第二話 『異変』
月曜日。今日からまた学校に行くのだ。オレは週明け特有の気だるさと戦いながらベッドから体を起こした。今日から初めてデバイスを持って登校するのだが、ゲームを学校に持っていっても良いのか? という考えはあった。
しかし、よく思い返してみるとデバイスに関しては学習用VR映像の利用の為に持ち込みが許可されているし、ゲームがあってもそういったソフトの起動情報は、学校内のネットワークに接続されている間は逐一管理されているため、授業中隠れてゲームをやってもすぐにばれる。
「おはよー母さん。ごはん……」
二階の部屋から備え付けの手すりを掴んでリハビリを兼ねたトレーニングをしつつ、力の入らない足で一階のリビングに降りる。
いつものように母さんがご飯を準備してくれて、父さんがソファーに座って新聞を見ている。そんな風景を目にするはずだったのだが、そこにあった景色は常識とは全くかけ離れたものだった。
「やあっ! えいっ!」
「いい加減にしなさーい!」
オレの目に映った光景は、一つ下の弟と妹の双子がゲームであるはずのメダリオンの武器を振り回し、それを母さんが慌てて止めている場面だった。
ここでおかしいのは、ゲームをプレイするためのデバイス無しでメダリオンのアバターが見えている。つまりVR世界が現実と同期しているということだったのだ。
「な……何だよこれは?」
現実離れした様子にオレは目を擦って見直すも、依然として二人は武器を振り回している。するとリビングのテレビからちょうど疑問に関わるニュースが聞こえてきた。
「今日未明から人気ゲームであるメダリオンのアカウントが現実生活に同期されると、開発元のトリニティが発表しました。実際に今朝からアバターの姿をした方たちが専用の施設で楽しんでおります」
テレビにはヘッドギアを被ることなくゲームで戦っている人たちの様子がある。一応は専用の建物など、安全を確保した特定の場所でしかできないようになっているというが、どんな技術を使えば仮想の武器を手に持って戦えるようになるというのだろうか……本当に不思議なものだ。
「兄ちゃん遊ぼうぜ!」
中学生になったばかりの弟の
「でも兄さんは父さんから許可がでてないんだよ? ゲームは出来ないよ!」
勇の双子の姉である
家では父さんが色々と厳しく、こういったゲームとかするなら学業も両立させるというのが条件だ。実際オレもここ数ヶ月はサッカーができなくなった分の時間を勉強に回すことでなんとか許可を得て、既にメダリオンをプレイするための一式は買い揃えていたのだが、その事をまだ二人は知らない。
「これがメダリオンの世界の二人なのか……」
「カッコいいだろ?」
「兄さんも最近勉強頑張ってるし、お父さんに頼んだら?」
「ああ、時間があったらな」
二人共毎日見ていた顔とは全然顔つきが違っていたのだ。確かに現実の二人の面影はかなりあるのだが、どこか普通と違うゲームのキャラクターらしい独特な雰囲気を持っている。
そんな二人に驚くオレをよそに台所から母さんの声が飛び出てきた。
「二人も誠司とさっさと食べちゃって。お父さんはもう仕事に行ったわよ!」
オレの父さんは警察官だ。そこまで偉い地位では無いがとても真面目な性格で、今は恐らくこの異常事態について色々と調べている最中だろう。
だからこそ、メダリオンという訳の分からないゲームに手を出すことを好ましく思わなかったと今の状況から察知できた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「よぉ。スゴいなこの世界は」
「全くだよ……」
浩介と教室で話している間もクラスの大半がメダリオンのアバターの姿で居た。
本来ならば、校内のVRデバイスの勉強以外の使用は昼の長時間の休み時間か放課後にしか使用できないが、我慢のできない生徒らの対応に、先生らもあたふたしている。
「で、お前のアバターいつ作るんだ?」
浩介は嬉しそうに笑顔で車椅子に寄ってきた。余程オレがこのゲームを始めてくれるのが嬉しいのだろう、早速ゲーム設定の進捗について聞いてくる。今回オレはアバターを浩介に教わって作ることにしたのだ。
