第12話【第三章】
「おや、今日は早いね、優海ちゃん」
「あ、武人さん! こんにちは。ほら、兄ちゃん!」
「お、おう、こんにちは」
こちらが軽く会釈すると、あからさまに武人は顔をしかめた。
優海が射撃訓練をしていた日の午後、アジトに行くというので、僕は同伴させてもらうことにした。今僕たちがいるのは、プレハブ小屋の入り口を入ったところだ。
優海は麻実に連絡し、僕が再びアジトを訪れることの許可を得たらしい。今日もまた、何かしらの事件を起こす予定だそうで、僕はバイトを休み、優海は中学校を早退して、準備をしていた。
準備と言っても、優海はベレッタの分解と組み立てを行っただけで、僕に至っては何もすることがなかった。
ちなみに、というか当然ながら、午前中のバイトは上の空だった。
「で、お兄さんを連れてきて、どうするつもりなんだい、優海ちゃん?」
武人はそう言いながら、優海に一歩、近づいた。しかし、思わず僕は、警戒心を顔に出してしまった。
「何変な顔してんだよ、お前?」
案の定、武人は突っかかってきた。
「確か優翔、って言ったよな? ちゃんと優海ちゃんにご飯は食べさせてるんだろうな?」
「もちろんだ。僕だってバイトはやっている」
「バイト!」
腰に手を当て、やれやれとかぶりを振る武人。
「そんなんじゃ駄目だ。ちゃんと生活していくには、もっと効率的に稼ぐ必要がある」
「だったらどうしろと? それが暴力なのか?」
「暴力って……。それじゃあ具体的に何がしたいのか分からねえよ」
僕はムッとして、彼と優海の間に割り込んだ。
「お前らが何をやってるか、僕は昨日見てきたんだぞ。銃を使って、人殺しをしていただろう!」
「仲間を救うためだ! 優海ちゃんだって、俺たちが現場に向かわなければ危ないところだったんだぞ!」
「そんな暴力ばかりに頼っていいのか?」
「相手だって銃を持ってたんだ、仕方ねえだろう!」
「まあまあ二人共!」
今度は僕と武人の間に、優海が割り込んできた。
「そういう話は、麻実姉ちゃんの前でやりなよ。仲裁してくれるから」
その言葉に、武人はふん、と鼻を鳴らして奥の部屋へと引っ込んだ。どうやら、今麻実は不在らしい。
「あたしたちも入ろうか。風邪引きそうだし」
「ああ、そうだな」
僕たちがドアをスライドさせると、暖房の生暖かい空気が僕たちを包み込んだ。
入り口近くであぐらをかき、自動小銃を磨いていたのは田宮だった。
「おう、来たな、二人共」
ちらりと視線を遣って、呟く田宮。
「田宮さん! 麻実姉ちゃんは?」
「下見だ」
「下見?」
僕が尋ねると、優海が説明役を買って出た。
「今日の攻撃目標は、南町の交番。割と大きいし、最近は警備も厳重になってるから、誰かが行かなきゃね」
「あの交番か」
しかしその時、僕の頭に疑問が浮かんだ。二つだ。
「なあ、交番なんて襲って、生活費になるのか?」
「交番ばっかり襲ってるわけじゃないよ。今日はタダ働き。警察組織に対する復讐は、麻実姉ちゃんの悲願だから」
「ふ、復讐……?」
ただならぬ響きを有する言葉に、僕はごくりと唾を飲んだ。
「麻実さんは警察に恨みがあるのか?」
「そうみたいだよ。何があったのか、誰にも話してくれないけど」
そう言って優海が田宮に視線を遣ると、田宮はこちらを見返すこともなく、ただため息をついた。
「ああ、あともう一つ質問だ。麻実さんが下見に行って大丈夫なのか? 顔も名前もバレてるんだぞ?」
「大丈夫だって! 麻実さん、変装が上手いから。それにこの寒い中、厚着をしてても違和感ないし。それになにより、今日は麻実さんの個人的な戦いに、あたしたちが協力する、って感じだから、下見くらいは自分で済ませたいんでしょ」
恨み。戦い。復讐。
昨日の検問での銃撃戦に比べ、急に事件のハードルが上がったような気がする。僕のような半ば部外者が、口を挟むことではないのだろうけれど。
どうして僕が、優海たちの参加する戦闘に関して知りたがっているのか。理由は単純で、優海が一体どのくらい、暴力性を帯びているのか、確認したいと思ったからだ。
繰り返しになってしまうが、僕はまだ、優海を暴力の泥沼から救出することを諦めたわけではない。
僕は、そばで話を聞いていたであろう田宮に問うた。
「田宮さん、僕が今日の戦いに同行させてくれと言ったら、どうします?」
その時になって、ようやく田宮は顔を上げた。少しばかり、いつも(といっても昨日会ったばかりだが)よりも大きく目を見開いている。
「本気か、優翔?」
コクコクと頷いてみせる僕。
「だったら、車の中で伏せて、合図が出るまで待機していろ」
「それじゃ駄目なんです。どこか戦況の分かるところにいたいのですが」
すると、『あのな』と言いながら、田宮は自動小銃を床に置き、声のボリュームを上げた。
