第四話『はじまりの街・シンフォニア』

 オレはこの辺で一番高い塔に見当をつけて、そこに向かって走っていた。半年振りに走る途中でも様々な格好を確認できる。


 鎧や狩人のような服装、綺麗な水色の髪をなびかせる女性が腰に剣を提げ、騎士のような鎧を纏う男子集団が談笑しながらすれ違っていく。


 それはさながらファンタジー小説かアニメの登場人物。そうでなければハロウィーンの仮装だったり、ミュージカルの衣装を着た役者だ。


 そんな街中を横目に、オレは浩介が指定したとおぼしき塔の真下に到着した。塔の真ん中を見てみると、ローマ数字の時計が据え付けられていることが確認できる。


 時計塔の真下には噴水がメインスポットらしき広場だ。水飛沫が朝日によって虹を生み出し、その周りでは大勢が辺りを行き来していた。


「浩介どこだよ!」


 大声を張り上げると、周囲に怪訝な表情で見つめられ、恥ずかしさのせいか顔が熱くなる。


 それでもこの状況を説明できそうな人物を見つけなければどうにもならないこともあり、ひたすらに名前を呼ぶことしかできないのは歯がゆいものだ。


「おい、その名前で俺を呼ぶなよ!」


「浩介か? 良かったよ。オレ……」


 突然後ろから聞き慣れた声にオレはすぐに浩介と分かり、やっとこの意味不明な事態から解放されるという安堵の下で振り向く。


「うげっ?」


「なんだよ、酷いな……」


 オレの視界に映ったのは浩介とは程遠い姿だった。身長こそ彼とは同じだが、顔つきは普段のスポーツ少年というよりは精悍な戦士の顔をした少年だ。


 燃えるような赤髪を短く刈り込み、眼も切れ長な真紅の瞳が爛々と輝いている。背中には背丈に迫ろうかという長大な槍を担ぎ、比較的軽装な深い紅の鎧を身に纏うその姿は騎士というか、歴戦の戦士にも見てとれた。


「お前本当に浩介か? 何だよその姿は…… 」


 しどろもどろなオレの問いに相手は無言で首を縦に振る。つまりは浩介なのはわかったのだが、普段とはまるで違う見た目にこれ以上の感想が出てこない。


 浩介は不思議な表情を見せると、困っているのか頭の後ろを掻きながら大きくため息をついた。


「何だよ昨日フレンド登録しただろ、俺のアバターだよ。それよりさ、お前だって自分の服装を鏡で見たのか? あまり人のことを言えないぞ?」


 眉根を寄せるコーネリアの言葉によって、この状況下で服装のことまで頭に無かったオレは、噴水の縁から自らを映すことでようやく気が付いたのだ。


「なんだこれ? 昨日ヘッドギアで見たオレのアバターそのままじゃないか」


 顔は現実のそれに酷似していたのだが、背中には鞘に入った剣が吊り下げられ、革の上下にブーツという至極シンプルなデザイン。それを初めて確認して飛び上がるオレに浩介は顔を近付けてきた。


「それと、今はここで俺の本名を言うなよ。ここでの俺は『コーネリア』だからな!」


「お……おう、わかったよ」


 そう釘を刺してから自信ありげに胸を叩く浩介もといコーネリア。現実と違う自分を示して自信満々になった様子を何も理解できなかったオレはただ唖然として噴水の縁に腰を下ろす。


「どこだよここは? 家は? 学校は? これってフルダイブなのか?」


「さあ……俺には分からんが、お前メシ食べたか? 俺起きてすぐだし腹減ってたからお前を呼んだわけだが」


 そう言われたからか突然腹の虫が騒ぎだした。ここで朝食をまだ食べていないことをオレは思い出したところで、コーネリアはオレの服の袖を掴む。


「じゃあ、飯にするか!」


「おい、そんな暇ないだろ、止めろよ!」


 抵抗するオレを無視して陽気に鼻歌まじりを交えて大通りを歩き出したコーネリアだが、現実でも変わることのないマイペースさにどこか落ち着くところもあった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「メダリオンの世界?」


「メールでもそう書いたろ? ここははじまりの街シンフォニア。新規のプレイヤーはここの中央広場からゲームが始まるんだ。でも俺みたいなここに居なかったプレイヤーも自動的にワープしていたんだよな」


「そんなシンフォニアにどうしてオレらが居るんだよ? ゲームなんか起動していなかったぞ?」


 朝食のハムエッグとトーストをフォークとナイフで食べながらオレは問いかける。ゲームの中のせいか決して旨いとは言えなかったが、食べられないほどの物でもない。意外と味覚はきちんと作用しているのか、しっかりと素材の味を感じ取れることにオレは少しばかりの感動を得ていた。


