魔法探偵と神隠し事件

黒秋

神隠しと館


「んーと、ここか?」


暗いベージュのハットを片手で押さえ、

もう片手に持った地図を見ながら

男は独り言を呟いた。


「確かに、見るからに怪しいっていう

依頼主の感想は正しいな。

晴れ間なのに何でこんなに薄暗いんだ?」


彼の目の前には

錆びて欠けた鉄柵と伸びすぎた雑草に

囲まれた西洋造りの館が存在した。

その館は不思議なまでに

薄暗く、ジメジメとしたイメージを

見るものに覚えさせる。


「あーめんどくさい。

でも報酬が良いしなぁ…まぁ頑張るか」


朽ちた門を無理矢理開き、敷地に入る。

雑草を踏み抜きながら館の扉へと足を進め、

コンコンと扉を叩いた。


「…無人か、やっぱ。

仕方ない、勝手に入らせてもらおう」


ドアを押そうとした時、

ズズズとドアが勝手に開く。


中からドアを開いたのは

意外にも身なりが綺麗な長身の老人だった。


「何か、用かね」


「えぇ、この館の主人ですか?

私は魔術探偵のアルというものです」


「そうか。私はこの館の主人キュラ。

…この館を訪ねる人間は久しいな」


「そうなんですか、まぁ私が訪ねたのは

ある事件について聞きたいからです」


「ほう、ある事件?」


「最近、この辺りで子供が失踪する事件が

多発してましてね?

キュラさん、子供が連れ去られるところ

見たりしてませんか?」


「最近は室内に籠ってばかりだ。

そもそも外に出ることが少ないのでな、

子供が連れ去られる場面など

一度も見たことがない」


「そうですか」


「私は色々と忙しいのでね、それでは」


「忙しいって、部屋で何してるんですか?」


「…研究だ、薬草についての研究報告書を

学会に提出する期日が近くてね」


閉じようとする瞼を片手で擦りながら

バタンッ という音と共に

老人は扉の奥へ消えた。


「…館の主、キュラ・ボーマン。

名前と顔こそ資料と一致してるが

生まれと現在の年月から計算すると

192歳…いやバケモンじゃねえか。

とんでもなく健康で寿命が長いって

可能性もあるけどなぁ、これは怪しいぜ」


館の周りを屈みながら歩くと

蔦で覆われた窓を発見する。


蔦を強引に引き裂きながら

小声だ「お邪魔するぜーっ」などと言い、

懐から取り出したミニハンマーで少しずつ

窓のふちを割っていく。


そして一周させたあとに

カポッとガラス部分をくり抜いて取り外し、

庭にそっと置いて館内部へと潜入した。



「暗いな、ライトでもつけるか…

あーいややめとこう、バレちまうかも」


潜入した館の一室、おそらくは

誰かの個室と思われる場所から

廊下へと出る。


「さて…嗅覚強化」


手袋をした右手を鼻にかざし、

その言葉を唱える。

すると鼻が微かに揺れ動き、

アルの肉体に言葉通りの変化が起こった。


そしてゆっくりと少量の空気を吸っただけで

館全体から 生臭い血の臭い が漂っている。


「…やっぱりか…依頼主の子供の生存が

後払い報酬の条件なんだけどなぁ…

生きてたらいいんだが」


一際臭いが強く発せられる場所を探すと、

書庫と書いてある場所へとアルは導かれた。


「…聴覚強化」


次は片耳に手を当て、

もう片方の耳を書庫の入り口に当てる。


その力で内部の者の動く音を正確に捉え、

同時にその者の心臓の拍動が 停止している

という事実を確認することに成功した。


ドアを静かに開く。

カーテンによって日差しが遮断された

その薄暗い室内には、

ハの字に開かれた本棚、

適当に積み重ねられた無数の 骸 、

赤黒い液体の入った巨大なガラスケース…

そして椅子に座って脚を組み、

こちらを向いてニヤリと笑っている

目を真っ赤に光らせる 老人 がいた。


「アル…といったか?全くバカなやつだ…

お前はタイミングが悪い」


「その死体と血、やっぱテメェが犯人か。

人の肉体を乗っ取るタイプの怪物だな?」


「あぁ、そうだ。

ティカバルの彗星と人間は呼ぶ」


「聞いたことはあるぜ、

ティカバルっていうどっかの部族の集落に

彗星と共に現れたっていう

寄生虫みてぇな生き方をする怪物…だろ?」


「寄生虫とは失礼…と言いたいが

まぁ間違ってはいない。

ジャングル奥深くに薬草を取りに来ていた

この翁に寄生したのが私だ。

ならば、私の食料は知っているか?」


「まぁ見りゃ分かる、人肉だろ」


「そうだ、一年に一匹食べれば

生きてはいられる。

だが…私という怪物は実に不便でな、

満腹まで食料を食わないと

睡眠がとれないのだ。

睡眠欲は満たされず、いつもフラフラだ」


老人の目は、重く閉じたままに見える。


「しかし満腹になろうにも

この老人の器での食料調達は非常に難しい…

200年程の歳月を暇にした私は

ついに人間の読書という活動を模倣し、

とある面白い情報を手に入れた…」


「…吸血鬼化か?」


「ふ、よく分かったな、そうだ!

