第8話
「皆、武器を確認しろ! 銃器を扱う者は、初弾の装填とセーフティの確認を忘れるな!」
僕を牢屋から連れ出した麻実は、田宮に従って廊下を抜け、開けた部屋に出た。
これは、プレハブ小屋だ。部屋の四隅から冷気が忍び寄ってくるが、それを気にしている場合ではない。
今指示を出しているのは、主に田宮だ。部屋の側面は火器のラックになっているようで、青年たち(高校生から二十代後半くらいの者だ)は次々に、自分の得物を手に取っている。
今ここにいるのは、十名ほどのメンバーだ。カチャリカチャリと、拳銃や自動小銃を手に取っている。弾倉を確認し、バチンと叩きこむ所作は大体共通している様子。
振り返って麻実の方を見ると、彼女がホルスターから抜いた拳銃は、優海のものとはだいぶ形が違っていた。簡単に言えば、西部劇の撃ち合いに出てくるような、レンコンのような部品のついたモデルだ。
僕はやや興味を引かれたが、『これは殺傷道具だ』と思い直し、すぐに顔を引っ込めた。
しかし、僕はすぐに麻実に呼び止められた。
「な、何ですか?」
まさか、僕にも拳銃を使わせるつもりだろうか。
「あなたはこれを持って」
差し出されたのは、ただの鉄パイプだった。鉄パイプといっても、一メートルほどの長さで、そんなに重くはない。だが、何かを攻撃・破壊する目的で、麻実がこれを僕に渡してきたのは疑いの余地がない。
「僕はこれで何を?」
「ああ、持っていてくれればいいわよ」
その言葉を解せず、かといって考える余裕もない。その時、静かなバイクの走行音が僕の耳朶を打った。
「優翔くん、あなたは私のバイクの後ろに乗って。鉄パイプは、まあ振り回せるだけ振り回すように。あと、手袋してね。もし落とした時に、指紋を残していくと面倒なことになるから」
このパイプを振り回す、って、相当危険なことではないか。しかし、麻実が言うには『あなたに銃器を持たせるのはまだ早すぎる』とのこと。それには僕も同意できる。が、それでも、この鉄パイプにでさえ、他者を傷つけるだけの力があることは事実だ。
まさか麻実は、だんだんと危険なものを僕に扱わせ、戦力に仕立てようという腹積もりなのだろうか。もし今日、麻実の指示に従ってしまったら、次はナイフ、スタンガン、やがては優海と同じ拳銃を持たせられるかもしれない。
そんなの、まっぴらごめんだ。
僕はその場に、鉄パイプを放り出した。
「何してるの、優翔くん? 私たちも行くわよ」
「断る」
「何ですって?」
「断ると言ったんだ!」
僕の叫びに、麻実のみならず皆が振り返った。
「なるほど、麻実さん。あなたは僕に親切にしてくれた。だから一一〇番通報はしない。だけど、僕は怖い。自分が暴力に慣れて行ってしまうのが怖いんだ! あなたや優海のように!」
麻実は愛銃をホルスターに差してから、ゆっくりと僕を見つめてきた。
「その優海ちゃんの心配をしているのよ、私は」
「どういう意味です?」
「今回、検問に引っ掛かったのは、優海ちゃんたちの班なの。兄としては、助けに行きたいと思うものだと考えていたんだけれど」
「ッ!」
僕は息を飲んだ。
「優海が危ないんですか!?」
「捕まるわね、このままでは。あの子、時々暴走しちゃうから、身内が止めに入った方がいいと思う。だからあなたを誘ったみたのよ、優翔くん。あの子にこれ以上、殺人をさせたくはないでしょう?」
僕は唇を噛みしめた。僕が現場に行けばいい、ということだな? だったら。
「分かりました。僕も行きます。ただし、武器は持ちません。それでいいですか」
麻実は肩を竦めてから、『それで満足ならいいわ』と許可をくれた。
「それじゃ、私たちも行くわよ」
「は、はい!」
優海、下手のことはせずに、待っててくれよ。
※
僕は麻実の背中に引っ付くようにして、バイクの後方に座っていた。皆で暴走族のように走るのかと思ったら、そういうわけでもないらしく、制限速度もきっちり守っている。
まあ、捕まらないで済むことを考えれば、当然のことだろう。
風切り音に負けないよう、僕は大声で麻実に尋ねた。
「あとどのくらいかかりますか?」
「もう着くわよ。優翔くん、格闘技を習った経験は?」
「あるわけないでしょう!」
『ま、そうよねえ』と言って、麻実は速度を上げた。
周囲を見渡しながら、僕は自分たちが住宅地に入ったことを悟った。市街地に比べると、だいぶ落ち着いた印象を受ける。さらに進むと、住宅さえまばらになってきた。
そんな中、パトカーの赤いランプと数名の警察官、それに、彼らに引き留められている数台のバイクが、僕の視界に入ってきた。
あの中に、優海がいる。救出しなければ。
銃声が轟いたのは、ちょうど麻実のバイクが停車した時だった。ピシュン、という、あまり響きのない音だ。先ほど優海がアパートの室内で発砲した時とは、だいぶ音が違う。これは後で分かったことだが、どうやら皆は、きちんと消音器を銃口に付けて扱っていたらしい。
それでも、どこから発砲されたのかは分かった。響かなくとも、音は音だ。どうやら僕たちより先に救出にきた者たちが、電柱によじ登って銃撃し、警官たちと優海たちを引き離そうとしているらしい。
すると、その一発で、警察官数名が倒れ込んだ。いや、伏せたのか。
彼らの狼狽した、悲鳴のような声は、すぐに僕の耳にも飛び込んできた。
「こちら交機二〇五、不審車両の検問中に銃撃を受けた! 発砲許可を求む!」
《了解。直ちに応援を送る。発砲を許可。ただし、絶対に民間人に負傷者は出すな》
「了解!」
無線の向こうの指示まで丸聞こえだったのだが、それはいいとして。
警察官たちは、自分たちの置かれた状況をきちんと把握しているのだろうか? 麻実率いる銃撃部隊は、彼らの頭上から攻撃しているのだ。僕のような人間でも、歴史の知識・戦略で知っている。下方から上方の敵を攻撃するのは容易ではない、と。
「我々の目的は仲間の解放だ。警官隊諸君、武器を置いて両手を挙げ、後ろを向け!」
朗々と述べたのは麻実である。
「下手に動いたら、上方から狙撃する。さあ、膝を着け!」
その時、ちょうど中央でバイクにまたがっている人物が振り返り、ヘルメットを脱いだ。優海だった。
「あ、兄ちゃん!」
優海はバイクを降り、こちらに向き直った。しかし、次の瞬間だった。
すぐそばの警察官が振り返り、予備の拳銃を引き抜きながら優海の後頭部に押し当てたのだ。
「う、うわ!」
だが、優海は傷一つ負わなかった。理由は単純。その警察官は、すぐさま麻実に、正確には麻実の撃った弾丸に、眉間をぶち抜かれたからだ。
血飛沫と脳漿が入り混じり、優海の頬を染める。
そこから先は、最早銃撃戦などではなかった。虐殺だ。その場にいた警察官は、即座にハチの巣にされた。銃器を手にしたメンバーたちによって。
消音器つきとはいえ、銃声そのものは鼓膜を破る勢いで、僕の耳になだれ込んできた。銃撃対象はパトカーにも及び、あたりは戦場の様相を呈した。ガラスが割れ、ランプの破片が飛び散り、車体が凹む。
「銃撃止め! 銃撃止め!」
田宮が叫ぶ。すると、皆はピタリと銃撃を止め、あたりは静まり返った。
それは、あまりにも呆気ない幕切れだった。
暗くてよく見えないが、この鉄臭い生々しい臭いからするに、あたりは血の海になっていることだろう。
そんなことはお構いなしに、優海は僕に駆け寄ってきて、『ありがとう、兄ちゃん!』と言って抱き着いた。
「感動の再会中すまんが、今はこの場を後にすることが先決だ」
するり、と電柱から降りてきた田宮が言う。彼の愛銃は、名前は分からないが、拳銃ではなく自動小銃だった。
すると、誰からともなく『撤退!』という声が上がり始めた。
「優海、とにかく無事でよかった」
「あ、あたしは自前のバイクで帰るから」
「分かった」
この遣り取りだけを切り取ることができれば、どれほど微笑ましいものだっただろう。
だがそれは、あたりが血の海になっておらず、生臭くも火薬臭くもない、という条件に基づくもの。実際の状況からすると、微笑ましいどころかおぞましい光景だ。
そんなことを考えていると、僕は後ろから肩を引っ掴まれた。優海の無事に安堵していた僕は、無造作に振り向かされ、そして、ぶん殴られた。
「ぶはっ!」
「ちょっと、須々木くん!」
麻実の緊張感を孕んだ声が響く。僕を殴打したのは、須々木という人物らしい。
頬に手を当てながら、その場に仁王立ちしている人物を視界に捉える。背格好は僕と同じくらいで、歳はそうそう変わるまい。十代後半だろう。一つ特徴的な違いがあるとすれば、彼は眼鏡をかけている、ということだ。
すぐさま田宮がやって来て、『何をしているんだ、須々木!』と叱責した。すると須々木は、殊勝にもすぐに反省の弁を述べた。僕の方を指差しながら。
「すみません。この男が、自分では何もしていないにも関わらず、他人を救った気になっているのが許せなくて」
そこまで言って、すぐに顔を僕の方へと戻す。
「詳しく訊かせてもらえるかしら、武人くん? と、その前に、まずはアジトに戻りましょう」
「了解」
そう短く復唱し、須々木武人は自分のバイクにまたがった。
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