「それは『弾が飛んでくる範囲内に自分の身体を置く』ってことだ。素人を、それも優海の兄貴を、そんな危険な場所にいさせるわけにはいかない」
「そ、そうだよ兄ちゃん!」
いつからこの会話を聞いていたのやら、優海が慌てて僕の前に回り込んできた。
「兄ちゃんは大人しくしてなよ! その方がいいって!」
しかし、僕は優海に一瞥をくれただけで、言葉についてはシカトした。
「お願いします。実際、僕と同い年くらいの少年や、優海くらいの少女だって戦っているでしょう?」
僕は部屋の奥の方を指差した。その先ではちょうど、武人が拳銃の整備をしていた。
ふと気づいた武人は、ずんずんとこちらに歩み寄って来る。
「おい優翔、お前、俺を馬鹿にしてるのか? 俺はこの組織に入って二年経つんだ! それだけ修羅場をくぐり抜けてきたんだぞ!」
「分かったよ、武人。ね? 田宮さん、こういう人間だっているんです。僕はまだ戦えないかもしれないけど、戦いを見守る権利はある。どうですか? それでも隠れていろと言いますか?」
田宮は腕を組み、ふーん、と唸ってから、『これは私見だが』と言って語りだした。
「取り敢えず、麻実の許可を取れ。この組織の最高指揮官はあいつだ。そして、もし観戦許可が出たら――」
田宮は立ち上がり、そばにあったロッカーを開けて何かを引っ張り出した。透明な、片手持ちの盾のようなものだ。
「これを携帯していけ。この前、機動隊と衝突した時にかっぱらったものだ。拳銃や自動小銃の弾丸なら、こいつで弾き飛ばせる」
「あ、ありがとうございます」
その盾は、意外なほど軽かった。機動隊というものを、昔のニュースでしか見たことのなかった僕は、灰色で覗き穴のついた分厚い盾しかないと思っていたが。装備品も日々進化している、ということか。
するとその時、二重になっている出入口の、外側の扉が引き開けられる気配がした。
「あっ、麻実姉ちゃん!」
優海が嬉々として扉に近づく。しかし、入ってきた麻実の表情は固いものだった。
「何があった、麻実?」
田宮がすかさず声をかける。リーダーである麻実が不安げにしていては、メンバーに悪影響をもたらすから、それを防ごうとしたのだろう。士気の低下は防がなければ。
「ちょっとマズいわね」
「だから、何があったんだ?」
「かなり警備が厳重になってる。今日の作戦は危険が伴うわね」
それはいつものことだろう、と言いたかったが、すんでのところで僕はその台詞を飲み込んだ。
「まだ中止できるんじゃないですか?」
沈黙を避けるため、僕は素人ながら会話に割り込んだ。
「麻実さんが困難だと思う作戦なら、わざわざ決行しなくても」
「駄目だ」
そんな僕の言葉を遮ったのは、田宮の一言だ。
「皆は今日、大規模な作戦があると知っている。危険だからといっても、交番の襲撃は何度も行われてきたことだし、『その程度』の作戦を、今更中止にはできない」
僕は急に、胸の奥で火花が散るのを感じた。『その程度』って……。
「人が亡くなるんですよ!? その危険が高いのに決行するなんて!」
突然大声を上げた僕に、周囲の注目が集まる。優海はあたりを見渡すばかりだし、麻実は黙り込んでいる。説明を加えてくれたのは、やはり田宮だった。
「いいか、優翔。こっちには、機動隊を倒せるだけの武器がある。手榴弾やロケット砲の類だ。入手ルートはまだ話せないがな。それに対して警察は、予算不足でろくに装備の刷新もできていない。監視カメラや集音マイクの設置に金をかけすぎたんだ。更に言えば、今日襲う予定の交番は、中心市街地から離れている。民間人を巻き込む恐れはない」
「そんな問題じゃない!!」
僕は腕を振り回し、喚き立てた。
「敵なのか味方なのか、警官なのかメンバーなのかは関係ない! 人が死ぬって言うのに、どうしてあなたたちはそうも冷淡でいられるんだ? どうかしてる! 暴力に晒される方の身にもなってみろ!」
僕が思い出していたのは、母に拳を振り上げる父の姿だ。また、父に灰皿を投げつける母の形相だ。
すると、背後から襟を引っ掴まれた。無理やり僕を振り返らせたのは、武人だ。
「だったらてめえは家にこもってろ! この臆病者!」
「臆病かどうかが問題じゃない、やってることがおかしいんだ! 皆、聞こえてるんだろう? 止めたいとは思わないのか!?」
しかし、場は沈黙してしまった。誰も反応を示さない。
「皆、手を止めるな。今日は重装備で行くぞ。いいか?」
田宮の落ち着き払った言葉に、ようやく皆は、自分たちの得物の整備に戻った。
もう、彼らもまた、戻ることはできないのか。
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