大量の血と吸血鬼の 牙 、

そして高齢の人間の肉体…

全てを集め、儀式を行うことで

この器は…暴虐の怪物っ!

吸血鬼へと変化を遂げる!

そして今日、指定された血の量が揃った!」


椅子に座る怪物が大きく腕を開いた。

すると血のケース内の血が揺れ始め、

周囲の本がバサバサと飛び始めた。


「っ!まずい!」


「もう遅いわっ!」


コート内部に入れておいた

短機関銃と呼ばれる代物を

ガラスケースに向けて乱射して

血をできる限り床にぶちまけるも、

全ての血は蛇のように空を舞い、

怪物の口の中に流れるように入っていく。


全ての血が 器 に入った途端、

器の痩せ細った肉体が大きく膨張して

背中からは大きな蝙蝠の翼が生え、

器までもが完全に怪物と化した。


だッ!!

吸血鬼の肉体は睡眠欲をも消滅させたッ!

ふははっ!その代わり…食欲が増した…」


「吸血鬼…楽じゃねぇなこりゃ」


「貴様の新鮮な肉と血!私に捧げろ!」


広い書庫内の端から端まで、

ジェット機のような速度で移動し、

そのまま肥大化した両手でアルを掴む。


「雑巾のように絞ってやろう!」


「ぐ…はぁっ……筋力…強化…!」


化け物の両手で包まれたアルの肉体が

薄い赤色の発光を見せる。

その光の後、徐々に徐々に両手の拘束が

緩まり、無理やりに開かれていく。


「ほぉ…強化魔術か…?

吸血鬼の筋力に対抗するとはなぁ!」


「まだテメェは…吸血鬼のボディに

慣れてないから…なぁ…!」


怪物の両腕を左右に弾き飛ばし、

怪物横を通り抜けて

椅子の方へと走り、距離をとる。


そして拾い上げていた軽機関銃の弾丸を

弾が尽きるまで吸血鬼の

腹部へと叩き込んだ。


長い破裂音が続くも

吸血鬼のボディに大きな傷は見当たらない、

そして怪物自身、何も動じていない。


「吸血鬼はその耐久性も優れている…

怪物の帝王と呼ばれるに値する不死性だ。

人間の豆鉄砲ごときで私は死なんっ!」


もう一度、怪物は

羽をグライダーのように広げ、

飛行準備に入る。


「あぁ…言っておくか、

俺の魔術は触れた物を変化させる魔術だ、

五感や筋肉とかを強化したりできる」


「ふははっ!!時間切れだ!

肉体は最早完全に吸血鬼に変化した!

最早貴様のチンケな筋力強化では

私のパワーは破ることはできんッ!!

その肉体!ぶち撒けろ!」


怪物は滑空するように空中で傾き、

先程よりも上昇した飛行スピードで

アルの肉体を文字通り粉々にしようと動く。


「…実はな、探偵副業なんだ。

本業は怪物専門の狩人ってのをやってる」


「怪物狩りが怪物に食われるか!

ふははははは!!面白いっ!」


「そうじゃねぇ。怪物狩り専門として、

怪物殺しの奥の手は

何個も用意してるって言いたいんだよ」


アルは右手を突き出して、

向かってくる邪悪な怪物へと向ける。


「弾丸強化、銀の弾丸」


「ーーーっ!」


銀とは、塩と同じくらいに

魔除けとしてポピュラーな物質。

特に吸血鬼には効果的とされている。


数mの距離まで近づいてきた

吸血鬼の肉体が、腹部の弾丸を

上半身と下半身に勢いよく分かれる。


飛行の体勢が崩れ、

勢いが保たれたまま二つに別れた肉体は

カーテンを裂き、壁と窓を破壊して

館外部へと飛び出した。


団子のように醜く丸まった肉体が開き、

館へ帰ろうと翼を広げる。


「が!?しまった!吸血鬼は…ッッ!」


「そうだ、太陽に弱い。

灰になって地獄で永遠に寝てろ」


「くそ…くそぉおおおおおおおお!!!!」


汚い叫び声が虚空に広がり、

神聖なる太陽の光を浴びた

吸血鬼の肉体は瞬時に灰に変わって崩れた。


「へ…すまねぇな、ガキども。

だが…仇は取ったぜ、ゆっくり眠りな」



その後、積まれた子供の死体は皆、

親元に帰すことができた。


その夜、アルは子供を救えなかった

後悔と情けなさで一人泣き、疲れて眠る。


そこで不思議なことが起こった。


「ありがとう、お兄ちゃん」


無数の人間がその果ての見えぬ花畑におり、

中央のアルを囲むように立っている。

そして一人ずつが感謝の言葉を述べたのだ。


その光景は夢であり、

アルの脳が作り出した妄想だったのか?

それとも、被害者達からの

純粋な感謝の気持ちだったのか?


それはアル自身には分からないことだ。


そして目覚めた時、アルの負の感情は

自然に無くなっていたという。


強い喜びは存在しないが、

清々しく、爽やかな、

最高の目覚めだったという。



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魔法探偵と神隠し事件 黒秋 @kuroaki

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