第30話【エピローグ】
数ヶ月後。東南アジア某国。
スクーターで道が一杯になるような中心市街地から離れた、外国人別荘地。そこに、僕たちは連れてこられた。
今は雨期で、しかしながら空は広大に晴れ渡っている。スコールが来るまで、まだ時間はあるだろう。僕はとある場所の、とある建物内にある、とある木造ドアの前で、ある人物を待っていた。ノックは聞こえただろうか?
そんなことを考えながらふっと視線をずらすと、地面を這うイモリと目が合った。
ここの気候は、体力的にしんどい時もあるが、空気は澄んでいるし、不満があるわけではない。
前の襟を引っ張り、胸元を扇いでいると、ドアの向こうからコンコン、とノックの音がした。僕はドアを引き開ける。
「やあ、優海」
「おはよ、兄ちゃん」
部屋から出てきたのは、優海だ。
「車椅子にはもう慣れたか?」
「なんだよ兄ちゃん、もう何百回も訊いてきたじゃんか、その質問! 大丈夫だよ」
強気に胸を張る優海。そんな彼女の、横柄とも取れる態度を見ていたくて、僕はいつも同じ問いかけをする。
あの日、日本から脱出した日のこと。優海は脇腹に、僕の放った弾丸を喰らっていた。一命は取り留めたものの、脊髄を損傷し、二度と立って歩くことはできないと宣告されている。
しかし、当の優海はそんなことには頓着していないように見えた。それよりも、憧れだったリゾート地に近い場所に住むことができて、ご満悦だった。飽きないでいてくれればいいのだが。
僕は優海の後ろに回り込み、部屋を施錠して、ゆっくりと車椅子を押し始めた。優海はご機嫌で、日本にいた時によく聞いていたアニソンを口ずさんでいる。
「悪いな、優海。今日は僕が、外回り担当なんだ。中庭にいてもらってもいいか?」
「あれ、今日は兄ちゃんの番だっけ? オッケー、ワニに餌でもやっとくよ」
「ああ、そうしてくれ」
この建物は、表向きは日本人資産家の別荘、ということになっている。しかし、実際は僕たちのような、日本にいられなくなった者たちの生活空間となっている。
あの時、バンの運転手だった男からは、時折絵葉書が届く。彼は南米に潜伏しているらしい。僕が優海と同じ救助艇に乗れたのは、そして一緒に生活できているのは、まさに僥倖だ。
とはいえ、周囲の民間人や警察に怪しまれないよう、細心の注意を払わなければならないのは、どこでも同じだ。
そんなことを考えながら、近所の屋台で晩ご飯の材料を買い込む。我ながら、振る舞いも言葉も慣れたものだと思う。
ただ一つ、慣れないことがあるとすれば、背中のベルトに挟み込んだ冷たい硬質な感触、だろうか。万一の場合に備えて、僕たちは外出時、小火器を持って出かけることにしている。
「今度は血に染まらないでいてくれると助かるんだけど」
その時、遠くで雷鳴が轟いた。
「雲行きが怪しくなってきたな」
僕は一度、背中に手を遣って、新たに支給されたベレッタの把手を握りしめた。
THE END
ブラッディ・ベレッタ〔take2〕 岩井喬 @i1g37310
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