第十話『危険人物』

「何よあれ、バカじゃないの? あのデモリテってプレイヤー誰なのよ!」


 憤慨するグレースだが、領主やらメダルの徴収などオレには訳の分からないことが多すぎる。


「メダルはゲーム内で誰かに譲渡するなんて可能なのか?」


「そもそもお金を払って買ったものなのよ? そんなシステムなんて当然存在しないし、あいつが言ってることはゲームを知らないとしかいえないほどね」


 グレースは近くにいるプレイヤーからこのことについて尋ねていく。こんな事をする理由など図りかねるが、メダルの譲渡ができないとグレースが言っている以上は大丈夫ではあるだろう。


 ただあいつはオレのような初心者丸出しの感じがしない。雰囲気というか、あの自信満々な様子からは、このことをすでに知っていたかのような口ぶりにも取れた。


「何なのよ、本当に領主あいつの名前じゃない……」


 隣でメニューを見ていたグレースから小さな悲鳴が、許可を得てウインドウを見せてもらうと、そこには確かに奴の名前であるデモリテという文字がある。レベルは八十で実力は申し分ないが、こんな状況で人からメダルを取ろうだなんて図太さには、ムカつきを通り越して呆れるほどだ。


 それにメダルに関して、さっきの食堂でのグレースの行動に疑問があった。


「さっき弓をメダルに仕舞ってたけど……このゲームってメダルも実体化するのか?」


「うん、今日になってそういう仕様になってた。それでもメダルを奪ったら本格的に犯罪なのによくもこんな事ができるものね」


 グレースは拳を強く握りしめている。だがオレにはそれどころじゃない、奴の最後の言葉が心の奥深くに突き刺さり、体の底から震えを沸き上がらせていた。


「どうしたのよ、そんなに震えて怖いかしら? 別にあいつのことを領主とか認めるわけ無いし、最悪ここから出ていけばいいだけよ」


 オレのことを案じて声を掛ける彼女の心配そうな表情を見て、オレはあのメダルを見せることに決めてメニュー画面の装備一覧から一枚のメダルを手に取る。


「グレース、実は見てほしい物があるんだけど」


 左手に乗せたそのメダルは彼女を驚かせるには十分すぎるものだったらしく、目を丸くして声を震わせていた。


「ちょっと、これって……」


「レナと戦った時には着けなかったけど、相当珍しいものなのは知ってる。初心者がこんなの着てても人目を引くだけだからな」


「これは驚いたわよ。こんなの無償であいつに渡すのは流石に無いわね……」


 しばらく俯いて考え事をしていたグレースはなにやら決意を秘めた眼をしている。周囲に人のいないような路地裏へと場所を移し、用心深くなおも通りを見回してからようやく戻ってきた。


「やっぱりすぐ逃げるべきかも。仮に譲渡したとしても、あんな悪人面した奴がその後どうするのかわかったもんじゃないし」


 呟いた言葉はか細かったが固い意思を感じた。しかしその言葉をオレが受け入れるには、あまりにも重たいものだった。今までにない事態に何をしたらよいのかも全く分からないし、ログアウトできるまでも時間くらい待つべきだろうに、メダルを奪う行為に走るのは理解に苦しむものだ。


「そんなことして大丈夫なのか? ただじゃ済まないかもしれないだろ」


 慌てたオレが口にした分かりきった質問に、グレースも呆れた様子でスカートのポケットに手を突っ込む。


「牢獄行きとか言ってるのよ? このゲームって人に対して悪質な行為とかするのを防ぐために、普通は直接体には触れないし、それで通報されたらアカウントも凍結される。こんな状況で思考が」


 オレを見る鋭くも強い決意を秘めた瞳にあのレナと似たものを感じた。頬を膨らませて怒りを撒き散らすグレースを見て、オレは彼女が正義感の強い人なのだと思える。


「それにいきなりあんな男がここの領主になったって言い出したのもおかしい話よ。とにかく君は言うことを聞く必要は無いし、あんな暴挙がまかり通るわけないわ!」


 すると大通りの方からチンピラのような目付きの悪いプレイヤーが通りがかる。何か辺りをキョロキョロしていたのだが、オレらを見つけるや否や声を荒げて詰め寄ってくるではないか。


「おい、デモリテさんの言ったこと聞こえてなかったのか? とっとと中央広場まで行くんだよ!」


 どうやらあのデモリテなる人物の手下のようだ。幸い一人であることと、近くにいた他のプレイヤーも怒り心頭な為に多勢に無勢だったが、冷静にグレースがオレの肩を叩いて耳元で作戦を伝えてくる。


「君はまだ初心者よ。だから現実でいくら足が速くても、レベルが数十も上の人ならステータスアシストで簡単に追い付かれるってことを理解しておいて。ここは私が暴れて君に目がいかないようにするから、君は先に逃げてちょうだい」


 しかしその言葉にオレは素直に頷けなかった。をどれだけのプレイヤーが反抗するのか終えた後にどうなるのか彼女自身は考えているのだろうか?

