第九話『蒼弓のグレース』

「う、ぐぅ……」


 光が弱まり眼を開けてみると、さっきまで居たシンフォニアとは全く違う景色がそこにあった。


 シンフォニアの建物は白を基調としていて低く広く造られた石造建築と、いくつか高い塔が点在していたが、ここの建物はよりファンタジー色の強く自然に溢れたものになっている。


「すごいな……。こんなにデカイ木の中に人が住んでるのか?」


 この街は天を仰ぐほどに高い大木をくりぬいて造られており、大きく広げた枝葉からは夕暮れの柔らかい日差しが地上に降り注ぐ、自然味溢れる高い建物……というか木が沢山あった。


 だが、石造りの頑丈そうな建物も大木の合間を詰めるように配置されており、かなりの人口が住まえるように見える。


「ここにいる人たち全員がプレイヤーなのか?」


 周囲を観察してみると、同じように光に包まれていた人達が立っている。サラマンダーを始めとした精霊系やケットシーのような特徴のある耳が無い事から、どうやら全員がヒューマン族だろう。


「今いる場所は……っと」


 メニュー画面を開いて現在地を確認してみた。現在地はワールドマップの東南に位置していて、『ヒューマン族領地・風の街・アレスティア』とある。


「アレスティア……? ここがオレのホームってことか」


 キャラ設定で風のヒューマン族にしていたので、先程のアナウンスにあったホームタウンにうまく転送されているらしい。


「とりあえず今日の宿を探しておかないとな……」


 夕陽が沈みつつ状況に焦りを募らせるオレは、石畳と大木の織り成す街並みを歩きながら、観光がてら宿屋を探すことにした。


 コーネリアによると、ダンジョンや街の外のフィールドなどで死んだときは最後に泊まった宿屋の前に転送、もしくは大きな街にある復活の神殿という場所で復活するらしい。


「あれが復活の神殿か。なんか社会の教科書で見たような大きな教会だなぁ」


 街の中央にそびえ立つ一番高い大木からおよそ百五十メートルほどの場所に、復活の神殿らしき荘厳な大聖堂も確認できた。中には入らなかったが、外には大勢が現時点の様子を語り合っている。


「夕日にすごく映える建物だ。本当にゲームなのかと思うな……」


 昼に買っていた白パンを頬張りつつ、およそ一時間かけてあちらこちらを歩いた後にコーネリアに連絡を取るべくフレンドリストを確認するべくメニューを操作する。


 そこでリストまで見てからようやくオレは更なる異常に気がついた。思わず目を擦って二度見したほどだ。


「コ、コーネリアの名前が無い?」


 フレンドリストには『フレンドは現在おりません』という文言があるだけだった。確かにこの世界に来る前日に浩介に教わって登録していたはずなのだが……。


「どうすりゃいいんだよ? オレ一人じゃ何もできないぞ!」


 これでは頼りに出来る人がいない。何も分からない初心者がどうすれば良いのだろうか? オレは頼るあてもなくブラブラと歩いているといきなり肩を叩かれた。


「あの、ちょっと君いいかしら?」


「はえっ!?」


 驚いたオレは後ろを振り向いてみると、そこに居たのは栗色ショートボブの髪型の少女だった。丁寧に手入れされているのか、綺麗な蒼い弓を携え、服装は風属性らしい緑色を主としている。


 オレの通う学校にある弓道部の人たちがしているものとは違う軽装鎧型の胸当てをしており、右手には薬指と小指の部分を指貫きされた青いグローブをはめ、緑色の短めのスカートというちょっぴり露出のある格好だ。


 顔つきはまだあどけなさは残ってはいるが、眼の色は服装と同じ薄めの緑色で、そこにもよるのか大人らしさも兼ね備えている中学生くらいにも思える。綺麗というよりは、ゆるふわなお姉さんに近い雰囲気が印象だ。


 ――そういえばどこかで見覚えがあった気がする、だっ、誰だっけな……。


 つい最近、それもかなり近い時間に見た気がする。必死に思いだそうと唸りながら頭を抱えていると、少女は不満げな声を出した。


「さっきレナちゃんと戦ってた時に後ろにいたでしょ? クリスタルローズのメンバーよ」


「あっそうだよ、確かにいたよ!」


 確かに居たのを思い出した。オレがレナのことを「誰だよ?」とコーネリア聞いた時に、マントの女がケラケラ笑った時に注意していた女の子だ。


「思い出したよ。さっきは不甲斐なかったなぁオレ……」


 先程の消えたくなるほどに恥ずかしい敗戦を思い出していると、少女はとんでもないとばかりに首を振った。


「そんな訳ないじゃない。あのレナちゃん相手に、初心者がダメージを与えただけでもすごいんだよ? 彼女ね……」


 誉めているのか? 興奮してレナの素晴らしさを語る少女を止めてから、名前を聞くことにした。


「それよりも名前を教えてくれないか? このままお互いのことも知らないで話を進めるのもなんかモヤモヤするしさ」


「あっ、ごめんなさい……私はグレースよ。もうここにいるから説明の必要も無いけど、風属性のヒューマン族ね」


 彼女が手早くメニューを操作すると、オレのメニューに彼女のプロフィールが書かれたカードが表示された。


 名前から始まり、自分の種族、レベルや所属ギルドといった簡単な情報がそこに書き込まれている。このゲームでは自分の事が書いてあるカードを相手に送る事でこういった簡単な紹介をするのだろう。


