第13話

 ちょうど日付が変わる時間に、僕を含めた強襲部隊がアジトを出発した。優海はもちろん、麻実、田宮、武人も一緒だ。僕が乗っていったのは、彼らと同じ、人員輸送トラック。外から見ると、生鮮食料品メーカーのロゴが入っていた。


「っく、麻実さんも何考えてるか分かんねえな」


 軽く揺られながら、武人が呟いた。


「どうしたんだ、武人?」

「気安く呼ぶなよ優翔、この臆病者め。お前が負傷しても、俺は助けてやらねえからな」

「あっそう」


 僕は軽く流す。


 しかし、急に心細くなった。武人には適当な返事をしてしまったが、万が一僕が負傷した時、本当に誰も助けてくれなかったらどうしよう。自業自得もいいところではないか。

 そんな時、僕は危うい考えに囚われた。『自分にも武器があれば、少しは安心できるのではないか』と。

 

 馬鹿な。僕は自らの考えを否定した。というより、否定しようと試みた。

 僕はこの前、優海を叩いてしまったことでさえ、あれほど恐ろしく思ったのだ。それなのに、どうして武器や道具を平気で扱えるというのだろうか。

 田宮に白兵戦の基礎の基礎くらいは教えておいてもらった方がよかったかもしれない。そんなにすぐ身に付くものだとは思えないけれど。


 その時、一際大きな揺れを伴って、トラックが停車した。


「さ、行くわよ、皆」


 優海と麻実は拳銃を、田宮と武人は自動小銃をそれぞれ手にし、荷台後方のハッチを開けて降りて行く。僕もワンテンポ遅れて、アスファルトに足をついた。

 その時、振り返った田宮の胸元に、手榴弾が数個ぶら下がっているのが目に入ってしまった。『げっ』という呻き声を、僕は何とか押さえ込む。


「ここから先は徒歩で。機動隊が待機しているから、左右の目配りを怠らないように。田宮くん、手榴弾と煙幕弾、任せたわよ」

「了解」


 なんだか僕は、アクション映画の中に入り込んでしまったように思った。人殺しが合法的に、大手を振ってまかり通る映画の世界観。まさか自分が、あんな恐ろしい展開に巻き込まれるとは。


「優翔くん、大丈夫?」

「あっ、はい、いえ」


 麻実に声をかけられ、僕は自分でもわけの分からない返答をした。


「しばらくは、静かに私たちについて来て。危険な場所に入ったら――作戦が始まったら、そこに留まるように指示するから」

「はい」


 麻実は僕の肩を叩き、穏やかに微笑んでみせてから、腕を回して後方のメンバーを誘導した。前進せよ、ということらしい。


 いやに冷たい風が、露出した頬を撫でていく。それなのに、僕の額や背中には汗が滲んできていた。僕は何かを求めるように、ぎゅっと両手を握りしめたが、やはりそこに武器はない。代わりに掴めたのは、手汗だけだ。


 しばらく歩くと、麻実は唐突に片手を上げた。


「優翔くん、あなたはここに残って。作戦を始めるから」


 向こうを覗いたまま、麻実はそう言った。僕がそっと覗くと、マンションと雑居ビルに挟まれるようにして交番が建っている。あれが、今日の標的か。


「行くわよ」


 麻実に続き、僕以外の三人は勢いよく飛び出した。そして、情け容赦のない銃撃が始まった。

 

 まず狙われたのは、交番前で待機していた二人の機動隊員だった。盾を掲げる間もなく、頭部に銃弾を受け、そのまま倒れ込む。逸れた弾丸がマンションやビル一階の窓を割り、甲高い雷鳴のように轟いた。


「何だ? 外で何が起こってる?」

「銃撃だ! 皆伏せるんだ!」

「いやあああ!」


 民間人の反応は、大きく二手に分かれた。まずは、その場で屈みこんで頭部を守る者。もう一つは、慌ててその場から逃げ出す者。

 麻実たちの狙いは民間人ではない。警察官と機動隊員だ。民間人が散っていくのを待つ間、銃撃は一旦収まった。

 麻実は片手に拳銃を、もう片手に双眼鏡を握らせ、状況を子細に見つめている。その横にいた田宮は、麻実に小突かれたのを合図に、手榴弾を交番へと投げ込んだ。


 バアン、ともズドン、とも取れる爆発音が響き、その場で伏せていた僕の腹部を震わせる。

 この時点で標的は絞り込まれていた。交番にいる警察官と、彼らの護衛に当たっていた機動隊員、という風に。


「そこの石垣の陰だ! 機動隊、犯人を追い詰めろ!」


 機動隊員たちがこちらに向かってくる。あまりこちらの姿は晒していないはずだが、装備、特に防御面に関しては、機動隊員側に分がある。

 見る見るうちに狭まっていく、麻実たちと機動隊員との距離。一体どうしたらいいのか。


 その時、横合いから何かが飛んできた。麻実たち組織の別動隊が、閃光手榴弾を投擲してきたのだ。幸い、やや離れた位置にいる僕には、さほど効果がなかった。しかし、斬り込んでいった麻実や優海たちは大丈夫だろうか?