 それとお金は食事が到着した時にコーネリアが払ってくれている。感謝感謝だ。


「分からない……けどここは間違いなくメダリオンの世界だな。しかもメニューからはログアウトのボタンが消えているフルダイブモードというオマケ付きだ」


「こんなの不具合以外に考えられないな。こんなこと今までにあったのかよ?」


「あるならフルダイブのゲームなんてとうの昔に禁止されてる。トリニティはフルダイブシステムの安全性を示し、その利益を世に広めた革新的な企業だ。政府どころか世界的にも信頼は厚いぞ」


 やたら狼狽えた様子のプレイヤーが多いのはそのことに起因しているのだろう。コーネリアはナイフで切り分けたハムをフォークで刺して持ち上げて見せた。


「このハムエッグも多少はポリゴン感もあったけど、今は本物にしか見えないな。味は前よりも微妙だけど……」


「…………」


 こんな時に気にせず食べているコーネリアが理解出来ないが、それでも背に腹は変えられないので、ひとまず食べ終えてから質問することにしようと頭の隅に追いやってから食事にありつく。


「うはぁー! 満腹感は前よりもずっとリアルだな。もうこれ以上食べられる気がしないぜ」


 満たされたお腹をさすって水を飲み干すコーネリア。ようやく色々と聞き出せるチャンスが来たことを察したオレは早速知りたいことを訊いてみた。


「これからどうすればいい? 具体的にはログアウトできるまでな」


「は? そんなの俺が分かるかよ。このゲームに何があったのかは分からないし、強制的にゲームから弾かれないし、間違いなく現実世界ではてんてこ舞いだろうな」


「うむ……学校に来ないやつどれくらいだろうな」


「プレイヤー全員がここにいるなら、少なくともうちのクラスは来てないよな。お前が唯一の未プレイ勢だったし」


 コーネリアが答えた後、一つ伸びを見せると勢い良く席を立ちあがった。その行動は現実で起こっているであろう不安から抜け出そうとするかのようだ。


「どうせこんな大事故起こせばこのゲームも今日限りだろうし、戻るまでは遊び尽くそうぜ!」


「そんなに適当で大丈夫か?」


「どうにもならないことに頭使っても仕方ないだろ。今はぱっと遊んで待ってようぜ!」


 そう口にした後、戸惑いの抜けないオレを再び引っ張って店を後にした。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「うわっ、ここすごいな」


 コーネリアが連れてきたのは先程の噴水広場の近くにあった大きな建物の中だった。大通り以上に混雑していて、活気に満ち溢れた様子は現実世界でもそう滅多に見られるものではないだろう。


「ここはこの街の市場だ。装備一式はメダルで揃えられるから、ここでは主に武器調整や消耗品、例えば回復ポーションなどの補充とか生活品の購入だな」


「生活品?」


「ああ、このゲームでは基本的に体力のHPに技や魔法を使うためのスキルポイントのSP、他に満腹度だったり、風呂に入ると回復する清潔度、更には睡眠値といった現実生活と全く同じようなパラメーターが見えない形のものまで色々と備わっている。それらの為に生活品が有って、かなりリアルな生活が出来るわけだ」


 コーナーごとの陳列棚を見てみると、野菜や肉といった食材から、家具のような大きい商品まで各所に勢揃いしている。スーパーのような現代的な様相ではなく、種類ごとに商店が並ぶものではあるが、それぞれの品揃えは大したものだと思えた。


「それも人気の一因なんだな。まさしくもうひとつの現実世界か……」


 大勢のプレイヤーが多数の生活用品を買い込んでおり、中には売り切れになっているものすらあった。


 このゲームは多くのスポンサーがいるらしく、現実でもよく見知った企業の商品もちらほらと見える。


「こういったリアルさのせいで、本来の現実世界からこの世界に現実逃避する人も大勢いたみたいだな。メシを食べる時とか、トイレの時にだけゲームから落ちて、終わればまた戻るという生活を起きてから寝るまでする。廃人は恐ろしいな……まぁそれが爆発的人気の元なんだけど」


 コーネリアが両手一杯に歯ブラシだとか、石鹸だとか薄い衣類だとか多様な商品を抱えている。そんな様子に懸念のあったオレは恐る恐る質問してみた。


「そんなに買うのはいいんだが、お金はどこにあるんだよ?」


 オレは買い物の為に財布をあちらこちら探していると、オレの様子を観察していたコーネリアが面白そうに手を叩いている。


「今のお前は初心者だからな。きっと三千エピスしか無いだろ? それに元々このゲームに財布は無いぞ。メインメニューの左上見てみ?」


「メインメニューなんてどう出すんだ?」


 あれやこれやメニュー的なものが無いか探し回っていると、コーネリアはなおも笑いを堪えながらオレの肩を掴んだ。


「お前本当に説明書見ないんだな。左手の人指しと中指を出して横に手を振ってみろ」


 ――そもそも今日初めてこのゲームをするのだが。


 そんな不満を飲み込みつつ、言われたようにやってみると、二本の指が通過した後に青の線が現れ、それが上下に分かれることでメインメニューの水色のプレートが形を成したのだ。


