プロポーズのきっかけ

カユウ

第1話

家と会社の往復。

ときどき、居酒屋に行ったりもするが、平日はそんなもんだ。

別にそれが悪いってわけじゃない。

面白みはないかもしれないが、安定して収入があるということは、安心感がある。


「結婚、か」


つい先日、職場の後輩が結婚することを報告してきた。

可愛らしい顔立ちに加え、お客様からも気に入られる愛嬌の良さも相まって、社内の男性陣からの人気が高い後輩だ。

その彼女から、学生時代から付き合っている彼氏への誕生日プレゼントのアドバイスを求められたこともある。


「あいつも結婚かー。めでたいね、ホントめでたい」


缶チューハイ片手にひとりごちる。

壁のコルクボードに貼り付けてある写真に目を向ける。

そこには、満面の笑みでピースサインをした玲子と、若干引きつった笑いを浮かべた俺が写っている。

玲子と俺が知り合って5年。

付き合ってからでも、もう3年が経つ。

玲子と知り合ったのは、学生時代の友人の結婚式の二次会だった。

玲子は新婦の友人として参加していたのだ。

イベント好きな新郎の色が反映されており、半強制的にいろんな人と話すことになった二次会だったのだ。

そこで、玲子と初めて会い、何人かと一緒に三次会をした。

それから、飲み友達としてときどき会うようになったが、三次会に参加したメンバーは仕事や家庭の都合でなかなか参加できず。

蓋を開けてみれば、玲子と俺しかいない会が何度もあった。

そして、初めて知り合ってから2年後、俺から告白して付き合い始めたのだ。


「ありゃ、もうないか。うーん、明日休みだし、もう一缶飲むかな。……と思ったらストックがないわ。買ってくるか」


冷蔵庫の中に缶チューハイがないことを確認すると、サンダルをつっかけて買い物に出る。

普段は行かないほうの駅前にあるコンビニに行こうと思い立ち、てくてくと歩いていく。

もうすぐ駅前、というところで、後ろから車に追い抜かれた。

黒のセダンタイプで、ほとんど誰もが知っている高級メーカーの車だ。

その車が駅前で止まり、助手席のドアが開き、中からタイトなドレスを身にまとった女性が出てきた

ふと、中から出てきた女性に既視感が湧く。

背中の半ばほどまでの黒髪、体のラインがわかるようなタイトなドレス。

見覚えがあるような気がしてならない。

運転席側のドアも開き、運転手が下りてくる。

スーツを身にまとった茶髪の男だ。

すらっとした体型で、歩く姿から見るに手足が長い。

自分とは大違いだな、と思いながら駅前に近づいていく。

女性と男性は車に横に立ち、立ち話をしているようだ。

声は聞こえないが、二人の雰囲気から、楽しい会話なのだろう。

先ほどから、女性のしぐさに見覚えがあるような気がしている。

俺は、少しずつ、車に近づいていく。

車が止まった場所の手前にあるコンビニが目的地なのだ。

コンビニの手前にある、明かりと明かりの狭間まで来たとき、ふいに女性が車の方を向き、横顔が見えた。

その横顔は、俺の恋人である玲子だった。

俺はびっくりして、足が止まる。

かれこれ、5年の付き合いがあるのだ。

恋人になってからは3年だが、一瞬でも玲子の顔を見間違えるはずがない。

茶髪の男性は、玲子の腰に手を回した。

玲子が嫌がると思ったが、そんなことはなく、玲子も男性の背中に手を回したようだ。

仲睦まじいカップルのような二人に俺の中で何かにひびが入る音がする。

明後日、玲子と会う約束をしている。

そこで、今日のことを確かめる方法だってあっただろう。

だけど、俺の足はゆっくりと動き出す。

あと数メートルというところで、男性が俺に気づいた。

そして、女性が振り向く。

やはり、玲子だ。

一瞬びっくりしたような顔をするも、すぐさまいつもの愛嬌のある笑みを浮かべる。


「……やっぱ、玲子だったんだな」


俺の口から、絞り出るような声。


「こんなところでどうしたの、智明くん」


「どうしたもこうしたもないよ。そいつ、誰だ?」


「彼?あたしの婚約者よ」


その一言を聞いた瞬間、俺の中で、何かが崩れた。

ガラガラと大きな音を立てて。

膝から崩れ落ち、目の前が真っ暗になる。


「……はっ!」


がばっと跳ね起きる。

あたりを見回していると、隣で何かが動いた。

そこには、気持ちよさそうな顔で眠る玲子がいた。

すやすやと眠る玲子の顔を見たとき、俺の気持ちは固まった。


玲子にプロポーズをする。


玲子が他の男と結婚するなんて未来。

夢で見ただけで、あれだけのショックを受けたのだ。

それだけ、俺の中での玲子は大きい。

そのことに気づかせてくれた夢に感謝だ。

これから一生、忘れられそうにない。

素晴らしい目覚めなのだから。

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