一回もないぞ?
「もういいかしら。わたし、忙しいの」
「あ……、すみません……ありがとうございました」
釈然としないながらもぺこりと頭を下げた。女魔導士は本当に忙しかったようで速足で去っていった。
どういうことだろう。俺は頭をひねる。だが、何もわからなかった。何せ、情報が少なすぎた。
(魔法が収まっているうちに情報収集をしないと)
そう思い至り、歩き出したその時。
テレテレテレン♪
絶望の音が脳内に響いた。
直後、悲鳴が上がり、往来にいるある人間がうめき声を上げはじめた。
「ぅあぁぁあぁぁ」
そしてうめき声を上げた人が倒れていく。
俺は倒れた商人らしき人にゆっくり近づいていき、傍にしゃがみ込んで、口元に手を当てる。
その人は息を、していなかった。
RPGをやった事がある人だったら分かるだろう。即死魔法。それを、俺は無意識ながらも使ってしまったようだった。
だが、事態はそれだけでは終わらなかった。
「ぅああああああああぁぁぁ!」
「ぅぐっ、あああああああぁぁ……」
「ぃやっ、あ、ぁあぁあああ」
次々と、人が倒れていった。俺が使ったのは、即死の全体魔法だったのだ。
「だれか、たすけ、て」
女がこちらに助けを求めてくる。
「だれが、だれがあああああああ!」
男が怨念のこもった声で叫ぶ。
子どもが、泣いている。
先ほどまで、普通だった日常が、地獄に変わる。
――これが、俺の求めていた非日常……?
そんなわけがなかった。こんなものを俺は望んでいたんじゃない……!
テレテレテレン♪
「やめろ、やめてくれえええ!!!」
それでも、魔法は止まらない。非日常は、終わらない。
人の往来のど真ん中に何かがくすぶる。瞬間。
「ドオオオオオオオオオオオオオオオオン」
大爆発が起きた。爆裂魔法というんだろう、これは。
明転する視界。連続しておきる爆発音。耳をつんざく叫び声。
それは、たしかに非日常だった。だが――
こんなものが非日常なら、俺は、非日常なんていらない!
「俺を普通に戻してくれええええええええええ!」
テレテレテレン♪
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目が覚めた。
そこには自分の枕、自分の布団、自分の部屋。
長く眠っていたような気がする。
俺は、一つ伸びをして、起き上がる。
何だか、気分がよかった。目覚めがよくなるような、変な夢でも見たんだろうか。記憶になかった。記憶にないということは大したことじゃないんだろう。
だけどひとつ、確かに昨日までと違う点があった。
それは、今まで嫌っていた日常、常日頃というものに愛着がわいているということだ。
俺は、部屋着のまんま、ベランダに出た。外にはいつもと同じ太陽が昇っていた。
普通の太陽なのに、それは、最高に綺麗で、最高にいとおしかった。
普通で平素で、何の変哲もない、いつもの、ありきたりの日常。だけどそれは、思っていたほど悪いものではないのかもしれない。
「テレテレテレン♪」
俺は意味もなく口ずさむ。それは、RPGで魔法を使う際に流れる効果音。それを唱えるだけで日常が、よりいっそういとおしく感じられた。
これからは、この魔法の言葉を大切にしていきたいと思う。
テレテレテレン♪
テレテレテレン♪ 信濃 賛 @kyoui-512
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