 左側には自身のステータスや装備品について、そして右には一通りのメニュー、装備品一覧やクエスト、フレンドリストなどなど。


 左上には探していた所持金の欄に三千エピスとゲーム内通貨が表示されている。


「三千エピスって何が買えるんだ? 歯ブラシとか現実世界と大して値段は変わらないけどさ」


 この残金が少ないのか多いのか全く分からない。買い物を終えたコーネリアは品物をメニューの水色プレートに投げ込んでからお店の品物をあちこち見つつ、オレの疑問に答えた。


「まぁ始めて生活に必要な物くらいは揃うかな。例としてはさっきのトーストとハムエッグのセットが三百エピス。大抵は現実世界と相場は変わらないぞ」


「そこまでいっぱい物を買うのか?」


「現実生活と同じって考えれば良いと思うよ。歯磨きとか、風呂で使う物とか、食べ物とか最低限の物なら初期の所持金で揃うさ」


 歯ブラシや簡単な衣類といった当面の生活必需品を買うと、残りは百エピスしか残らなかった。


 先ほどのコーネリアに倣ってメインメニューを開いてからプレートに買い込んだ品物を置くと、淡い光を発してあっという間に消えていく。確認してみるときちんとアイテムの項目に買った品物がずらりと並んでいた。


「流石に数時間もすればバグかなんか知らんけど、きちんとログアウトできるさ。あんま心配するなよ。買い物が終われば、いよいよ外でモンスター退治としゃれこもうぜ!」


「……そうだな」


 どうせバグとやらが悪さをしているだけで、すぐに現実に帰ることができる。そんな当たり前の考えの下、オレはいつも家で使っている歯磨き粉のチューブに手を伸ばした。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 一通り買い物を終えると、メニューの右上にあったデジタル時計は十三時を過ぎていた。近くで昼食にしようと市場から外に出ると、近くの広場の一角に人だかりができている。


「おいおい、運営に送った問い合わせのメールなんだけどよ、まだ返ってこないんだが?」


「さすがにおかしいだろ、ここの開発ならバグとか不具合なら二時間もすれば直ってたよな?」


 情報を共有しているのか、プレイヤーらの会話も次第に不安が大きくなっているようだ。


 思えば朝はまだすぐに修正されるだろうと高を括る者も多かったのだが、社会人にもなると流石に洒落にならないところまで来ている様子だった。


「これどう見てもやばいよな? 仕事にもろにダメージ受けてるだろ」


「トリニティは新しいゲーム会社なのに対応とかアプデが良いし、何よりもチートとかバグ利用とかの不正行為が全く無いのが有名なんだよ。どんな技術使ってるのか知らんけど、有名なゲーマーも絶賛してたぜ。……とは言え、これはちょっとまずいな」


 改めてこのメダリオンというゲームに圧倒的な人気を誇っている理由が見えたのだが、いよいよ不安も大きくなってきた。


「よく考えてみると、デバイスとかも消えてるのにゲームに残ってるのも不思議だよ。寝落ちとかしても自動で切断されるのに、異常なことが多すぎる」


「そういえば、オレもここで目が醒めてゲーム一式がいきなり消えたんだ。これって大丈夫なのかよ?」


 その言葉にコーネリアも共感する反応を見せた。


「これに関してはな、メニューをいじってみると……ほら、これ見ろよ」


 経験者としての冷静さか、コーネリアが手早く水色のプレートを操作してオレに見せてきた。


「メ、メダルがある!」


 そこに現れたのは薄い白線で人を模した絵だ。頭や両腕、胴体、そして両足といった装備が付けられる部分から白い線が伸びており、その先にはメダルをはめ込む穴が存在している。


「お前のメニューから『ステータスと装備』の欄からこの画面に入れる。今は一昨日買ったスタートセットに付いてたメダルがケースからそこに場所を移しているはずだ」


 早速メニューを操作してみると、確かに初期装備のメダルが五枚、きちんと装備欄にはまっていた。


 更に部屋から出るときにポケットに突っ込んでいた他のメダルも、右隅のメダルのマークに置くことでメニューの中に保存できるようだ。


「これが最新技術の力なんだな……」


「かもな、こんなことってメダルのデータを機械で保存していた現実世界には無かった項目だし」


 こうして突然無くなってしまったトリニティデバイスは、このメニューが代わりを担っていることが分かり安心することができた。この際どんな原理でこんな事を可能にしているのかは、最早どうでもよかったのだ。


 問題は未だにログアウトができないことだ。


「マジで怖くなってきたな。このままずっと閉じ込められたらと思うと……」


「おい止めろよ……そんなこと忘れて早く買い物の続き行こうぜ。狩場が人でいっぱいになっちまう」


 重い空気になってしまったが休憩を終えて、次にコーネリアが戦闘をするなら一番重要だと言う回復用のポーションの補充に向かうことにした。

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