アルベルト戦記
外山康平@紅蓮
第一章「黎明篇」
第1話『桜このはの異世界転生!』
夜の街並みの中を電車が走り、大勢の社会人、サラリーマン、OLを運ぶ。ありふれた日本の光景である。
中規模の駅のホームに停車。発車メロディが鳴る。
事実上の就職専用服であるリクルートスーツに身を固めた女子大学生が深いため息をつき、家路につく……
ドサッ! と柔らかいベッドに倒れ込む彼女。
社畜、とまで言われ歯車としてこき使われる厳しい現代社会において、もはや安心できるのは自宅、それも寝室だけだ。
家族との時間でさえ心が休まらないのだ。父親は金銭に厳しいし、母親は心配性だ。楽しいはずの食卓ですら彼女には苦役と化す。
短文投稿型SNSを開き、タイムラインをスクロールする。SNSでの交流、大手イラスト投稿サイトやネット小説投稿サイトは数少ない楽しみでもある。入浴を済ませた彼女の頬はわずかに紅潮し、髪はあでやかに水が滴る。
だが、楽しみのつもりが逆効果であった。
友人知人のアカウントが内定が決まっただの歓喜にあふれており、高卒の同級生に至っては結婚したとのことだ。
先ほど家族と囲んだ食卓のテレビを思い出す。
国会では
彼女には政治は難しくわからないが、少なくとも大人はあてにはならない、と感じた。
「……就活……できるのかな──」
それが女子大学生、
周りから取り残される漠然とした不安感。
内気な彼女は恋人も面倒だから作らなかった。ネット上の創作にのめりこんで就活も後手後手に回っていた。
マイナス思考の悛巡に耐えられなくなり、明かりを消しさっさと寝ることにした。
クッションを抱き込み、眠りにいざなわれた…………
* *
……誰かから呼ばれている。
「(起きてください)」
このははわずかに目を開き、まどろみつつも目を覚ましつつあった。
声の方を見やる──彼女は驚愕した!
その声は男性だった。
女性に勝るとも劣らない端麗な顔立ちだった。あでやかな蒼い髪がたゆたう。執事のような漆黒の装束を身にまとう青年だ。
年は自分と同年代であった。
驚いたこのははベッドから転がり落ちそうになる。
「え!!? あ、あの、私……」
自分の服装を見る。
簡素な寝間着に着替えさせられていた……羞恥に顔を真っ赤にするこのは。
まさか、この男に抱かれたのか!?
青年が口を開いた。
「神殿で倒れておいででしたので着替えさせていただきましたコノハ様。……あ、もちろん女官にです」
動揺が伝わったようだ。このはは気まずくなる。
それにしてもなぜこの青年は自分の名を知っているのか。
「そうでしたか、……あの、あなたは?」
「申し遅れました──」
青年は姿勢を正す。低いが、どこか心地よい声色だった。
「──パルパティア王国、王太子アルベルト殿下にお仕えする侍従長のクラウスと申します。あなたは我々パルパティアが待ち望んだ異世界からの巫女になります」
「パルパティア王国!?」
このはは衝撃を受けた。
「失礼ながら名刺を拝見しました。あなたの名前が記されていたので」
クラウスが平手で部屋の一角を示す……彼女の部屋にあった私物のいくつかが丁寧に整えられ、置かれていた。
このはは部屋を見回す……金の装飾に絵画、名工がこしらえたであろう木製の調度品が目に入った。
紛れもなく、異世界だ。
よく見れば、クラウスの耳は笹のようでまるでエルフのようだった。
「……この世界は、一体??」
クラウスは微笑んだ。
「少し、歩きましょうか?」
* *
聖堂モンサンミッシェルを彷彿とさせる王都宮殿を仰ぎ、ふたりは並木道を歩く。石畳は異世界情緒にあふれていた。
花びらがはらりと頭につく。
「(これは……桜??)」
桜の花びらがはらりはらりと舞い散る並木をくぐりながら、クラウスとこのはは歩く。
寝間着の代わりに、侍女のための服を貸された。華美ではないが、機能的であり丁度よかった。
クラウスは語る……
パルパティア王国は精霊族の血を受け継ぐ万世一系の精霊王が代々統治する。宰相と大臣で構成される行政府たる内閣と、各々領地を持つ種族の代表首長や貴族などで構成される立法府たる元老院が統治を補佐する。
基本的な衣食住は精霊魔法により保障されているが、貨幣経済であると。
内政について説明を受ける。
日常、衣食住についてもクラウスは懇切丁寧に答えた。
そして……
精霊王室の先祖アポロニア女王のもとに英霊が眠る神殿『ファルキューレ』が存在すると。
……並木道をぬけると、開けた場所に出る。
円柱の柱がそびえる白亜の殿堂だった。このはの記憶をたどると、パルテノン神殿に似ていると感じた。
かなりの年季を経ているようだが、丁寧に管理されているようだ。
「ここがファルキューレになります。詳しくはわれらが国王陛下とアルベルト殿下からお話があるかと存じます──あなたがこの世界にいらした理由も含めて、ね」
期待と不安に考え込みつつも、このはは先導するクラウスについていった。
「あの……アルベルト殿下という人は?」
口を開いたこのはに、クラウスは足を止め、向き直る。
「今は
クラウスは空を見上げ、このはもそれにならった……
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