ようやく大人気のゲームを始められる高揚感を心の奥に押さえ込みつつ、オレは車椅子の腕置きに肘をついて会話に応じる。
「とりあえず、放課後にやるか? お前今日部活オフだったろ?」
「まぁ、時間的にそうなるな」
そのように予定を決めて授業の準備に取り掛かろうとしたところで、一人の少女がこちらにやって来た。
「へぇ、誠司君もメダリオン始めるんだねぇ」
「ああ崎本か、今日は日直だっけか」
「うん、良かったよ誠司君なんか嬉しそうだもん」
柔らかい声と共にやって来た少女は声と同じく、外からの風に柔らかくなびく黒髪ショートボブ、シンプルな黒ぶち眼鏡を掛けた人当たりの良さそうな表情、いわゆる真面目系クラス委員の崎本加菜恵だ。
クラスの男女の双方から人気のある彼女も当然メダリオンをプレイしている。と言うのも、オレが車椅子生活になってすぐの頃、一度オレに気晴らしにとメダリオンを薦めてきたのだ。同じ小学校から上がってきたという点で、互いに気兼ねなく話しかけられる友人というのは異性であっても大切なものだ。
「まぁ、テストで高得点を取る父さんとの約束を果たしたからな。結局クラスで最後に始めることになったけど、今日から頑張るとするよ」
決意表明とも取れるオレの言葉に、崎本は笑顔を弾ませて俺の机に両手を乗せる。
「そうなの? 私も誠司君が聞きたいことは色々と教えちゃうからね。大船に乗ったつもりでいてよね」
「崎本は人に教えるの上手いし、是非とも指導してもらえよ、まあ俺の方がいろいろ知ってると思うけどな」
「ふーん、浩介君じゃ人に教える前に自分で理解できてるか心配なんだけどね」
「ゲームの中じゃ別の話ってことだ。お前が俺の正体を知ったら少しは驚きそうだけどな」
「それは是非とも気になるわね、お互いゲームでは赤の他人だし、ここらで一度ゲームの中で自己紹介しましょうか?」
二人はオレよりも古い付き合いで、事あるごとに火花を散らしていた。中学生になってそれも影を潜めていたと思ってたらこれだ。まあ仲がいい証拠でもあるだろう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「後はお前が属する種族を決めないとな」
「なんかピンと来ないんだよなぁ」
放課後。校庭では西日が差し込み、部活のアップで野球部とサッカー部がそれぞれランニングをしている頃合いだ。
人も少なくなった夕暮れの教室で、オレは浩介に手伝ってもらいながらアカウント設定を進めていた。本当はまだ他の連中に隠したかったのだが、浩介とオレの家が離れていたこともあり、教室で顔を合わせて進めた方が説明もしやすいという判断の下だ。
結局崎本は放課後には部活で一足早く教室から出てしまった。信頼できる人が多いには越したことはないが、仕方のないことだ。
「種族は七つもあるのかよ。多いなぁ……」
プレイヤーが属する種族は、シルフ、ノーム、エルフ、ケットシー、サラマンダー、ウンディーネ、ヒューマンの七種類がある。それに加えて、魔法などを使う上で決めなければならない属性という概念も存在する。
全部で火、水、地、光、風の五つだが、種族には属性が固定されているものもある。シルフ、ノーム、サラマンダー、ウンディーネはそれぞれが風、地、火、水と固定されているし、エルフは光属性になっている。
しかしケットシー、ヒューマンは属性が固定されておらず、メダルに込められた属性の力で色々な属性の魔法や装備を使える。その代わり、属性を固定された種族にはその属性の魔力では劣るという仕様なのだ。
オレはその情報を聞いてもいまいちピンと来なかったために、アバターでも重要な種族を決めることが出来なかった。身長などの情報はすぐに決められたが、そこを決めるのに時間がかかっているのだ。
頭を抱えて悩んでいるオレを見かねたのか、浩介が思い出したように口を開いた。
「どうせなら、ヴァン・フレリアを使える種族にしたらどうだよ? あれを使わないのももったいないだろ?」
「そっか、あれって風属性だったか?」
「そうだな。となるとヒューマン、ケットシー、シルフになるけど……」