 レベルはちょうど三十。さっきの決闘でレナのレベルが三十六と分かったので、有名ギルドにいるにしては結構レベルが低いとは思ったが、あのギルドに所属する以上は恐ろしく弓の腕が立つのだろう。オレはそんな底の知れない少女にお返しの自己紹介をするべくメニューを開く。


「えっと……オレはセイリアだ。カードも送るから少し待っててくれ」


 拙い操作ながら、オレの情報が記載されたカードを送ることに成功し、受け取ったグレースも「うん」と一言返してメニューを閉じる。


「ホントに始めたてなんだね。多分プレイヤーを相手にするのも初めてなのに、レナちゃんの高速剣技を見切るなんて君ってただ者じゃないわね……」


 そう呟いてこちらをじっと見ていたグレースはもう一度メニューを操作し、少しの後にオレのメニューから通知音が鳴る。


 その通知から内容を見てみると、そこにはフレンド申請という表示があった。送り主は当然グレースだ。内容を確認したオレは視線を上げてその本人の顔を再び確認してみると、彼女は胸を張っている。


「君とはこれからも縁があるかもしれないわ。だから知り合いになりたくて申請したの。嫌なら断ってくれていいよ? さっきはマナー違反までしちゃってるし……」


 そう言って、申し訳なさそうにもじもじしながらオレからの返事を待っていた。個人的に女の子からのフレンド申請は内心嬉しいし、このゲームについてまだおぼつかないだけに、色々と聞くことができる相手がいるのは心強い。


 加えて、コーネリアを除いた初めてのフレンド申請でもあったので嬉しさ二倍だ。断る理由などあるわけもない。


「いやありがたいよ。オレも何も分からないから、色々と教えてもらえると助かる」


 グレースからの申請に了承のボタンを押し、この世界に来て初めてのフレンドができた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ところで、オレの現実世界の友達とフレンド登録したんだけど、リストから消えてるんだ。どうしてだろうな?」


 するとグレースも同じ状態だったらしく、大きく頷いてから手に持っていた飲み物のカップを一気に煽り、目測五メートルのゴミ箱へと見事にホールインワン。


「うん、私もリストの全員がフレンドを解除されていたよ。一応ギルマスのレナちゃんだけはきっちりとIDを覚えていたから、登録し直してさっきフレンド通話してみたんだけど、プレイヤー共通の事態らしいの」


「ということは全員が個人のIDはそのままに、フレンドリストだけを初期化されたのか。これじゃコーネリアとまた会えるのはいつになるんだよ……」


 あまりの突然の出来事に手のひらには汗が滲む。オレは顎に手をやりながら、今後のプランをおぼろげながらも立ててみることにした。


「まずは明日からはお金を稼ぐために近くでモンスターを倒して、ドロップアイテムでせめて二日分、いや三日分は稼いでおきたいな……」


 指折り目標を考えながらも、まだレベル一に加えてモンスターへの知識も無いオレに、果たして倒せるだけの力があるのか?


 生きるために必死で今後の策を考えていたオレを隣で観察していたグレースは軽く息を吐くと、メニューを閉じて武器の蒼い弓をメダルに戻す。


「お金無いならご飯くらいは奢ってあげるわよ? 小さいながらも謝罪の意味も込めてね」


 天の恵みか、神様からのプレゼントか、目の前にいる笑顔の少女にオレの視界がなぜか揺らいでいた。


「あっ、ありがとう……」


「ちょっと、そこまでお腹減ってたの? 目が潤んでるわよ?」


 グレースは全力でお礼の言葉を述べるオレに困惑していたが、気を取り直してからマップを開き、定食屋へとオレとグレースは歩き出す。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「……やっぱりフルダイブの味覚は慣れないわ。豚カツ美味しく感じないもの」


「うーん、オレも煮物はあんまりだったな」


 夕御飯の味に不満を吐き出しつつ、食事も落ち着いたところでグレースが驚くことを口にした。


「とりあえず君が今日から始めた初心者なのは分かったし、しばらくは面倒を見てあげるわよ」


「本当か? どうしてそこまでしてくれるんだ……」


 オレの疑念を込めた問い掛けに対して、グレースは栗色の髪を指に巻き付けて呟いた。


「別に恩を着せようなんて思ってないわ。まぁ君はコーネリア君とリア友らしいし、私としても右も左も知らない人がこの世界で途方に暮れているのを放ってはおけないのよ。しかもこんな時だし……」