 僕が目を凝らすと、目をやられた機動隊員たちが、次々と殴られ、蹴飛ばされ、そのまま射殺されていくところだった。


「うっ!」


 僕は、瞬く間に胃袋からせり上がってきたものを抑えきれず、その場で嘔吐した。

 文字にすれば『射殺された』と簡単に表現できる。だが、実際のところ、鮮血が飛散し、脱力しきって肉塊と化した人間の姿を目にするのは、あまりにもショッキングだった。少なくとも僕には。


 それを平然とやってのけるのだから、最早彼ら、すなわち優海も含めた若者たちを止める術はないように思われた。その行いが、あまりにも人間離れしている。


 閃光が晴れてくると、そこで立っていられた者は、明らかに麻実たちの方が多かった。皆、濃い目のサングラスを着用している。これで閃光から目を守ったのか。

 今や、戦闘は散発的なものになっていた。自動小銃のグリップで機動隊員を殴ったり、拳銃で警察官に止めを刺したり、ということが行われている。

 民間人の姿もちらほら見受けられたが、なんとか交番から離れようとはしている様子で、手榴弾の爆発から逃れた者たちは無事だろう。


 僕が口元を拭い、咳き込んでいたその時だった。身体のバランスが崩れ、僕は簡単に尻餅をついた。


「うあ!?」


 何事かと足先に目を遣ると、機動隊員の一人が僕の足首を掴んでいた。

 ヘルメットは吹き飛び、片目にはガラス片が刺さっている。顔の上半分は流血で真っ赤に染まり、それでもなお、僕の身柄を確保しようと指先に力を加えてくる。


 頭部以外にも大怪我を負っているだろうに、信じられないほどの力だった。


「き……さま……。よく、も……俺たちの、なか、ま、を……」


 僕は声にならない悲鳴を上げた。しかし、この騒ぎの中では、誰にも聞こえはしまい。

 その機動隊員は、片手で僕の足を掴みながら、もう片方の手を腰元に遣った。その先にホルスターが、さらにその先にギラリと凶悪な光を放つものがある。それを見て、僕はパニックに陥った。


 あれは、拳銃だ。このままでは、僕は殺される――!

 

「う、うぉ、あ、うわあああああああ!!」


 僕はがむしゃらに足を振り回した。しかし、捕まれている方の足は、万力で押さえ込まれたかのように動かないし、もう片方の足も、相手の頭部までは届かない。

 その間にも、相手の手にしている拳銃は、ゆっくりとその矛先を僕の方へと上げてくる。


 何か。何かないか? 武器は? 相手を仕留めうるだけの『力』はないか!?


 後から思ったことだけれど、その時僕は、まさしく『暴力』を振るおうとしていた。あれだけ自分から遠ざけようと思っていた『暴力』を、目の前の相手に向かってぶつけようとしていたのだ。

 だが、手段がない。


 僕ははっとして、足だけでなく腕も振り回した。何かを掴むことができれば、それで相手を倒せるかもしれない。そう、『倒せる』と思ったのだ。『追い払う』とか『引き離す』ではなく。

 咄嗟に考えついたのは、まさに『相手を倒す』ことだった。動物としての本能か、何かの計算・判断に基づくものか。正直それは分からなかったけれど、僕の頭に真っ先に浮かんだ考えは、相手を行動不能にする、ということだった。


 その時だった。僕の手に、何か丸いものが触れた。ころん、と転がるそれは、ある程度の長さがあるらしい。ああ、そうか。これはこの前、麻実に渡された鉄パイプの類だ。

 僕は顔を向け、頭上の方を見遣った。確かに、街灯を反射する鉄パイプが、そこには横たわっている。僕は鉄パイプの端を掴んで引っ張り込み、その中央あたりを握りしめた。そして、思いっきりそれを相手に向かって振り下ろした。


「でやっ!」


 頭部には当たらなかった。しかし、手先を打つことはできた。カタリ、と拳銃がアスファルトに落ちる。


「うりゃあああああああ!!」


 僕は再びがむしゃらに、しかし今度は攻勢に出た。足を掴まれ、転倒した姿勢のまま、鉄パイプを振り回したのだ。


「このっ! このっ! 放せ! 放せってんだよ!」


 すると、ふっと掴まれていた足が自由になった。


「こっ、この野郎! ……って、え?」


 僕は鉄パイプを放り出し、ゆっくりと身を起こして、相手の顔を覗き込んだ。


「ど、どうしたん、だ?」


 相手は黙り込み、ぴくりとも動かない。


「おい、どうしたんだよ!?」


 肩を揺すってみたが、うんともすんとも言わない。僕は四つん這いの姿勢のまま、鉄パイプと動かぬ相手を交互に見た。

 まさか、殺してしまったのか? この僕が? 


 そう意識した瞬間、僕は頭が真っ白になって、そのままうつ伏せに、ばちゃりと横たわった。

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