第三章「純愛篇」
第6話『アルベルト、このはを救え!』
陽動に乗せられたアルベルトの騎が身をひるがえし、本隊へとひたすら急ぐ。
青空にたゆたう雲が霧消し、、風が吹きつける。
「(俺は、ひとりだった。ひとりで何でもやれた……だが、今は──)」
クラウス、ローラント、そして誰よりもこのはの顔が浮かぶ。
母を失ってから、アルベルトは今のようなぶっきらぼうな性格となっていた。唯一信じられる自分の力でのし上がってきた。だが、桜このはとの出逢いで、胸の奥にあたたかい何かが満ちるのを感じたのだ……
「(間に合ってくれ──!)」
* *
魔界軍増援艦隊は、戦艦アイスウァルトはじめ王国竜母艦隊を包囲する陣形を取りつつあった。
船室にて身構えるこのはを、クラウスが肩をさすりなだめる。
このはにとりクラウスが優しく魅力的であることは変わらないが、アルベルトが出撃してから彼のことばかり頭に浮かんだ。
気をつけて、と当然の挨拶を送ったつもりだが、彼はひどく赤面していた。船室で迫られたことも思い出す。女性に免疫がないのではないかと推察した。このは自身も男性との交際経験はないが。
彼は尊大に振る舞っているが、内面は可愛らしいものだとこのはは考えた。
それもつかの間、アルベルトが遠くの敵艦隊を叩きに行った今、クラウスとこのはは心細い。
現在、ローラント大将の指示で戦艦アイスウァルト、護衛艦五隻が大砲で応戦しているが、なぜか魔界軍増援艦隊の攻撃は弱い。
その増援艦隊を指揮するベガルタ将軍はカラドボルグ大都督とは違い、知的で下戦士からも慕われる武将である。
魔界皇帝の信任も厚い。だから聖地ガイアの桜の巫女の伝説を知らされており、今回のベガルタの任務は彼女を生け捕りにすることだ。
ベガルタは目的を達成するためなら手段は冷酷である。イエーナ自治領遠征にて一番槍をつける栄誉に酔いしれるカラドボルグを尻目に、彼を囮にし自分が桜の巫女を捕らえるという作戦案を皇帝に上奏した時、皇帝はあえて止めなかった。粗暴なカラドボルグには務まらないからだ。カラドボルグが桜の巫女を生け捕りにしたらその場で性奴隷にしかねない。
ベガルタ将軍は、消耗戦持久戦に持ち込み王国軍を疲弊させ、桜の巫女を生け捕りにするつもりだ。
* *
……やがて砲撃が止んだ。
それを見計らい、連合艦隊司令長官ローラント大将が侍従長クラウスへの報告に入室した──その時!
甲板に閃光とともに紅蓮の魔方陣が出現。人影が浮かび上がる。
「な、何だこれは!?」
後ろを振り返ったローラントが狼狽する。
巨大な体躯、青き肌に銀髪……人影は魔族──将軍ベガルタであった!
両手にナタを持ち、眼光が鋭く獲物を射す。
とっさにクラウスがこのはの前に出て構える。呪文を唱え、光の粒子が集まり……剣が造成された。ローラントも厳しい眼差しとなり、海軍将校に支給されている短剣を抜いた。
騒ぎを聞きつけた下士官がベガルタに斬りかかる! ……が、即座にベガルタは反撃し鮮血が飛び散る! 下士官を
その状況をこのはは船室から見ていた。恐怖で動けない。
果敢にもクラウスとローラントがベガルタに挑む! ベガルタの右手にクラウス、左手にローラントがかかり、切り結ぶ。つばぜり合いだ。
魔族、しかも武将クラスだ。強い。二対一だが互角だ。
──ベガルタがローラントとクラウスに蹴りを見舞う。ふたりは咳き込み、倒れた。
ナタを両手に、じりじりとこのはに迫る……!
このはは震え、絶望と恐怖にぎゅっと目を閉じた──
* *
──人体組織を切り裂く鈍い音が響く! 生温かい血がしたたり、甲板を濡らす……
だがこのはは痛みを感じなかった……おそるおそる目を開ける彼女。彼女は驚いた。
敵の胴体を、アルベルトのサーベルが背後から串刺しにしていたのだ!
痛みにこらえきれず膝をつくベガルタの背を、アルベルトは蹴り飛ばす。
「……ざまあみろ」
今や鬼の形相となっているアルベルトはベガルタにつばを吐いた。
王太子らしくない下品なふるまいだが、なぜかこのはには強く頼もしく思えた。クラウスとはまた違った男らしさを感じた。
やむを得ずベガルタは再び紅蓮の魔方陣を展開し、光の粒子となりその場から消え去った……
アルベルトがクラウスとローラントを助け起こした。
このはを守りきれなかったとクラウスが謝り、ローラントが敵の接近戦を許してしまったことを丁寧に詫びたが、アルベルトは責めなかった。
逆にアルベルトが救援が遅くなったことを、短い言葉ではあったが詫びた。アルベルトらしくない言動にクラウスとローラントが顔を見合せた。
ベガルタが退却命令を出したのか、魔界艦隊はイエーナ自治領周辺から消え失せた。
アルベルトがこのはに歩み寄る──彼女を抱きしめた!
このははようやくアルベルトの真っ直ぐな恋心に気がついた。
濃い栗色のシルクのような髪を撫でられ、このはの顔が真っ赤になる。
……やがて身体を離すが、アルベルトは目をそらした。照れている。このはには彼の憂いをおびた
「助けに来てくれた、の……?」
「……怖い思いをさせたな、悪かった」
侍従長クラウスと連合艦隊司令長官ローラント大将は口角を上げ、王太子の幸せの時を見守るのであった。
緑とエメラルドグリーンの海。イエーナ自治領の大自然が、結ばれたふたりを祝福するようだった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます