壬生浪
二十五歳の若さで日米修好通商条約に反論、
そんな彼が、五月二十日に暗殺される。
この日、御所での会議が長引いて、彼は
太刀持ち、沓持ち、提灯持ちの従者とともに朔平門を出てのち、猿ヶ辻にさしかかったそのとき。
三人の刺客が襲ってきた。
公知は胸のあたりを斬られ、
「太刀!」
と叫んだが、その騒動におどろいた提灯持ちと太刀持ちは、逃げ出してしまった。
最後の従者、沓持ちは応戦するが刀がないため歯が立たない。公知は扇で刀を受け止め、必死に応戦。頭部を深く斬られはしたが、刺客の腕をつかんで刀を奪い取ることに成功する。
その行動に刺客も逃亡し、公知は沓持ちの従者の肩におぶられて自分の屋敷に戻ったそうだが、それからまもなく
「枕!」
と叫び、絶命したという──。
「へえ、そんなことが」
床掃除を終えて休憩する綾乃に、隊士の一人がそんな話を持ち込んできた。
名を、
当然、勤勉家の綾乃は彼のことを知っているし、姉小路公知の話も知っている。
「犯人は捕まったんですか」
「いや、そこまではわかんねえけども。しかし本当にここ数年だよ、こんな物騒なの。悪いときに京へきたもんだな」
佐伯はにやりと笑った。
じつは「未来から来た」という話は、一部の隊士しか知らない。変に噂が広まることを恐れた土方の指示だった。
そのため、佐伯は女たちが「遠くから浪士組の世話役としてはるばるやってきた物好き」程度の認識しかない。
「で、なにゆえその話をわたしに?」
「なァに、京があぶねえところだと教えたくて」
「────」
綾乃はひっそりと鼻の頭にシワを寄せる。
なんだ、この気取り屋は。
「まあ、困ったことがあったら俺に頼ってくれよ。じつはここだけの話、あの芹沢先生にもわりと気に入られているんだ。いろいろと融通もきくんだぜ。へへへ」
と、佐伯は綾乃の肩をたたいて、稽古場へ戻っていった。
(……あぶない)
綾乃は、左手で口を覆う。
あとすこし佐伯の顔を見ていたら、とんでもない暴言を吐くところであった。
芹沢に気に入られている?
勘違いもはなはだしい。
「──うぬぼれんなよ金魚のフンが」
うなるように呟き、肩をパッと払って、綾乃は雑巾を桶に突っ込んで荒々しく揉みしだいた。
※
五月末──。
会津藩主
隊士募集をした結果、計三十五名まで増員。一個隊として機能するほどになった。
今日は、その隊編成通達会議である。
無関係だと閉め出された女たちは、なんとか話を聞こうと襖に耳をぴたりとつける。
プライバシー考慮がないおかげで、よく聞こえる。──が、向こうの言葉がよく聞こえるということは、こちらの声もよく聞こえるということまでは考えていない。
隊士編成はこうだ、と土方が紙を広げた。
「まず局長が、我ら浪士組のために方々へ資金繰りに奔走してくださった芹沢先生、新見さん。そして前川邸住みから近藤の三名」
──局長多ッ、キングギドラじゃん。
──キングギドラ体制の組織は長続きせんって祖父ちゃん言ってた。
──あーあ、だめぽ。
「そして副長には、山南さんと私が」
──やばいやばいやばい上司五人になった草。
──小田原評定待ったなし……。
──役職つけりゃいいとおもってるあの鬼。
──シッ。
「……そして副長助勤には今までの者に、佐伯と松原と安藤の三名を加えた編成に」
──あそうだ、あとで松原さんの頭触らせてもらおうよ。すっごいつるつるで気持ちよさそ「ちょっと待っていてくれ」
土方は綺麗に立ち上がった。
すらりと障子を開け、出ていく。
──うわヤベ。……、…………。
──…………!
「────」
部屋の中がしん、と静まりかえる。
障子の向こう側で起こる事を聞き取ろうと、隊士たちは必死に神経を澄ませるが、何故かその音は一切入ることはなく。
まもなくして、障子が開いた。
先ほどと変わらぬ青白い顔で、
「待たせたな」
土方副長がゆっくりと座する。
隊士たちは、障子の奥にいたであろう二人の影をうかがった。が、土方は地の底から響くような声で「外は気にするな」とだけ言った。
のちほど、新入隊士の
これが、壬生浪士組流の折檻か──と。
新入隊士たちが背筋をふるわせた事件である。
さて、姉小路公知の暗殺犯。
当時の殺人はとかく証拠隠滅がおざなりである。例に漏れず、公知殺害現場にも、刀や下駄が残されていたらしい。
その
三日後には松平容保公の命により、会津兵が田中新兵衛及び
これで事件は解決に見えた。
しかし捕縛から六日後、田中は隙をみて証拠品の刀──奥和泉守忠重を奪い、喉をついて自害する。
これでくわしい真相は闇の中。
姉小路公知殺人事件は迷宮入りを余儀なくされたのだった──。
「だった──じゃないよ」
葵は、前川邸庭の草をむしる。
「迷宮入りとはいうけど、田中新兵衛と似礼源之丞が実行したことには間違いないんでしょう」
「おそらくはね。いつの世も、沈黙は肯定と決まってる」
と、熊手で草をかき集める綾乃。
その背後から声をかける者があった。
「おォい。お饅頭もろたで、ここに置いとくよ」
佐々木愛次郎。
のちの永倉に、古今の美男子とまで言わしめた色男。ルックスはもちろんのこと、いつもその顔にはおだやかな笑みが浮かぶ。
性格も文句なしだ。