セットに付属していたメダルの読み込み装置からヴァン・フレリアのメダルを取り出す。夕日に照らされてメダルは元々持ち合わせていた緑と、夕日の橙が混ざりあうことで幻想的な雰囲気を醸し出している。
「そういえばこれの所有者のフレリアって、ゲーム中ではどの種族なんだ?」
「ん? ちょっと待ってろ」
オレの質問に浩介はスマホを操作して公式サイトのメダル図鑑を参照して説明し始めた。
「フレリアはヒューマン族最大の英雄らしいな」
見ていたスマホを借りると、このメダルは英雄フレリアが着たコートを宿していて、能力もウェア装備の中でも最高クラスを誇るという。しかも鎧とは違って初心者でも扱いやすいのも魅力だ。
「じゃあオレはヒューマン族にするよ」
オレは最後まで決めかねていたボタンを押して種族をヒューマンに設定する。結局コートの所有者であるフレリアの種族に合わせることで後悔しないようにすることにした訳である。
そしてアバターの名前もフレリアになぞらえて決める事にして、慣れないながらもバーチャルなボタンをデバイスの画面越しに押していく。
「よし、これでお前は今日からセイリアだな。なんかお前らしくない名前だなぁ……」
「オレらしいってなんだよ?」
浩介はオレがメダリオンで名乗る名前を見てか、オレのネーミングの安直さに軽く引いていた。しかしオレにはいい名前だと思える。なんとなく響きは良かったし、この名前で世界を駆け回れると思うと心が躍るものだ。
「そんな事言うなよ。オレの名前
それを聞いた浩介が苦笑いすると、「がっかりするなよ」と前置きして何も知らないオレに重要な情報を付け足した。
「一応言っとくが、フレリアは女だぞ?」
「えっ?うそぉ……」
メダルに描かれた萌木色を主としたコートはパッと見て男物なのか女物なのかは判断しにくかったとはいえ、フレリアが女性とはこれっぽっちも思わなかった。なんだかオレにとって、このミスはいきなり出鼻を挫かれた感がある。
ガッカリしているオレをよそに、浩介は辺りを落ち着かない様子で窓の向こう側を眺めていた。
「本当に今日はスゴいな。トリニティにここまでの技術力があるとは思わなかったし、こんな世界はてっきり近未来のものだと思っていた」
「そうだな、オレも下の二人が朝からあんな姿でゲームしていたのはびっくりしたよ」
バーチャル世界がいきなり現実と同化したのだ。見た目は日々見てきた街の姿だが、学校から見える外の風景は戦闘など激しい行動はできないものの、メダリオンでのアバターの姿と普通の町の人が混在するという、かなりシュールな雰囲気を放っている。
そんな景色を横目にして、オレはゲームをプレイするときに掛けるゴーグル型デバイスであるトリニティデバイスを掛けてみた。画面にはオレのアバターであるセイリアのまだ駆け出しの冒険者らしい姿が表示されている。
顔の輪郭などをスキャンする機能がヘッドギアに搭載されており、セイリアの顔はオレのごく普通の中学生顔に加えて、寝起きにふとスキャンしてしまったために左だけ跳ねた寝癖髪までもかなり精巧に再現されてしまっている。
教室の時計も五時半を回った。三階の窓の外は紫紺に染まり、一番星が瞬きだした頃だ。
「今日はもう帰ろうぜ。そろそろ母さんが迎えに来る」
「そっか、じゃ本番は明日だな」
「頼むよ」
今日のところはアカウント設定とメダリオンの中でのオレの分身を生み出すだけにして、オレらは帰宅の途につくのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「これで、実験は成功だな。深夜三時からこれら七枚のメダルの力によって、現実世界のプレイヤー達をメダリオンの世界に転送する」
男は機械のキーボードを叩きながら呟く。後ろに居た女性も「分かりました。それではこちらも準備に入りますね」とだけ応え、深々とお辞儀をして部屋を後にした。
「これが私たちの最後の希望だ。頼むぞ……メダリオンに選ばれた者たちよ」
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