 その見解をオレが聞く前に、グレースに路地の奥の方へと押しやられた。


「誰があんな男の言いなりになると思ってんの? ふざけないで!」


 背中から蒼い弓を取り出し、腰に据え付けられた矢筒から矢をつがえた。それを見たチンピラがまさか反撃されるとは思ってなかったのか慌てていたが、グレースは構わずに矢を放つ。


 放物線を描いた矢はチンピラの足下に着弾すると、矢じりの根本にくくりつけられた丸いボールらしき物体から煙が吹き出して辺りを白く包み込んだ。


「さ、とりあえずここから出て他のプレイヤーが居るところに行って! 君はこんな所で立ち止まるべきじゃないの」


 そう言いながらグレースは次弾を取り出して構える。その煙の向こうを見つめる真剣な瞳にオレはこれ以上反論も出来ず、門へと走り出した。


「時間稼いだらグレースもすぐに逃げろよ!」


 そう言い残して走り出すが、後ろから怒声が響き、金属同士のぶつかる音や爆発音が起こる後方をオレはこれ以上振り向けなかった。


 レベルが一のオレでは足を引っ張るのは明白だし、何より初めて会ったばかりのグレースに理由はどうであれ、ここまでしてもらった厚意を無駄にするのは出来ない。


 どのくらい走ったのか、やっとのところで門の近くにまで来たオレは路地から門の近くに見張りがいないか顔を覗かせてみる。そこで見えたものは絶望的な状況だった。


「こんなに大勢のプレイヤーがいるのか……」


 二十人程のプレイヤーの一団が逃げようとしているところを、更に多いチンピラ達がスクラムを組んで塞いでいる場面だった。


 女性プレイヤーもかなり困った様子で訴えかけているが、人相の悪い槍使いは怒号を上げて突き飛ばしている。


「お前達に従えるかよ!」


「離せよ!」


 そんな揉み合いが拮抗した状況に中心街の方から一人の男がやって来た。百九十センチはある身長に筋肉質の体躯という屈強な風貌している。


 身に付けた服は黒のワイルドな革のベストに同色のズボン、目付きはかなり悪く、髪を短く刈り込み、派手なピアスなどのアクセサリーを付けた厳つい顔をしていた。


 その男が先程突然ここの領主を名乗りだしたデモリテその本人だ。


「おいてめぇら……何やってんだよ?」


 ドスの利いた低い声が即座に辺りを黙らせる。そしてデモリテはここから脱出しようとしていたプレイヤーの集団にブーツの鋲を鳴らしながら近づいていく。


「お前らこの俺様が言った事聞いてたのか? ああっ!?」


 威圧感バリバリで最後尾のの女性プレイヤーに迫るデモリテ。すると女性を守ろうとしたのか、鎧を着込んだ男性プレイヤーが割って入った。


「おい、何でお前みたいなクソ野郎に従わないといけねぇんだよ、これは犯罪行為じゃないのか?」


 そんな言葉で強面のデモリテから一歩も引かない鎧のプレイヤーを始めとした十人ほどのプレイヤーらに、デモリテは「面白いなお前ら」と口にしてからニタニタと不敵な笑みを浮かべる。


 それは突然だった。一体どこから出したのか、トゲが付いた鉄球に付けられた鎖を力強く掴んで振り回すと、鉄球全体が青く光りだし……。


「ウォラアッ!」


 迫力ある声と共に、鉄球を上から鎧のプレイヤーに叩き付けたのだ。そして頑丈であるはずの重装甲の鎧ごと、為す術も無く叩き潰されたプレイヤーは光の粒となって消えてしまった。



 そう、これがオレがこの世界におけるを初めて見た瞬間だった。


「犯罪だぁ? 結局ログアウトもできないなら、この世界に法律なんてねぇだろうがよ!」


 高らかに笑うデモリテ。これが最大レベルに到達したプレイヤーの力だった。


 あっけなく潰されたプレイヤーを見ていた女性を始めとした、低レベルと思われるプレイヤーらは「嘘だろ……」「勝てないよこんなやつ」とその場にへたりこんだり、諦めの表情を見せている。勝てるような高レベルプレイヤーもいないのか、完全に心を折られていた。


