第9話
「つまり、何の武器も持たず、白兵戦の覚悟もない者が現場に現れたのが許せなかった、と?」
「そうです」
アジトと呼ばれるプレハブ小屋に戻った僕たちは、武人から話を聞いていた。質問は麻実が行い、床に座り込んだ僕と、壁に背中を預けた田宮は、聞き役に徹している。麻実には何か、思うところがあったのだろう、優海は先にアパートへと帰された。
すると今度は、先ほどの優海のように、武人が淡々と語り始めた。
「我々は武装集団です。戦うことが生きていく上での目的であり、目標だ。それなのにこの男は――」
チラリ、と僕に侮蔑の目を向ける。
「現場にいたにも関わらず、ただ眺めていただけ。許せませんよ、そんなこと」
「傍観者に存在価値はない、と?」
「はい。自分はそう思います」
それを聞いた麻実は、座っていたパイプ椅子の上で伸びをしながら、『気持ちは分からないでもないけれど』と述べた。
「でも、今の優翔くんをあの現場に連れて行ったのには意味があるのよ」
「何ですって?」
「理由は二つ」
反論しかけた武人を無視して、麻実は人差し指と中指を立てた。
「一つ目は、誰でもそうだけど、戦う訓練をしなくちゃならないってところ。実戦を見せることも大事だわ」
中指を折って、麻実は続ける。
「二つ目は、優翔くんは戦いに向いてる人間じゃないってこと。妹さん、優海ちゃんの真実を知ったからといって、いきなりこの組織に入れて『銃を持って戦え』っていうのは、論理というか、プロセスの飛躍が大きすぎる。そう思わない、武人くん?」
「プロセスを踏むのは大事です。しかし自分が言いたいのは、このような状況に、突然素人をつれてこられては困るということです」
『足手まといになるだけだ』と、武人はバッサリ言い捨てた。まあ、僕もそれを否定することはできないが。
「俺が責任を持とう」
そう言って割り込んできたのは田宮だった。
「あら、それはいい考えね」
麻実も乗り気の様子。正直、僕は慌てた。
「田宮さんが責任、って、僕はどうなるんですか?」
「そう不安がるな。拳銃ではなく、鉄拳の使い方から教えてやる」
「いや、だからそういう意味ではなくて……」
僕は俯きながらかぶりを振った。
「……時間をください。僕は人を傷つけるような真似はしたくないんです。さっき武人くんが言った通り、僕は足手まといにしかならないし、あなた方とは相容れない」
すっ、と息を吸って、顔を上げる。
「優海を説得して、この組織から脱退させます。あなた方のことは、通報しません。皆さん何か、事情があるんでしょうから。ただし、優海の身柄は警察に引き渡します」
「馬鹿か、お前?」
そう突っかかってきたのは、武人だった。
「警察に身柄を拘束されたら最後、優海ちゃんはこの組織の全容を語るまで、厳しい取り調べを受けるんだぞ。ただでさえ、麻実さんの名前と顔が公表されてるっていうのに」
確かに、武人の言う通りなのだろう。僕は黙り込み、重力に任せて、再び首を俯けた。
しかしふと、違和感が湧いた。武人は今、優海のことを『優海ちゃん』と呼んだのか? 妙だな。いや、優海の方が年下なのだから、気にすることはないのかもしれない。だが、麻実が優海を『ちゃん』づけで呼ぶのとは、意味合いがやや異なるように感じられる。
僕は武人の真意を推し測るべく、質問を投げかけた。
「武人くん、もし僕が、優海をこの組織から脱退させることができなかった場合、君は優海を守ってくれるか? 僕の代わりに」
「無論だ。自分自身の身に代えても、優海ちゃんは自分が必ず守りぬく」
その言葉に、僕は確証を得た。
「君は優海に好意を持っているんだな?」
「!?」
硬直する武人。そんな彼の心境を問わずして、最初にリアクションを取ったのは麻実だった。立ったまま上半身を仰け反らせ、笑い出したのだ。
「ははははっ! 武人くん、そんな中二病みたいなこと言ってると、すぐにバレるわよ」
田宮の方を見ると、彼もまた、口元を歪めていた。思わず笑いそうになるのを、必死に堪えているようだ。
「ちょっ、皆、何がおかしいんですか!? 自分はただ……」
「ごめんごめん、兄としては、どうしても確かめておきたくてね」
僕は、ようやく話の主導権がこちらに回ってきたことを察した。
しかし、かといってこちらから出せる話題はない。優海を返してくれと繰り返すだけになるだろう。今日は撤退するしかあるまい。
「僕も帰ります。送ってもらえますか?」
「そ、そうね、今車を回してくるわ」
そっと視線を遣ると、武人は真っ赤になりながら『自分も帰ります』とだけ言って出て行った。
