第16話『さらば侍従長クラウス・愛の戦士たち』
……皇帝グォーザスはそう言い残し、行方をくらませた。
今や一〇〇隻に達する魔界艦隊殲滅型重戦艦の大艦隊は陣形を組み、次の火焔転移砲の発射態勢を整えつつあった。次撃たれたら間違いなく部隊は壊滅だ。
統合任務部隊司令部は、上級大将にして王太子アルベルトの決断を今か今かと待っている。クラウスとこのはがアルベルトの背中を見つめる。
彼は拳を握りしめ、苦悩していた……これ以上部下を戦わせても犠牲が増えるだけではないか?
瞑目していたが、口を開く──
「総員、部隊を放棄。待避! これは王太子であり、統合任務部隊指揮官であるアルベルト上級大将としての命令だ」
了解、と側近らが敬礼で応じ、持ち場を離れる。
クラウスとこのはが待避しようとしないアルベルトにいぶかしんだ。
「……殿下……?」
クラウスに呼びかけられ、ちらと後ろを振り向くが、すぐにアルベルトは背中を向けた。
「まさか……ひとりで残るつもりじゃないよね!?」
このはが問いただすが、アルベルトは答えない。代わりに肩を震わせていた。
「…………これは、パルパティア王室のさだめ。火焔転移砲と同時にこちらも魔方陣を展開し、消滅魔法でグォーザスを葬る」
魔界皇帝もろとも道連れにし自分ごと敵を消滅させる。王太子としてのアルベルトの悲壮な決意であった。
口を開け、うろたえていたこのはだったが……眉を吊り上げアルベルトの腕をつかむ。強引に自分の方にアルベルトの身体を向けた。
「私もさっきクラウスさんに言われたけどさ、人のことは言えないかもしれないけど…………いつもそうやって、貴方は自分勝手に! そうやってひとりで死んでいくなんて、悲しすぎる!」
このはは人目もはばからず、アルベルトの懐に顔を埋めた。涙がとめどなくあふれる。
いつしかこのはの想いはここまで募っていたのだ。アルベルトは驚いた。ここまで自分を想っていてくれたのか、と……
アルベルトはこのはの髪をいつくしむように撫でる。
すると、クラウスと何人かの有志がアルベルトの前に立ちはだかり、志願する──
「お供いたします。王太子殿下」
目頭が熱くなり、アルベルトは顔をそむける……だが、すぐに彼は威儀を正した。
「──やるぞ。最終決戦だ!」
* *
アルベルトは思念を集中し、戦艦アイスウァルトの舳先に青の魔方陣を展開。限界までの精霊魔法を込め、魔方陣は拡大する──!
このはは桜の巫女として、彼と手を繋ぎ、力を込める──女神アポロニアからの加護を賜ることを願いながら。
「敵が現れました! 甲板に敵兵です!」
近衛師団下士官が叫んだ。
「私が応戦します!」
「頼む!」
クラウスの進言にアルベルトがふたつ返事で了承し、クラウスはアルベルトの背後を守るべく剣を構える。互いに背中を預けるのはよほどの信頼関係がなければできないことだ。
紅蓮の魔方陣から青き肌の大男が出現する──クラウスは唸った。
「グォーザス……!」
──現れた敵は、皇帝グォーザスであった!
その名を聞いてもアルベルトは振り向かない。背後をクラウスに任せている。
刃の斬撃が交わり、背後で火花が散ろうと、絶対に振り向かない。振り向かないのは、最期の瞬間まで親友を、いや、友を信じているからだ。
……そうしている間にも、アルベルトは力を蓄積していく。このはも握る手にいっそうの力を込めた。少しでも恋人の心の重荷を肩代わりできることを願って。
周囲に魔力が満ち、光の粒子が咲き乱れる。
アルベルトとこのはを光のベールが包む様子は、神々しく、崇高なまでに美しく見えた。
光を纏う彼らに恐れをなし、皇帝グォーザスといえど手が出せなかった。
……やがて刃の交える音が止まる。
侍従長クラウスは、血を流し倒れていた……薄れゆく意識の中、最期の最期までパルパティア王室に、王太子に、アルベルト個人に──そして桜このはを守れたことを誇りに思いながら、クラウスはゆっくりと目を閉じた……
アルベルトとこのはは黙って手を固く繋いでいた。肩を震わせ、口を結ぶ……ふたりの頬には雫が光っていた。
「…………クラウス…………ありがとう」
その言葉はこのはだけに聞こえた。
『…………!』
──誰かが呟いた。
アルベルトはこのはを見るが、彼女は首をふる。……前方に視線を移すと、光の粒子が集まってゆくのが見えた。
金髪に金の瞳、古代ギリシャのような一枚布のゆったりとした白い装束を身に纏う……
──女神アポロニアだった!
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