第一部 第一章・初めてのゲーム、そして旅立ち

第一話『メダリオンとの出会い』

 今流行っているゲームがある。それはメダリオンと呼ばれる、データをインプットされたメダルを使ったVRMMORPGだ。


 ベースとなる種族別のキャラクターをメダルやゲーム中で得た装備でカスタマイズすることで、ファンタジー世界ならではの生活を営んだり、対人戦やモンスターと戦う事ができるのだ。


 二年前に大規模なゲーム関連のイベントでお披露目されるや否や、多数のメディアで取り上げられ、一般応募のクローズドベータテストは限定千人ながら応募総数は千倍を越え、その評判は正しくうなぎ登りだった。


 そして全世界での正式スタートに先駆け、一年前に日本限定で発売されたスターターセットは即完売。


 現在はその多様なコンテンツから、老若男女で大人気となっている。


 そのアクティブユーザーは、ピーク時には一千万人を上回るほどの社会現象を巻き起こすゲームとして、今では頂点に君臨しているのだ。


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 オレの名前は竹内誠司、中学二年生だ。


 今超絶話題のゲームであるメダリオンのスターターセットと、ゲームで使うメダルの拡張パックを買うために近くのショッピングセンターの行列に並んでいるのだが……。


「本当に人いっぱい並んでるなぁ」


 拡張パックは余りの人気ぶりに抽選式の販売になっている。このゲームが社会現象となるまでに人気を博しているのは、メダリオンを製作したベンチャー企業『トリニティ』が発表した近未来型技術によるものだ。


 数年前に実用化されたフルダイブ技術と従来のゲーム操作の両立に加え、従来型の操作にはトリニティが完成させた思考型コントローラー、そしてフルダイブ技術さえも世界最高峰の精度でゲームに取り入れることによって、完全なるを実現した。


 加えてアバターのファッションが人気モデルの間で流行ることで若い女性にも受け入れられており、更には農業や料理といった現実で行える生活系コンテンツまでも完全再現している点で、普段ゲームとは縁の薄かった老人などの層にも受けている。


 そうしたあらゆる層に対応する要素の多さとクオリティの高さによって、全年齢の心を掴めるようなゲームとなったのだ。


「初めてゲームをやるんだが大丈夫なのか?」


「当たり前だろ、今からでも遅くないのがこのゲームのいいところだぜ?」


 オレの不安の言葉を隣にいる友人があっさりと否定してしまう。


 オレはそれほどまでに人気を博しているメダリオンをプレイした事はおろか、そもそもゲーム自体を全くやったことが無い。


 その理由は、元々部活でサッカーに打ち込んでいた事にあった。


 小さな頃からサッカーが大好きで小学校に入学する前から近所のクラブに通っていたのだが、中学一年の途中で大きな交通事故に遭って脚に大ケガを負ってしまったのだ。


 結果、リハビリで少しは歩けるほどの回復は見せたが、外では車椅子が無ければ移動もできなくなってサッカーも断念した。


 こうして必死に打ち込む対象を失ったことで落ち込んでしまったオレを部活の仲間は励ましてくれたが、目標を失ってしまったダメージは大きく、中々立ち直れなくなっていた。


 そんな時に親友がオレを元気付ける為にこのゲームを勧めてくれたのだが、それでもショックでしばらくは何もかもやる気すら起きなかったのだ。




 このメダリオンの世界を見るまでは……。




 親友が貸してくれたゲームで体感したその世界は、オレに新たな可能性を示してくれたのだ。現実と何も変わらないゲームの世界に心が、体が震えた。


 サッカーを失ったオレがただ毎日を過ごすのではなく、新たな世界でちょっとは楽しめる。そんな気持ちになれたのだ。


 そして学校の話題もメダリオン一色だったこともあり、オレはとりあえず話題に付いていこうと今回初めて友達に付き添って貰い、このゲームを買いに行くことにした訳である。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ところでお前はどの属性のセットを買うんだ?」


 見事な半袖焼けをしているガタイの良いサッカー部であり、一番付き合いの古い親友でもある神田浩介は両手を頭の後ろで組みながら、恐らく常識であろうその質問をオレに投げ掛ける。


「属性?」


「属性は五つ、火、水、地、光、風で、装備の力を使って魔法とか使って戦うんだよ」


「ほぉ……」


 経験者の親身な説明に一応は納得はしてみるものの、いまいちピンとこない点もある。今までまともにゲームをしたことが無いので、実際に手にしてみないと分からないが、意外と複雑らしい。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 オレと浩介は限定一万個のメダリオンの拡張パックを今回買いに来た五万人の中から、当選した。つまり倍率五倍を勝ち抜いたわけだ。