「何だよあのパワーは……一撃じゃないか……」


 さっきの決闘で体感したレナの強さとは根本的に違うものだった。彼女は本気を全く出してはいなかったし、最後に見た剣技スキルだけの判断だが、レベルによるステータスではなく純粋な技のキレだとかプレイスキルの高さで戦っている感じだった。


 しかしあの男、デモリテはレベルによるステータスの暴力とでも言うべきか、重装甲の鎧すらも意に介さずに叩き潰すという桁違いのパワーだ。


 このまま戦意を失ったプレイヤー達はそれなりに戦える者たちの後ろに隠れていたが、デモリテの攻撃力に為す術も無いまま陣形を崩され、大勢のチンピラ達によって取り押さえられていき、叩き潰され、チンピラたちにタコ殴りにされて光の粒になって消えていく。


 領主を名乗るデモリテが数少ないであろうレベル八十のプレイヤーだということ、しかもその力は強大だということ、それだけでも見ているだけでもオレの足はすくんでしまっていた。


「こんな奴に見つかったら……絶対に勝てない」


 門を前にして体が震えた。あんなので潰されればどうなるのか? 痛いのか? そんな想像が頭の中を支配していた。さっきの決闘で受けたダメージは痛くなかったからきっと痛くは無いだろうが、そう自分に言い聞かせても体の震えは収まる事はなかった。


 するとそこに一人のチンピラがデモリテ目掛けて走ってくる。なにやら報告らしく、相当慌てているようだ。


「デモリテさん、街の中心部で女が一人暴れているようです。しかもあのクリスタルローズの『蒼弓』らしいがどうしますか?」


 頭が真っ白になった。あの圧倒的な力を持ったデモリテにグレースが勝てるのか? いや、何人もいるカンスト勢をまとめられるあのレナがリーダーであるギルドの一員だ。もしかしたら圧倒的レベル差をひっくり返す実力があるかもしれない。


 ――そんなことあるのか? グレースのレベルは三十だろ……。


 オレは頭を振る。間違いなく多勢に無勢だ。きっと捕まるだろうし、最悪HP全損だってあり得るだろう。


 そして部下からの報告を受けたデモリテの声が興味深そうな色を帯びる。


「あの『蒼弓』だぁ? 良いじゃねぇか、あの有名ギルドが誇る命中率トップクラスのアーチャーだろ? 相手にとって不足はねぇなぁ……」


「嘘だろ、まずいぞ……」


 このままではあいつがグレースの所に行ってしまう。オレを逃がす為に一人で戦っているのに、オレはただ逃げて良いのか? しかし戻ったところで足を引っ張るだけなのは明白だ。


 オレはグレースがデモリテの狂暴な鉄球の手に掛かって、光の粒となって消える想像をしてしまった。残酷な空想に肝が冷えていく感覚を振り切るように、オレは強く首を横に振る。


 ――そんな事させてたまるか! 何でもいい、何かあいつを足止めできる何かを……。


 グレースを助けられる方法を全力で頭の中で練り上げた。あいつがグレースよりも重要視する事、もしくはどうにかしてあいつを倒せる手段を必死に模索していた。


 同程度の強さのプレイヤーなら恐らく存在するだろう。レベルカンストがどれだけ難しいものなのかは知らないが、万を超えるだろう人数がいる一つの街だ、一人くらいいたっておかしくない。


 しかし、今のやり取りからしてここから既に離れてしまった可能性もある。ギルドとかそれなりの統率力があれば話は別だろうが、さっきのフレンド解除もマイナスに働いているかもしれない。

 そして考慮の果てに一つの答えにオレはたどり着く。


 ――これだ。でもこれしか……無いのか……。


 さっき流れたデモリテの映像から思い付いたアイデアなのだ、確かに足止め出来るが、オレ自身もかなりの危険を伴う策だった。それでもこのままオレを助けてくれたグレースに犠牲になって欲しくない。


 ――絶対にあいつをグレースの所に行かせたらダメだ。


 恩人を生き残らせる確率を少しでも上げる為に、オレはメニューウィンドウを操作した。そして手にしたのは一枚のメダル。それを装備欄のウェアの部分にはめ込まれたノーマル装備と入れ替え、装備完了のボタンを押す。

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