第二章「発進篇」
第3話『精霊王国パルパティア』
東から昇る朝陽が針葉樹を包みこむ。光が城壁の煉瓦をオレンジに染め上げる──
パルパティア王国王都は、モンサンミッシェルを彷彿とさせる宮殿を中心に、庭園、その外側を城壁が取り囲み、周囲には水がたゆたう。
その幻想的な情景を朝陽が照らす様子はまさしく精霊王国の神秘を体現するものであった。
宮殿、謁見の間は
高級文官と高級武官が列になり並ぶ。連合艦隊司令長官ローラント大将など王国陸海軍そして近衛師団の諸将と、内閣を構成する宰相、副宰相兼魔導大臣、大蔵大臣、外務大臣、内務大臣、軍務大臣ら重臣たちだ。
宰相エアハルトは国王の弟でありアルベルトの叔父だ。王弟(おうてい)と王太子はいつもそりが合わない。この日も互いに目線をそらした。
アルベルトとこのはが前に立ち、後ろにクラウスや女官が控える。
玉座側から侍従長が姿を現した。
「パルパティア王国アーノルト国王陛下、ご入来!」
号令と共に、臣下らが皆こうべを垂れ、アルベルトが絨毯にひざまずく。
一斉に動く皆にこのはが戸惑っていると、クラウスが助け船を出す。
「(コノハ様、私にならってください)」
耳打ちし、ふたりもひざまずいた。クラウスの低い声色がこのはには官能的であった。
国王が入り、玉座に腰を沈める。
その威厳は精霊王国を統べる国家元首にふさわしい至尊の血筋の当主であることを示していた。
線は細いが、力強い眉に口ひげをたくわえている。だがその目つきは臣民への慈愛を感じさせる優しいものだった。
軍帽をかぶり、複雑にひし形に編み込まれた黄金の肩章がかがやく。軍服は黒を基調に深紅の差し色が入った近衛師団のものであるが、国軍大元帥であり最高指揮官の国王であるから、金色の装飾がきらびやかだ。胸には金、銀のメダルが光る。
今回は戦の翌日。軍部からの報告であるから軍服姿だ。
ひざまずく王太子に穏やかな口調で国王は語りかける。
「アルベルトよ。この度の武勲、まことに見事であった」
「恐れ入ります陛下。これも陸海軍と近衛師団の将兵の奮戦の賜物でございます」
「そうか」
事実である。国王が頷き、ローラント大将に視線を移す。ローラントは微笑み一礼した。
アルベルトは攻撃的な性格ではあるが、自分の支持者には必ず報いる。こうして軍を持ち上げるのは、自分の存在を肯定してくれる数少ない場であるからだ。
──だが、そう遠くない未来、アルベルトに支えとなる存在が現れるのだ。
国王がアルベルトとこのはを見据える。
「アルベルトよ。クラウスから聞いたぞ。桜の巫女が現れたとか」
「はい。こちらに」
アルベルトが目配せすると、クラウスが平手で導きこのはを国王の御前に招く。
舞踏会に招かれた淑女のようにこのははスカートをつまみあげ、一礼する。
「光栄です国王陛下。桜このはと申します。お初にお目にかかります」
「聞いておる。そなたには話したいこともあるが、今は重臣からの報告を受けねばならん。見ているがよい」
* *
……儀礼を終えたのち、重臣による国王への報告があった。
パルパティア王国沖合の列島を実効支配しつつある魔界軍への対処についてだ。
単なる島の縄張り争いではない。
王国はそこをガイアと呼ぶ。
現在の王族の先祖である、精霊女王アポロニアが没したと伝わる聖地だ。
統合任務部隊指揮官に任じられたローラントが主に報告し、アルベルトが将兵に充分兵糧、弾薬など物資か行き渡るよう要請した。
結びにローラントが国王に進言する。
「魔界軍は列島を占領しつつあります……聖地ガイアを奪還せねばなりません──桜の巫女と共に」
専門用語ばかりでわからなかったが、このはに皆の視線が向けられる。
戸惑うこのはを、アルベルトとクラウスがしっかりと見据える。
「古文書には『桜の巫女現れし時、高貴なる女王アポロニアは目覚める』とある、協力してくれまいか」
国王アーノルトが優しくも凛々しい眼差しで彼女に訴えかける。
アルベルトが手を差し出す。
クラウスの方を見るこのはだったが、彼も頷いた。
目を伏せていたこのはだったが……
「……わかりました。私でお役にたてるなら」
「礼を言うぞ。……アルベルト! ローラント! 竜母と護衛艦を率いてガイアに遠征するのだ」
「はい父上」
「かしこまりました」
王太子を名目上の指揮官として、連合艦隊司令長官を実務の責任者とする形だ。
加えて、宰相と軍務大臣には遠征計画の策定。クラウスにはアルベルトとこのはの世話を命じた。
ここに、桜このはを加え、アルベルトの指揮による聖地遠征計画が発令されたのだった。
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