第2話『王太子アルベルト』
青くかがやく大海原、青空と雲がおりなす大パノラマを黒煙が汚し、飛竜が飛び交う──
魔界軍との一大海戦において、パルパティア王国連合艦隊司令長官ローラント大将を指揮官とする統合任務部隊が奮戦していた。
海原を王国艦隊が進撃する。
艦隊陣容は、戦艦十数隻に、それらに護衛された飛竜の母艦である竜母が一隻。王国において飛竜は騎兵の主戦力だ。
甲板にて指揮をふるう老将ローラントが纏う軍装は黒服。近衛師団と陸軍が深紅の差し色。海軍が濃紺の差し色。王族や将軍の軍装には金色の装飾が入る。
他にも、高貴なる軍服を纏う者がこの戦場にいた。
天頂の太陽に照らされた飛竜数騎が身をひるがえす!
急降下し、目指すは殲滅型重戦艦。黒の艦体に紅蓮の戦化粧を施しているその禍々しい魔界軍の軍船に、飛竜が対峙する様子は、天使と悪魔の対決に見えた。
その数騎を先導する若き将校──年は二〇にもなっていないが、シルクのような金髪に野心的なアイスブルーの瞳が鋭い輝きを放つ。細いが筋肉で引き締まったその身を深紅の差し色の黒い軍服で包む。軍服と鞍にはまばゆい金色の装飾が施されていた。それは王族の証──
──王国陸軍近衛師団第一騎兵連隊大佐にして連隊長、王太子アルベルトの部隊だ!
「第一中隊のうち第一小隊は俺に続け! 残りは各小隊長の指示で散開し敵艦隊を叩け、第二中隊は敵飛竜を食い止めろ」
冷ややかではあるがどこか熱く官能的ですらあるその声でアルベルトは命じる。
「「了解!」」
男子王族は将校として軍に入ることが義務づけられている。特にアルベルトは辣腕ぶりで知られカリスマ性にあふれていた。部下の能力を見極め、適材適所で働かせる。将兵たちは親しみを込め、彼を殿下と呼ぶ。
もっとも、彼は別のところに難があるが……
飛竜が急降下し──爆弾を投下!
爆弾、と言っても樽に火薬を詰めた原始的なものではあるが、導火線が火花を散らしながら風を切り裂き敵重戦艦めがけ落ちゆく……
──着弾!
巨大な爆炎が噴き上がり、黒煙が青空を汚す。
魔界軍は恐れおののき、我先に逃げ出した。魔界軍は統制がとれていない蛮族であることは王国軍の常識だ。
海原に紅蓮の魔方陣が回り、次々と軍船が消える。
眼下の情景を眺めるアルベルトだったが、毒づく。
「……
難がある、というのは彼の冷酷で攻撃的な性格のことだ。侍従長クラウスや軍人は慣れているが、穏健派で知られる叔父からは疎まれている。国王は手を焼いていた。
性格さえ直せば王国の女性から人気を集めるだろう、と女官たちの意見は一致している。
ともかく、この戦は王国軍の勝利だ。
第一騎兵連隊は、竜母へと戻った……
* *
王国海軍旗艦である竜母の一室、高級感にあふれる連合艦隊司令長官の執務室にて、アルベルトとローラント大将が話し合う。
攻撃的なアルベルトだが、武力組織である軍においては水を得た魚のように生き生きとし、活躍している。
「物資が足りなくなっているのか。わかった。確かに上に伝えよう」
「感謝いたします殿下」
「俺は先に王都に戻る」
ローラントは敬礼で見送った。
侍従武官の二騎を引き連れ、王太子アルベルトの飛竜が王都へと舞い戻る。
……モンサンミッシェルを彷彿とさせる宮殿、その庭の一角に飛竜が着地する。
クラウスがうやうやしく出迎えた。アルベルトの数少ない理解者であり、友人でもある。
鞍を降りると、アルベルトは飛竜の頭を撫でた。飛竜は心地よさそうに
「殿下、ついに巫女が現れました」
「ほう……!」
女官に付き添われた黒髪の乙女が歩み寄るのが見えた。
ご苦労、とクラウスの肩に手を置き、アルベルトも一歩一歩彼女に歩を進める。
派手に自分を飾りたてる王族貴族の女を見飽きているアルベルトにとって、化粧はしていないものの、素朴な容姿の彼女は可愛らしく思えた。
純白のブラウスに、茶色のスカート、ブーツを身に纏う。
彼にとって、いとおしい、という感情は久しぶりのものだ。
「パルパティア王国王太子アルベルトだ。お前は?」
「……桜このは、です」
頬を赤らめつつこのはは名乗った。
「コノハか。素敵な名前だな」
素敵、との言葉にこのはの耳が紅く染まる。
アルベルトはクラウスに向き直る。
「明日父上に謁見する。彼女を紹介するぞ。支度を頼む」
「かしこまりました」
クラウスは一礼した。
このはは背を向け宮殿に戻るアルベルトを、いつまでも見つめるのだった……
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