第五話『ポーショントラブル』
やってきたのは市場の中央にどっしりと構えられた道具屋が並ぶ一角。周囲には一際大勢のプレイヤーが長蛇の列を作っていた。
「ものすごく並んでいるけど、ポーションって具体的にどんな扱いなんだ?」
「実際に見せてやるよ」
それを聞いたコーネリアは水色のメニューを操作すると、右手に一本の瓶が現れた。
中には赤みがかったサラサラした液体がガラス製と思しき瓶に入っている。
「ポーションなどの回復アイテムは戦闘の必需品で、ランクがAからEの五つが存在するわけ。Aが最も高いランクだな」
説明を終えると、メニューを開いてポーションをストレージに投げ入れるという一連の動作を片手で二秒程度というタイムで済ませていた。
「それでコーネリアのレベルだとどのランクを買うつもりだ?」
「そうだな、手頃かつそこそこの回復が可能なCランクが一番コスパが良いと思う。お前の場合はEでも十分……というかそれより広く出回っている回復薬とかでも余裕だろ」
「コスパも考えるのか?」
「高価なポーションは回復量も高いけど、一個あたりが重くなるし金額も相応に高くなるからな。こういったゲームだと持てる量に限度があるし、使いすぎれば当然コストも高くなるだろ?」
現実世界ではいつも宿題を見せてくれとオレに泣きついてくるコーネリアなのだが、ここでは完全に立場が逆転しているのがどこか癪に障る。
「今の状況だと、ログアウトまでの時間次第ではプレイヤーがこの世界で生活する基盤造りをしないといけないかもしれないな。お前と会う前に運営にメールを送ったが何にも応答無し……だったからな」
遠い目で小さく呟くコーネリア。オレと会う前にできることはやったようで、これからの事を既に考え始めていたのだ。
対するオレはゲームの事は全くと言っていいほど無知なので、今後の事もどうすれば良いのか全く見当も付かない。現時点ではコーネリアの存在が命綱といっても過言ではないだろう。
「その後、お前には対人における基本マナーを教えておかないといけないし……」
「マナーって、ゲーム独特のマナーもあるのか?」
首を傾げていると、それを見たコーネリアは何か呆れたような目でオレのことを見ていた。
「当たり前だろ? 他人と協力する時に分かってないと、滅茶苦茶迷惑になるからな」
「マナーは確かに大切だな……難しいなネトゲって」
「生活するためのお金稼ぎが必要になっている可能性も高くなっているし、運営が元の世界に戻れるようにするまでの時間は生活していくためにちゃんと俺から勉強しとけよ?」
コーネリアの釘差しにうなずくと、また一つ順番が進む。
このゲームはちゃんと空腹とか満たさないと、ストレスとか苦しさをある程度は感じるという。
そんな不快要素があってよく売れるものだと身震いするも、コーネリアはこんなことになるんだと思わなかったんだろうな、と半ば諦めた様子だ。
「まあ、ある水準を超えたら自動ログアウトするからな。既にストレスログアウトを試した奴がいるっぽいけど、ただただイライラしただけで結局できなかったらしい」
「本当に何でも試してるんだな。物は試しってことか」
「それだけ皆帰りたい気持ちが強いんだ。俺らもそういうの試したかったけど、攻略組が実験してくれるなら有り難いよ」
メニュープレートを指でなぞりながら口にするコーネリアの表情はどこかもの悲しげだ。
「……分かった。大事な事だもんな」
真剣に語るコーネリアにオレはただ頷くばかりだ。そう、今の状況はイレギュラーなのだ。いつ運営がこの状態を解消してくれるか分からないから、この世界で安定して生活する基盤を組み立てなければならない。
