第7話『イエーナ島の休日』

 ……イエーナ自治領は、精霊族でない種族が自治するという体裁で、現在の領主は獣人族であり助役が貴族たる精霊族だ。領土や種族ごとに議席枠がある元老院議員には獣人族の他にも鍛冶職人の多いドワーフなどがいる。商工会議所会頭はドワーフだ。


 王太子アルベルト、侍従長クラウス、連合艦隊司令長官ローラント、そしてこのはは、領主の館に通され説明を受けていた。双方から数人の武官も出席している。クラウスは座らずに控え、アルベルトたちがゆったりとした席につく。

 商業都市であるから食料、武器弾薬、物資の補給を打ち合わせていた。


 知的で官僚らしい雰囲気の武官が説明する。

「……ご要望通り、護衛艦を若干改装。防御魔法を得意とする精霊族将校や魔導士を派遣しました。これぞ魔界軍の火焔転移砲への対応策、ローラント大将が望む『イージス艦』構想です」


 イージス艦。女神の盾の名を冠した防御特化の軍艦だ。一隻の魔力には限界があるが、複数隻が陣形を組むことにより結界を張れる。


「ご苦労だ。あとでお前たち技術者が厚遇されるよう取り計らってやる」

「さすが技術の重要性をお分かりいただける王太子殿下、高位精霊アポロニアの末裔であらせられるアルベルト殿下だ」 

 獣耳を生やした領主がアルベルトをたたえる。

 このはがアルベルトの方を振り向く。

「パルパティア王室は、天孫降臨された女王アポロニアから始まる、精霊の血を受け継ぐ王室ですよコノハ様」

 ふわふわとした猫耳を生やした少女が割って説明に入る。領主の秘書のようだが、どこか顔立ちが似ている。

 紹介を受ける。娘だという。

「……へえ……日本の皇室みたい」

 このはは神話伝承を扱う創作クラスタだ。

「ではしばらく艦隊乗組員ともども観光、保養させてもらうぞ」

「ごゆるりと。殿下」

 領主は笑顔で頭を下げた。


     *    *


 アルベルト、このは、クラウスの一行はレストランに入る。

 このはを連れていることでクラウスは一旦は遠慮したものの、侍従長であり、何よりアルベルトの好意で同行していた。

 無論アルベルトはクラウスがいてくれた方がこのはが喜ぶということもわかっていた。彼はこういうところが妙に計算高い。

 だが、今やこのはの気持ちもアルベルト一辺倒である。

 デザインは高級だが、リーズナブルな価格の店舗である。さすが商業都市というべきか。

 領主から連絡があったのか、店主みずから応対し、席へ案内した。

 アルベルトとクラウスはパスタ、このははオムライスを注文した。ナイフを入れると黄金の半熟卵がとろりと広がり、デミグラスソース、チキンライスとのコントラストを描く。クラウスは侍従長らしく紳士的に、アルベルトは王室育ちであるものの性格ゆえかやや音を立ててスプーンを添えてパスタを巻き、口に入れる。

 爽やかなトマトソースの風味と鶏肉の旨味が口に広がり、それらをバターに彩られた半熟卵と、デミグラスソースの濃厚な味わいが包み込む。

「! ……美味しい」

 このはの顔がほころぶ。アルベルト、クラウスも微笑んだ。

 それぞれ魅力的な男性に囲まれ、なお料理がうまく感じる。


 戦場を忘れた、幸せの形がそこにあった。


 ……食事を終え、クラウスが勘定を済まそうとするが、店主は遠慮した。王太子たちのために領主が奢ってくれたのだと理解し、店主に丁寧に礼を言い店をあとにした。


 服を買ってくる、とこのはが店を告げ別れた。

 アルベルトとクラウスが噴水広場で待つ……


 …………長い…………


 何事か、とふたりは服屋に向かった。


 このはは店員に二種類のワンピースを示され、どちらにするか迷っていた。一方はモノクロではあるが可愛らしく腰のあたりで布の結び目がある。もう一方は水色で落ち着いたデザインだ。

「どっちがいいと思う?」

「どちらもお似合いですよ」

 優しくクラウスは微笑む……が、このはの求める答えではなかった。

「こっちだろ」

 迷わず水色の方をアルベルトは選んだ。

「いくらだ?」

「銀貨二枚になります……どうも」

「えっ、殿下、悪いよ……」

 このはが慌てる。ちなみに彼女アルベルトの呼び方は『殿下』で定着している。

「俺が勝手に選んだんだ、出させろ」

「…………「殿下」!!?」

 アルベルトの身分を知り、店員の女が仰天していた。


 このはは頬を赤らめながらブラウスのボタンを外す……するりとスカートを脱ぎ、白のショーツがあらわとなる、水色の飾りが清楚で彼女らしい。

「(気に入ってくれるかな?)」

 ワンピースを着、ホックを留めた。


 ……カーテンが開く。

 水色のワンピースは彼女にふさわしい華やかさで、控えめな彼女の身体に合っていた。

「お似合いです」

 クラウスが目を細める。

「おお、いいんじゃ、ないか……」

 アルベルトが真っ赤に照れている。彼はめったに人をほめないし、しかも女性相手であるから、慣れていないのだ。

「ふふ、気に入った、かも」

 このはがはにかんだ。


 …………イエーナ島の休日は、穏やかに過ぎていった…………




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