第29話
気づいた時には、優海はゆっくりと倒れ行くところだった。
まさか、当たった? それも無意識のうちに放った弾丸が?
何の躊躇もなく、暴力行為を働いてしまった。それも、優海に対して。優海はがっくりと膝をつき、人質になっていた女の子は急いでその場をあとにする。本当は僕が倒れ込みたいところだったが、それはできなかった。優海を助けなければ。
「優海……優海!」
ベレッタを放り出す。優海の手からもベレッタが落ちる。爆発したヘリの赤々とした炎に照らされる中、優海の口が何事か動いた。しかし、僕にそれを解読するだけの落ち着きはない。分かったのは、優海は苦痛に顔を歪めていたのではなく、何故か淡い微笑みを浮かべていた、ということだけだ。
それから、するり、と意識が滑り出してしまったかのように、優海はその身体を公園の芝生に横たえた。
僕は自分が何を口にしていたか、よく分からない。ただ、ひたすらに走った。もう限界だと思っていた足の筋肉、骨、神経が、火事場の馬鹿力を発揮したようだ。 優海に向かっていく。視界が歪み、優海の身体が近く、遠く、輪郭を失って見える。
一体どれほど走っただろう。大した距離ではあるまい。だが、僕は急停止を余儀なくされた。
「落ち着け、優翔! 優海は死んだ! 田宮さんも、武人も!」
声に聞き覚えがあるところからすると、どうやらバンの運転手らしい。背後から羽交い絞めにされ、そのまま持ち上げられる。言葉にならない何かを、僕は喚き立てた。必死に足をバタつかせ、逃れようと試みる。すると、今度は視界がぐわん、と回った。自分が放り投げられたのだと知るのに、しばしの時間が必要だった。
「死人は生き返りはしないんだ! 諦めろ!」
「うわあああああああ!」
その時、銃撃が開始された。ああ、そうか。ここで僕は死ぬのか。優海と場所も時間もそう変わらないうちに。
僕たち兄妹の人生とは、何だったのだろう? 暴力に引き込まれ、這い出ることも叶わず、こうしてまた誰かの暴力で命を落とす。
自嘲的な笑みが浮かぶのを、僕は自覚した。せめて手榴弾の一つもあれば、まだ戦いようがあったかもしれない。いや、ただの自決か。だったら、しゃがみ込んでベレッタを拾い、自分のこめかみを撃ち抜く、という手もあるだろうな。まあ、そんなこともできずに射殺されてしまうのがオチだろうけれど。
――待てよ? 本当にそうなのか? だったら何故、今僕は生きているのか?
それなりの時間経過があったことを、僕は自覚している。それなのに、警察は何故、僕を撃たない? 銃声はしているのに。あちこちから悲鳴が上がっているのに。
違和感を覚えた。理由は分からないが、悲鳴は警官隊の方から上がっている。これはどういうことか?
はっとして反対側を見遣ると、銃撃は海から一方的に行われていた。そう、海から。これは――。
「優翔、救援だ! 救助艇が来てくれたぞ!」
そう言いながら、運転手は僕を背後から押し倒した。頭上を掠めるように、重機関砲の弾丸が空を斬っていく。どうやら、僕たちを逃がそうと埠頭で待機していた救助艇が、助太刀に来てくれたらしい。僕たちの回収ポイントを変えたわけか。
「匍匐前進だ、優翔! 早く!」
運転手が屈みこんだ隙に、僕は優海の元へと駆け寄った。スライディングして、優海のそばに横たわる。
まだだ。優海がまだ死んだと判断するのは早い。そっと首に手を当ててみると、そこからは確かに鼓動が感じられた。
「優海、今連れて行くからな!」
『どこへ?』というのは、僕にも分からない。優海の血を浴びたベレッタはそのままに、僕は優海を半ば担ぐようにして、救助艇へと向かった。
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