第5話『イエーナ自治領奪還作戦・囚われのこのは』

 パルパティア王国本島を背に、大海原を戦艦アイスウァルト率いる竜母艦隊が威風堂々と進む。

 海風に膨らむ帆は進撃しようとする艦隊将兵の心を象徴するようだ。


 戦艦アイスウァルト士官室には、連合艦隊司令長官ローラント大将と参謀ら、近衛師団第一騎兵連隊連隊長にして大佐の王太子アルベルト、そして竜母や護衛艦の艦長である大佐中佐たち、さらに桜このはの姿があった。

 上座にアルベルトが遠慮なく座り、クラウスが座らずに彼のそばに控える。ローラント、このはが脇を固める。各艦の佐官クラスの艦長たちが下座についた。

 参謀が地図を広げ、敵味方を表す駒を置く。


 その地図に記されていたのは──【イエーナ自治領】との地名であった。


 イエーナ自治領は、小柄な鍛冶職人のドワーフ、獣人族と、多種多様な種族が市場を開き、商業、交易で栄える島々である。一種の経済特区だ。

 それを聞いたこのはは女子らしく観光に立ち寄りたいと思ったが、ここが戦場になると聞き気持ちをしぼませる。


 連合艦隊司令長官であるローラント大将が説明を始める。

「偵察騎からの報告では、イエーナ自治領の沿岸には魔界艦隊が布陣。幸い敵竜母は確認できませんが、重戦艦ふくめ十隻からなる艦隊が確認できました。われら遠征艦隊はアイスウァルトと竜母、それに護衛艦が五隻です。五分五分と言うところですな。王太子殿下のご判断は?」

 自身は将官として確固たる戦意を持っているが、あえてローラントはなかば試すように若き王太子に問いかける。言うまでもなく彼を成長させるためだ。

「こちらは桜の巫女を抱えている以上、戦闘は避けたいが……」

 艦隊の目的は聖地遠征だ。桜の巫女であるこのはを聖地ガイアへ送り届けることだ。戦闘を避けたい、というのはこのはを巻き込みたくないアルベルトの感情ゆえなのか、それは本人にもわからなかった。

 それにしても、なぜ攻撃的な性格のアルベルトがこのはを守ろうとするのか、彼自身、戸惑っていた。

「イエーナをたやすく敵に明け渡す訳にはいかない」

 将校たちが皆アルベルトを見つめる。

 アルベルトが立ち上がり、青氷色の瞳が光った。


「──イエーナ自治領奪還作戦を開始する!!」


 将校たちを代表して連合艦隊司令長官ローラント大将が敬礼した。

「かしこまりました。飛竜による奇襲攻撃と、艦砲射撃による作戦といたします」

 

     *    *

 

 ……参謀たちが作戦を練り終え、士官室から退室する。

 島に隠れながら回り込み、敵を叩く作戦だ。


 アルベルトはクラウスに、このはを船内にかくまうよう命じた。

 クラウスがふたつ返事で了承すると、アルベルトは足元に青色の魔方陣を展開する。転移魔法だ。

 転移の間際、クラウスと並んでいたこのはが一歩前に出る。

「気をつけて。殿下」

 優しくも憂いをおびた女性らしいまなざしでこのはは嘆願する。

 アルベルトはひどく赤面した。彼にとって女性に心配されたことはほとんどないからだ……だが、嬉しかった。

 母は早くに失っている。

 光を放ち、姿を消した──


 ──次にアルベルトが現れたのは竜母だった。

 出撃の時だ。

 竜母の平たい甲板には飛竜十数騎が並ぶ。侍従武官がアルベルトの飛竜の鞍を整える。

「搭乗騎へご案内します、こちらです」

「ご苦労」

 帯刀したアルベルトは鞍にまたがると、サーベルを抜いた。日射しを受け刃がかがやく。

「行くぞ!」

「「おおっ!!」」

 アルベルトが連隊長を務める近衛師団騎兵連隊、十数の飛竜にまたがる騎士が雄叫びを上げた。

 担当の下士官が身振り手振りで騎を誘導する。右手でまっすぐに正面の海原を示した──発艦の合図だ!


「近衛師団第一騎兵連隊連隊長アルベルト、出撃する!」


 甲板を覆い隠すほどの翼がはばたき、突風が甲板の下士官兵を襲う。

 飛竜の足が甲板を離れ、アルベルトの騎は発艦した。

 侍従武官のふたつの騎、近衛師団の各騎も発艦する。飛竜の騎兵は近衛師団の主戦力であり、シンボルだ。


 風を切り、編隊が天空にはばたいた。


     *    *


 魔界軍艦隊十隻は、島をはさみパルパティア艦隊の向かいに布陣していた。魔界の戦艦は黒い艦体に血管のような紅蓮のマーキングが施されている。


 魔界軍遠征打撃艦隊を預かる武将カラドボルグ大都督は、武断政治はびこる魔界軍においても粗野で知られる人物である。

 青い肌に白銀の長髪。眉毛は原始人のように濃い。

 ぐちゃぐちゃと骨付き肉を咀嚼し、骨を吐き出す。残飯の腐臭がひどい。魔族以外が嗅げば嘔吐するだろう。

「イエーナへの降伏勧告に返答はあったか?」

 家畜の丸焼きを頬張りながら、部下に問いただす。

「領主からの返答はいまだにありません」


 イエーナ自治領は、現地の領主と目付役として精霊族の貴族が共同大公として統治している。

 ふたりは協力して領民を沿岸から避難させていた。


「なら始めるぞ」

 皿に食べかけの丸焼きを残し、カラドボルグは立ち上がる──

「──火炎転移砲、発射!」

 旗艦である殲滅型重戦艦の舳先に紅蓮の魔方陣が展開し、高速回転を始める。魔方陣で灼熱の火炎を転移させる野蛮で暴力的な兵器だ。パルパティア王国が魔界軍を蛮族扱いするのも無理はない。


 カラドボルグが手を振りかざした──その時!


 爆発! 火球が膨れ上がり旗艦殲滅型重戦艦が焼かれる。

 空を焦がした火球はやがて消えるが……艦は炎に包まれていた。大都督カラドボルグは即死。残酷にも生き残った下戦士らが火だるまになり断末魔の叫びを上げ甲板をのたうちまわる。


 ……アルベルトは飛竜にまたがり毒づく。

 爆撃騎が投下したのは、油脂を詰めた焼夷弾である。

「地獄に落ちろ、悪魔ども」


 燃え盛る敵艦隊を見つめるアルベルトの騎に、侍従武官の騎が近づく。

 切羽つまった表情だ。

「王太子殿下、艦隊から連絡です! 魔方陣で敵艦隊が一斉に現れたと!」

「何!?」

「魔界軍は戦艦アイスウァルト、竜母、護衛艦を取り囲むように布陣しました! 罠、陽動かもしれません!」

 アルベルトの思考を衝撃が切り裂く。


「────コノハ!」


 アルベルトは自分の無事を祈ってくれる女性の名を叫んだ。


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