「やったぜ! 俺らツイてるな!」


「あ、ああ……そうだな」


 なんとか買えた拡張パックの見た目はメタリック調の袋で、五個入りに見合った程度の大きさだった。


「結構大きいな……これに皆が欲しがるような装備もあるわけだ」


「そういうこと。ここが課金要素の一つだから、お金を使った感覚が残るのも自制心が出るからいいよな」


 問いかけるオレをよそに、先に自分のパックを開けて中のメダルを確認していた浩介が表情を綻ばせている。


「おお、火属性のウェアだ。良いやつ無かったから使おうかな……」


「そういや、ゲームの装備ってどれだけあるんだ?」


「アバターは五種類の装備あってな、それぞれヘッド、アーム、ウェア、レッグの防御装備と武器があるよ。ちなみに俺は火属性のプレイヤーだから火属性のメダルが欲しいってわけ」


 欲しい装備が得られた浩介の微笑ましい反応を見ていたオレはパックを開ける前に、抽選無しに買えたスタートセットを開けてみることにした。


「へぇ、お前は風属性を選んだんだな」


 横から浩介がのぞき込んでくる。内容は緑色のメダルが四枚と、ゲームをプレイするためのゴーグル型端末トリニティデバイスがプラスチックの型にはめ込まれていた。


 更にメダルのデータを端末に送るためのワイヤレス送信機能がついたメダルケースにいくつかの付属品がセットの主な概要となっている。


「それより武器のメダルが無いけど、もしかして不良品か?」


 少し焦ってメダルが入っていたケースを調べるオレを見ていた浩介は、横から「借りるぞ」とオレの了承を得てから箱を手に取る。


「ここに紙が入ってるだろ?」


 そう言ってセロハンテープを丁寧に剝がして箱の中からレシート大の紙をつまみ出す。そこには『武器メダル引換券』と書いてあった。


「武器はいくつか種類があってな、購入した場所とか近くにあるサポートセンターで選べるんだ」


「そういう面倒な事をするんだな」


「割りとあのゲーム始めるの手間がかかるぞ。それでもサポートはかなり手厚いけどな」


 アドバイスを元に早速オレらはセンターで武器メダリオンを選ぶ為にショッピングセンターにあるサポートセンターへと向かう。


 白を基調としたセンターの中にあるカウンターには受付のお姉さんがいて、ゲームをしたことの無かったオレにも分かりやすいように教えてくれた。


「このゲームで使用される武器の種類は多岐にわたりますが、このスターターセットで使える武器は片手直剣、両手直剣、大槌ハンマー棍棒メイス短刀ダガー、槍となっております」


 結構多く感じた種類だったが、隣から浩介からの「拡張パックとかゲーム中限定になるけど、まだまだたくさん種類はあるな」という補足には驚いた。


 メダルの装備だからといって、ゲーム中で作れる装備も多少能力が落ちるだけで、実際のところそれを使うプレイヤーの方が多いという。


「えっと……じゃあこれにしてみます」


 オレは画面にあった片手用直剣を選択した。理由としては、単に初心者に扱いやすいとかいう説明を鵜のみにしたからだ。


「はい、これが基本的な片手直剣のブロードソードですよ」


 お姉さんから手渡されたメダルはご丁寧に小さな箱に入っていた。その場で箱の上蓋を開けて中を改めると、そこにはビニール袋に密封された手のひらサイズのメダルが鎮座している。


 それにはシンプルな剣のイラストが描かれており、メダルの下に刻まれたレア度はN《ノーマル》とある。


「これノーマルだけど他にもあるのか?」


「ああ、装備には下からノーマル、ハイノーマル、レア、スーパーレア、ダブルスーパーレアの五種類あるんだ」


 クラスメートもやってたソーシャルゲームのガチャのようなシステムにも思えるが、課金システムはゲーム内アイテムであったりと、従来の要素も多いようだ。


「へぇ、それならレアなやつほど強いわけだな」


「それはもちろんだけど、決してノーマルのどんな装備でも侮れないんだよな」


「どうしてだよ?」


「カスタマイズのレベルが上がるだけであって、メダリオンはプレイスキルが物を言うゲームだという事ということなわけ。装備とは関係ないけど、過去にゲーム内でレベル最大のプレイヤーが半分にも満たないプレイヤーに負けたという出来事もあるほどだからな」


 すると浩介は思い出したように補足を付け加えて、荷物を鞄に放り込んでいく。


「流石にレベルの低い方のやつはキャラのコントロールとか天才的なものだったけどな」


「それだったら、対戦ならどれだけ上手いかがこのゲームのキモな訳だな?」


「そういうこと。SSRの装備を持ってるやつなんてまず見ないし、中で知り合ったゲーマーには『レベリングだけをするなら、プレイスキルを磨け!』とか言われたよ」


 笑いながらの浩介の説明に、オレもゲームで上手くやっていけるのではないかという可能性を感じ始めていた。


 今も移動には車椅子を自力で動かす毎日なのだが、ゲームの中だけでもまた自分で歩けるようになりたいものだ。


「はえー、MMOなんてお金をいくら掛けるか、どれだけ自分の時間を注ぎ込めるかなんてものだと思ってた」


「まあそうなのは事実なんだけどな。でもこれはなんだ。現実により近い……というか、ほぼ同じなのかも」


「現実でより体を上手く動かせる方が有利なのか」


「それがそれなりに比重を占めてるってくらいに考えておけ」


 このゲームは奥が深い。そんな言葉を出しかけたところで、浩介が鞄を背負ってセンターの入り口へと歩き出す。


「腹減ったしメシにしようぜ」


「あ、もうそんな時間なのか」


 時計を見てみると既に正午を超えていた。オレと浩介はフードコートで昼食を取ることにして現地に行ってみると、辺りはメダリオンの抽選販売の後だからか、それに関する話題がちらほらと聞こえてくる。


「それじゃオレの拡張パックを開けようか」


 オレと浩介は簡単にファストフードで済ますことにして、早速オレの買ったメダルの内訳を確認することにした。


「そういや、これって一つしか買えなかったな。他の人たちってどれだけ買えてるんだろ」


「ああ、これって現状抽選に当たった人が一パック限定での購入だから、今から始めても装備で大した差はつきにくい。明らかな差はレア以上の装備からかな?」


 浩介の解説を聞きながらオレは袋の中から一枚ずつメダルを確認していく。服やら靴やらのイラストが丁寧なもので、子どものおもちゃのような物ではなくかなり本格的なゲームアイテムって感じだ。


「おいおい、何が当たったんだ?」


「一つかなり良さげなやつがあったけど、お前に見せた方がいいかな?」


 一つ気になるメダルがあったのだが、価値を見出だせなかったオレはひとまず浩介に見せて反応を伺うことにした。


 とりあえずパックの中に入っていた五枚をまとめて手渡しする。


「五枚か……一つ千円もしたし、高い割にはあんまし入ってる感じしないよな」


「あまり文句言うなって。こういう形として残るのがいいんだろ?」


「そうか?」


 このセットを購入したことで小遣いの大半が消え、何となく不機嫌な気持ちになっていたオレはパックの値段に文句を垂れながらも、一枚ずつ確認する浩介の様子を伺う。


「水のノーマルアーム、火のハイノーマルレッグ、最後に……えっ!?」


 浩介は一目確認してからあっという間に次に移っていくが、オレの気になった最後の一枚を手に取った瞬間に顔色が変わった。


「おい、これSSRだぞ。風のウェアの『ヴァン・フレリア』じゃねぇか! マジかよ……」


「スゴいのか?」


 その問いかけに浩介は無言で頷く。じっとメダルを見つめるその目はどこか羨ましそうに見えた。


「これってまだメダリオンのゲーム中で見たことが無い代物だ。お前ラッキーだな!」


「おっ、おお……」


 凄い熱意を込めた眼差しで語る浩介。オレはただその話を聞いているだけしかできずにメダルを返された。


 その一番上には昔見たようなカードゲームのようなホログラム加工とは違い、職人が手作業で施したような芸術品とも見えるメダルが鎮座している。


 そのメダルに内に秘めた恐れにも似たモヤモヤを感じた気がしてならず、オレはすぐにヴァン・フレリアのメダルをケースに仕舞い込んだ。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 機械音が響く一室。大型のパソコンが唸りを上げ、数十枚、いや百は超えるモニターが様々な風景を映す様子は圧巻の迫力だ。


「ようやく手に入れました。これです」


 自動ドアから入ってきた女性が一際大きなモニターの前でタイピングしていた男性に小箱を渡す。


 中には布で一枚一枚丁寧に包まれた七枚のメダルがあり、一つ一つが槍であったり、剣であったりと、武器の絵が面に刻まれていた。


「これが英雄達の武器が込められたメダリオンか……」


「ええ、これで我々の目的は達せられました。いよいよ計画を実行する時です」


「ははは、ようやくあの世界に救いの革命をもたらす事ができる」


「そうですね」


 謎の機械が怪しく光る中、男の笑みが照らされた。その視線は大型モニターに映る映像に向き、握る拳は力強い。


「待っていろよ、すぐに変えてやる……この目の前にある絶望を!」

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