というか、現実でヘッドギアを取り上げでもすれば戻れるのではないかと思ったのだが、肝心の本体が消えた今となってはそれも不可能だろう。
どちらにせよ、今はどうしたらこの状況から抜け出せるのか分からないのは事実である。
「どうしてこんなことになったんだか……」
戸惑いながらもオレはコーネリアの後をついていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
探険に必要な品物が並んだ場所に着くと、多くの人で道具屋の売り物の前でごった返していた。あまりの混雑さにオレは言葉も出なかったが、コーネリアは別の理由から難しい顔をしている。
「まずいな……道具屋のポーションは販売数に限りが有るんだよ。他にプレイヤーからも買えるけど、この状況だと絶対に数割増しで買わされるな」
「それなら急がないと……」
深刻な表情のコーネリアにつられ、オレが慌てて客の列に並ぼうとしたところでコーネリアに止められた。
「いや、まだ大丈夫だ」
「……は?」
「いやぁ、このゲームだと現実世界を再現してるのか、NPCの店の売り物はどれも一日の販売数に限りがあるんだ。無くなればその日は終わりだから人気な物、特に冒険に必須な回復用のポーションとかはよく売り切れになるんだけど、お金のある中級者とか上級者が初心者に品物が回らないことにならないように、購入する数は各々守りましょうって暗黙のルールができているんだよ」
「それならまだ買えるってことか?」
「……多分」
頼りない返答だが、ここはコーネリアを信じてオレはこのゲームの基本情報をしっかりと読み込んでおくことにした。
ちなみに、上級者ほどギルドに所属するなど、誰かしらと付き合いがある人も多くなるらしく、そういった人はプレイヤーが作ったものを買うことが多いらしい。
そしてここにある規模の道具屋なら、数千人は買える在庫があるので心配する必要は無いということだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
五分ほど経過してざっと二、三百人はいた行列が瞬く間に溶けていき、オレらまであと五十人位までとなった。
「さすがはゲームのお店だな。商品代金の計算も早いし、これならあと数分と経たずにポーションも買えそうだ」
「やっぱ最悪の場合を想定しているやつ多いな。このゲームで死んでも大丈夫とは言え、空腹やらでイライラするくらいならきっちり稼いで腹を満たそうと初、中級者が並んでるかもな」
そう言われるとなんか風格のあるプレイヤーが見当たらない。別に聖騎士のような圧力のある風貌じゃなくても強いやつなどわんさかいるのだろうが、あくまでもオレ視点での感想だ。
「お前お金はどれくらいある?」
これを訊いたのはコーネリアくらいゲームをしていたら、いくら所持金があるのかという単純な疑問の下だ。
コーネリアのレベルはフレンド申請のときに三十四だと判明しているが、それまでのおおよその稼ぎに興味を持っただけである。
「ん? ざっと百万……1メガだな」
「……働かなくてどのくらい生きれるんだ?」
「百万円持って一泊五千円の宿で引きこもれる期間だろ。でもアイテムとか金の使い道は多いから、案外貯まらないものだぞ」
「なるほどな……」
その後は他愛のない話に花を咲かせていたのだが、残り二十人程になって一番前の人の注文する声まで聞こえるようになったとき、全く想定していなかった事が起きた。
それはある少女の順番になった時の事だった。
「あの……ポーションってどれだけありますか?」
残りの数を気にしているようだが、そこまで心配するような状態なのだろうか?