 その言葉にオレはテーブルに身を乗り出し、グレースの瞳を見つめた。じっと見つめられていたせいか、彼女は結構困った表情を浮かべている。


「グレースさんはコーネリアの知り合いなのか?」


 もしもコーネリアとリアルの知り合いならば、もしかしたらオレの事だって知ってる。そんな僅かな希望を胸に抱いていた。しかしグレースは両手を振っている。


「彼とは一対一で話をしたことが無いし、あくまでもゲームの中での顔見知り程度よ。もし彼みたいな人がリアルで知り合いなら私もすぐに気が付くよ。あんなにお人好しなおバカさんは見たことないもの……」


 そうオレを制止してからコーネリアとの関係性を説明しだした。思い出すように天井を見上げる姿はどこかで見たような気もするが、そんな仕草を取る人など、どこにでもいるだろう。


「最近レナちゃんと彼がデュエルしたのよ。途中から攻撃を見切っていたレナちゃんが勝っているけど、彼女は『彼はいずれいいライバルになるわね』って言ってるくらいにはあの人強いのよ」


「あいつそこまで強かったのか……」


 そんな事実を聞かされて驚くオレに、何やらグレースは不満そうな表情で指を突き付ける。


「あのね、なるべく私のことをさん付けはしないでちょうだい。私そういうのって好きじゃないの」


 そういうところで会計をするべく、「お会計お願いします」と手を挙げて近くにいた店員さんに声を掛けた。


 お金を払い終わって店を出る支度をしているとき、近くの席で女子プレイヤー三人がこそこそしていたかと思うと、「あの……」と遠慮がちに言ってグレースに近づいてくる。


のグレースさんですか?」


 格好の良い通り名らしきフレーズを出されて、さっきまでは淡々とオレと話をしていたグレースは顔を赤らめた。


「そ、その……今の呼び名は止めてください! 普通に呼んでください!」


 さっきまでのクールな雰囲気が一転、あわてふためく女子になったグレース。そんな彼女に興奮していた女子達から何やら色々と質問責めに遭い、そのせいであたふたしている表情を見せている。


 そうして満足した様子で女子達が去っていった後に、蒼弓というやたらにカッコいい名前について聞いてみると、一時は顔をしかめていたもののなんとか答えてくれた。


「クリスタルローズは女の子だけで構成されたギルドなんだけど、小規模ながらこのゲームの最大レベルである八十の人も結構いるのよ。このゲームはレベルが低くてもプレイスキルが高ければ、ダンジョン攻略には十分通用するから他の有名な大規模ギルドともまあまあ張り合っていけるの」


「すげえなぁ。そんな強いギルドなのかよ」


 思わず感嘆の声が出てきてしまった。やはりクリスタルローズの有名さは相当なもののようだ。


「そんな女の子たちが前線で活躍してきたギルドだからか、女子には結構な人気が有るのよ。私も武器に蒼い弓を携えているところから蒼弓なんて、変にカッコいい名前が通っちゃっているの」


「MMORPGなのに、レベル低くてもいけるんだな」


「相当キツイわよ。今でも共同攻略に門前払いを食らうこともあるけど、それでもこのゲームはレベルのステータスよりもスキルの強化とかプレイスキルに結構比重があるし、実績さえ積めば人の見る目は変わるものよ」


 遠い目をするグレースからはどこかもの悲しさが見える。


「ふうん……」


 そうしたグレースについての会話を終えて外に出たところで、『領主からのお知らせ』という文字が浮かんだ上空に点滅する緑色のプレートが現れた。これを見たグレースも不思議そうな顔をしている。


「こんなのって元々あったのか?」


「各種族のホームタウンのことだって今日初めて知ったのよ? 多分この状況になるのに合わせて大型アップデートされたと思うけど、領主ってNPCなの?」


 そして緑色のプレートの画面に一人の男性プレイヤーが映った。


「俺の名前はデモリテだ。今日からこの街の領主となったから、ここにいるプレイヤー全員俺様の指示に従ってもらうぜ」


「……は?」


 当然と言った様子の宣言にオレの頭がついていかなかった。周囲も困惑した状況ではあったが、デモリテなる男は更に恐ろしい言葉を言い放つ。


「まずはメダルの徴収だ。雑魚が強いメダルを持ってても意味がねぇからな。これからこの街の中央エリアでお前たちが使っているメダルの確認をするから、来ねえ奴とかメダルを渡すのを拒否った奴は牢獄行きにする!」


 まさしく青天の霹靂、寝耳に水な言葉にオレとグレースは顔を見合わせた。そして更に一言を男は付け加えるのであった。


「特にSSRメダルの所持者がいれば俺様にきちんと渡せよ? 以上だ!」


 そう言う言葉を最後にプレートが跡形もなく消えさった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る