取り残された、僕と田宮。僕は、田宮は意外と気を配ってくれるタイプの人間だと判断していた。少しばかり、会話をしてみようか。斬り込むには、今しかない。
「田宮さん、あの」
「何だ?」
その表情は不愛想なものに戻っていたが、質問を受け付けてくれる態度は示している。
僕は再び、軽く息を吸ってから尋ねた。
「人を殺すのって、平気なんですか?」
「平気だと言ったら、どうする?」
「ちょっと信じられないですけど。同じ人間という生き物であれば、ですが」
「俺はターミネーターじゃないぞ」
軽口を叩く田宮。しかし、その顔には一片の笑みもない。
「まあ、慣れだな」
田宮はぼそりと呟いた。短く静かな語り口だったが、いや、だからこそ、僕は戦慄した。
「慣れ、ですか」
「ああ。自分を戦場の兵士とでも思えばいい」
しかし、戦争で生き延びた帰還兵が、トラウマで殺人を犯してしまうという実話は聞いたことがある。田宮はそれすらも克服してしまったのだろうか。つまり、それだけの殺人経験を積んできたのだろうか。
「気になるか、俺のことが?」
「そりゃあ、まあ」
殺人を『慣れ』で片づけるとは、一体何があったのだろう。
「俺の下の名前は雄二。田宮雄二だ。親父が狂っていてな、近所の動物をさらってきては、酷い殺し方をしたもんだ」
僕は、絶句した。
「あの、記憶にぼんやりあるんですけど、この住宅街で連続ペット殺害事件、ってありましたよね?」
「そう。十二年ほど前のことだ。お袋は、俺が三つの時に病死しちまってな。それが原因で、親父はヤキが回っちまったらしい」
「そうですか、動物を……」
その時、僕は違和感を覚えた。どうして今、このタイミングで、田宮は自分のファーストネームを僕に告げたのだろう?
「あの、田宮さん」
「俺には兄貴がいたんだ。二人兄弟。俺が『雄二』って名前になったのは、兄貴が『博一』って名前だったからだ。漢字で『一』『二』って入ってるだろう?」
「そうですね」
お兄さんはどうしたのだろう。弟がこんなことをやっているのに、止めようとはしないのだろうか? 俺が優海にしたように?
そんな疑問が顔に出たのか、田宮は――雄二は短く答えた。
「殺されたんだよ、兄貴は。親父の手でな」
僕は喉から『へ?』とも『は?』ともつかない音を発した。な、何だって?
僕が身じろぎすると、雄二はちらり、と目だけでこちらに振り向いた。
「まあそうビビるな。俺の話を聞け」
すぐに視線を前方に戻す雄二。
「その後、俺を手に掛ける前に、親父は自分の喉を掻き切った。兄貴を殺したのと同じ包丁でな。何が起こってるのか、さっぱり分からなかったよ。ただ――」
「ただ?」
僕は弱々しく続きを促した。
「一つ分かった。人は意外と、簡単に死ぬもんだ、ってことが」
それから雄二は、児童養護施設に預けられたものの、暴力沙汰を何度も起こし、結局面倒を見てもらえなくなった。そんな時、すなわち五年ほど前に、この組織から接触があったのだという。銃撃事件が続発する前だから、麻実が下準備をしている時期だったのかもしれない。
「だからな、優翔。俺のことは『田宮』って呼んでくれ。『雄二』って呼ばれると、兄貴がいたことを思い出しちまって、なかなかしんどいんでな」
僕は絶句したまま、田宮の横顔を見つめた。
彼には、殺人行為に対する免疫のようなものができてしまったのだろうか。
傍から見れば、顔面蒼白になっていたであろう僕。しかし田宮は、話を続けようとはしない。『これで話は終わりだ』とでも言うように、上着のポケットから煙草を取り出し、ゆったりと煙をくゆらせていた。
しかし、沈黙が訪れることはなかった。軽いクラクションが、プレハブ小屋の出入り口から聞こえてきたのだ。
「優翔、麻実の車が来たぞ」
「は、はい」
田宮が先だって歩き、アジトのドアを開ける。車のヘッドライトと冷風が、同時に流れ込んできた。
僕は試しにあたりを見回してみたけれど、ただただ真っ暗で、ここがどこなのか全く見当がつかなかった。ここに運ばれてくる時は意識を失っていたので、時間的感覚もない。
車から、麻実が降りてきた。また気絶させられるのでは、と僕は身構えたが、麻実が手にしているのはただの布切れだ。
「優翔くん、この布で目隠しさせてもらうわね。ちゃんとアパートまでは送るから安心して」
「わ、分かりました」
僕は素直に麻実に背を向け、目隠しされるのを待って、手を引かれながら車の後部座席に座り込んだ。
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