「へぇ、ウチの在庫は全部で七百ほどありやすぜ」
主人と見える筋骨隆々のおっさんが顎に蓄えた髭をしごきながらポーションの数を答えた。ゲーム中のプレイヤーは定型文を答えるだけ、というオレの想像をあっさり打ち壊すような流暢な喋りだ。
それだけあれば、一人五個計算で百四十人分あるとすぐさま計算してほっと一息つくオレ。
そして先頭の少女が注文した。
「だったらそれ全部頂けますか?」
その言葉にオレは瞬間意味を理解しかねた。
「一体何を言ってる? ポーションの残り全部?」
オレが中々に大きな独り言を呟くと、コーネリアも声が聞こえたのか表情を一変させた。
「あいつ……何を言ってんだ? 初心者が買えるような量じゃないだろ」
当然周囲はざわめき立っている。「何この子?」とか「おいおい、個数守るルールも知らない初心者か?」というにわかに信じがたい様子だ。
すると列の前の方から男のプレイヤーが一人、ものすごい剣幕をあげながら少女に近付いていった。
「おいお前! このゲームのルール分かって注文してんのか?」
「ひぃっ!」
怯える少女に男性プレイヤーは勢いを落とさずに罵声を浴びせている。正直見ていて同情するほどだが、ゲームに閉じ込められたプレイヤーの心理としてはキレるのも無理もないのだろう。
「やっちまえー」
面白半分にヤジを投げ飛ばしているコーネリアを「他人事だからって……」と呆れたオレは二人のやり取りを観察してみることにした。
注意するには言いすぎな程の暴言だが、上手いこと割って入るだけの言葉が見つからない。少女も半べそかいてスカートを握っている。これではどう転ぼうと少女が折れるだろう。
「喧嘩になっても大丈夫なのか? いくらなんでもかわいそうになってきたんだけど」
「ああ、ちゃんとした街の中だったら殴りかかろうが、剣で切りつけようがノーダメージ。むしろ攻撃した側が弾かれるし、あまりにも嫌がらせが酷いと、犯罪者のマークが付けられて街の外に強制退去させられるよ。あの子には気の毒だけど、今こんなことして暴言を吐かれるのもしゃあないさ」
コーネリアは既に口論の様子を見ずに地図を眺めていた。聞けばオレの戦闘練習に最適な場所を探しているという。
すると列の側にいた女の子の一団から、栗色の髪に頭から猫耳を生やした少女が男の方に歩いていく。恐らくはポーションを買い占めた少女の味方なのだろうが、謝って白旗を振るのだろう。
マップ確認に集中しているコーネリアも少し顔を上げて
「あれケットシーのプレイヤーだな。女の子の仲間か?」
「喧嘩の仲裁にでも入るのかも、この状況だし謝ってこの場を退いてくれると丸く収まっていいけどな」
オレの考察にコーネリアはほっと胸を撫で下ろしたようだ。
「そうしてくれると助かる。逆に今の状況で開き直るとガチの大喧嘩になりかねないからな。アカウントを凍結させる運営も機能してないし、なるべく早めに解決してほしいとこだ」
そうしたまま一、二分程したときに前の方で変化が起きた。
「あれ、何で戻るんだ?」
「は? 男の方か?」
「ああ」
先程の男性プレイヤーが怒りの表情から悔しさに満ちた表情に変わり、とぼとぼ元居た場所に歩いていくではないか。
想定外の出来事にコーネリアも前にいたオレを押しのけて状況を確認している。
「ケットシーの奴が一人で言いくるめたのか? あっちが悪いのに?」
そして店主が膨らんだ革袋を大量に運んできたかと思うと、重々しい音とともにガラスのぶつかり合う音が響く。恐らく中身は全部ポーションだろう。
そんな音が聞こえてきたのも、猫耳の少女が出てきてヤジで騒いでいた列もしんと静まり返っていたからだ。
「すまんコーネリア。ちょっとオレ行ってくる」
「まさかあいつは……」
コーネリアには猫耳の正体に心当たりがあるようで思い出そうとうんうん唸るが、オレは胸の中から沸々としていた感情に任せて列の一番前に向けて一歩踏み出していた。
「何でこんな事するんだよ!」
思わず叫んでいた。勝手に体が動いていた。こんな皆が困っている事態の中で、身勝手な行動をするあの少女達が許せない。
そんな無鉄砲に注意しにいくオレの後ろからコーネリアが走ってくるのが横目で確認できた。初心者のオレがいきなり突っ込んでいったのを見てられなくなったのだろう。
「そうだぞ。理由はどうであれ、皆が不安なのに余計に波風を立てるような事をするのは良くないよな?」
冷静なコーネリアの声。その声に反応した二人の少女がこちらを向いた直後、ケットシーの方の顔を見たコーネリアの様子が一変した。
「おいお前……レナか?」
レナと呼ばれた少女の鋭い目つきがこちらの首筋に刃をあてがう。まるで鋭利な刃か、獲物を凍てつかせる蛇の目か……なぜかゲームというのに、オレの背筋には粟立つものがあった。
それが野生の勘なのか分からないものの、あの少女もこの場面で微塵も怖気づいていないのは心臓に毛が生えているとしか言いようがない。
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