第8話『魔界皇帝グォーザス、呪われし愛の記憶』
……魔界の宵闇は深い。
濃紺の夜空には青、緑、紫、赤、黄金、と妖しく恒河沙の銀河、無数の星々がかがやき、月の淡い光が大地を照らす。
コウモリが飛び、せせら笑った。
切り立った崖、岩盤はどういう訳か大地から浮かび上がる。そのうちのひとつには石造りの城壁がそびえていた。有機的意匠と幾何学模様が融合した禍々しい城。これこそ魔界皇帝の宮殿である。
宮殿では、帰還した将軍ベガルタが皇帝グォーザスに報告していた。
「皇帝陛下、弁解のしようもありません……」
魔界を統べる皇帝グォーザスの威厳たるやすさまじい。青き肌に瞳は赤く光り、
日本の内閣総理大臣に相当する
ベガルタは絨毯にひざまずき、敗戦とカラドボルグ大都督を失ったことを丁重に、だが潔く詫びた。グォーザスが平手で制する。
グォーザスは臣下には寛容であった。
「カラドボルグについては自業自得と言える。素行にも元から問題があったからな。奴もそれまでの男だったのだ。王太子の強襲も予想外だ。将軍、報告では自分の女である桜の巫女を守るためにわざわざ舞い戻ったのだろう?」
「仰る通りです」
グォーザスは玉座から立ち上がり、壁の絵画を見上げた。
若き日のグォーザスらしき人物と、うら若き乙女の油絵だ。
ベガルタや重臣らは皇帝の過去を知っている。皇帝の呪われし愛の記憶に思いを馳せた──
* *
……かつて世界は、精霊族と魔族が二分していた。
高位精霊たちは精霊王国【
危機感を抱いた高位精霊たちは、精霊女王アポロニアに天孫降臨を命じ、今のパルパティア王国に降り立ち精霊王室を築いたのだ。
パルパティア王国は魔界から見れば支配圏に近かった。女王アポロニアの神秘なる力を奪取する魔界の野望もあった。
精霊の頂点に立つ女王アポロニアは、人々の願いを叶える──と。
幾度も聖地ガイアに向け魔界軍が攻め、一進一退の攻防が繰り広げられた。
当時の魔界皇帝と、武将らを従えて魔界艦隊は進撃する。その武将の中に、当時元服をすませたばかりのグォーザスと、彼が想いを寄せる女戦士リジルがいた。華やかさはないが、芯が強く朗らかで気立てのいい女だった。名のある武将の後継者であるグォーザスに周囲も期待していた。
──だが、炎の破壊神とも恐れられるとある精霊王が、渾身の消滅魔法を放つ。
魔界武将が記した当時の文献には『青き魔方陣が宙に浮かび回ったかと思うと、突如、火球が膨れ上がり艦隊を飲み込んだ』とある。
魔界艦隊はその大多数が灼熱の業火に焼かれた……犠牲者の中にはグォーザスが想いを寄せるリジルもいた。
グォーザスは胸を切り裂く悲しみに慟哭し、復讐を決意した。
……そう、現在魔界軍の用いている『火焔転移砲』を先に開発し実戦投入したのはパルパティア王国の方だったのだ。
のちに王国、国王はあまりの威力に恐れをなし、むやみな使用を控えるよう勅令を出している。
だが魔界軍は火焔転移砲の開発を強行。元々火焔系攻撃魔法は魔界の方が得意だ。自分たちを滅ぼした大量殺戮兵器を開発することには当然反対の声があったが、それでも皇帝に即位した彼は強行した──すべては復讐のために…………
* *
……皇帝グォーザスはリジルと共に写った絵画をいつくしむように見つめ手をかざし、玉座に腰を沈める。
「丞相、軍務尚書」
「「は……」」
「聖地ガイアには私みずからが率いて遠征しよう。ベガルタ将軍、私と来い。軍務尚書、あとの人選は任せる」
──重臣たちの脳裏に衝撃が走る! グォーザスは本気だ。一度決めたらテコでも動かぬ皇帝の鋼の意志を理解した重臣はうやうやしく拱手した。
* *
港に戦艦アイスウァルトは錨を下ろし、停泊していた。
星空を見たい、とこのはが露天甲板に出、アルベルトがそれに付き合った。
あたたかい布団にくるまり、このははアルベルトに身をあずけ甘える。
はじめはぶっきらぼうに差し出された彼の腕枕だったが、頭をのせてみると心地よかった。身も心も
それ以上手を出してこないのが意外だった。
心が満たされているのか、安らかなな寝顔をこのはは見つめる……
「……ふふっ、可愛い」
彼の胸元に顔をうずめた……
……イエーナ島の夜空には恒河沙の銀河、無数の星々の淡い光が生命の恵みをたたえ、輝いていた。
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