彼にはあぐりという恋人がいるらしいが、彼の愛嬌ある人柄をおもえば、恋人がいるのもうなずける。
ありがとう、と綾乃は手を振った。
「いただきまーす!」
「剣の稽古、行ってくるで」
「がんばって!」
葵が黄色い歓声を送る。
「おいおいおい──」
と。
近づいてくる影。佐伯又三郎だった。
とたん綾乃が精一杯の不快感を表情にあらわす。葵は無声で吹き出した。
佐伯さんはァ、と綾乃がやる気のない声をだす。まったく、すぐ顔と声に出る。
「稽古よろしいんですかァ?」
「いくよ。それより……あいつの女、芹沢先生が狙ってるみてえでさぁ」
葵の眉がぴくりと動いた。
佐伯は前川邸に住んでいながら、どちらかというと芹沢派閥に付き従っている。──というよりは、より力の強い者に従う傾向にあるようだった。
そんな性格ゆえか、前川邸でもどことなく浮いている。
「……大変なことになる前に、逃げた方がいい気がするけどなァ」
「…………」
妖しく笑った佐伯の目が、陰惨な未来を映している気がして、綾乃は視線をそらした。
※
京に来たての頃、土方はよく井上や沖田とともに、井上の兄・松五郎に会いに行ったという。その目的はおもに芹沢や近藤らの愚痴をこぼすためだったとか──。
編成通達会議の数日後。
沖田とともに、松五郎のもとから帰ってきたときだった。
「────!」
「……─────」
部屋から楽しそうな声が漏れ出る。
沖田が戸をあけると、綾乃と葵、そして本日非番の原田の姿があった。
「そう。京から江戸までは新幹線で一刻くらい──あっ、おかえりなさい」
葵が、ひょいと顔をあげた。
どうやら未来の話を原田にしていたようだった。
──原田左之助。
現在の愛媛県、伊予藩の出身で、近藤らと出会ったのは試衛館メンバーのなかでは一番遅かったのではないかと思われる。
新選組の中でも有数の槍の名手。過去に先輩から「切腹もできないくせに」とからかいを受けた際、「じゃあ見ていろよ、やってやる」と言って実際に腹を一文字にかっさばいたことがある。
なんとか生存したものの、その腹の傷は消えることなく、酔うたび「俺の腹は金物の味を知っている」と自慢をするようになったとか。
そんな豪傑ばった男はこの二週間で見てきたかぎり、ガサツではあるが情に厚く、とても優しい男であった。
「京から江戸まで一刻だと」
「あの東海道をどのように走ったらそんなに早く行けるんです」
沖田は顔を青ざめさせて言った。どうやらハチャメチャに走る姿を想像しているらしい。
そんな彼に、葵は笑った。
「足では走らないよ沖田さん。なんか、いろんな力を駆使して、人を乗せて東海道を駆け抜ける乗り物があるんです」
「いいなあ。一刻で到着するのならすぐにでも姉上に会いに行ける」
「ほかにも面白そうなもんがたくさんあるらしい。未来なぞ想像できんが──こいつらの持っとるからくりも見てみるとおもしろうてよ。今日は一日中話を聞いていた」
この時代でも、異国のものがまったくなかったわけではない。文久の頃にもなると少しずつだが接点も増えてきた。
しかし、その文化が庶民に浸透するには時間を要する。たいして国外に興味を持たなかった原田にとっては何もかもが新鮮だったようだ。
「そういった技術を生み出すとは、やはり我が国も捨てたものではないですな」
と、唐突に参加してきたのは、厠帰りの山南である。
あいや、と葵が肩をすくめる。
「日本は──まあ、そういった技術に関してはいつも先をゆくのは外国です。皆さんもよく聞くアメリカ……メリケンさんとか。日本はそこから技術を学んで、取り入れているというか。蘭学だってそうでしょう、日本よりもはるかに発展しています」
じゃあ、と沖田が身を乗り出して葵の髪の毛を指さす。
「その髪の色もメリケン産ですか」
「うんまあ……大枠は」
「へえすごいなあ。よく幕府もそんなのお許しになりますね」
「えっ、ああ」
と、葵はすこし動揺した。
ちらりと綾乃を見ると彼女も苦い顔をしている。
その空気を悟ったのか否か、沖田は意地悪そうな顔をしてつぶやいた。
「こういうことは、聞いたらいけないのでしょうけれど。……」
あっ。
ふたりがわずかに身構えた。
「天然理心流道場って、まだ存続しているんでしょうか」
が、沖田から問われた質問はなんとも健気なものだった。
「天然理心流道場?」
「うん……近藤さんがこっちに来て、本来なら私が跡目を継ぐかもしれなかった。けどこんな風に浪士組になったもんだから帰るに帰れないし──もともと、継ぐ気はなかったけど。だれか継いでくれるのかなあと思って」
しゅん、と落ち込む沖田に土方は苦笑した。
「おいおい。そりゃあお前しか門弟がいないわけじゃねえんだから、大丈夫だろうよ」
「でも──」
「あるある。日野への出稽古も故事にならってやっているそうですよ」
綾乃はホッと笑んだ。
「本当ですか!」
「うん。きっとみんなの、京での活躍が後世に残っているからかも」
「うわあ、本当に。嬉しいな」
沖田がそわそわと身を揺らす。つられて原田もにこにこと笑った。
山南も「ここで我々が活躍するという未来があるのですね」と感慨深げに呟いている。そのことばに、土方がハッと顔をあげた。
「それじゃあよ」
「はい」
「────。いや、いい」
彼は言いかけて、やめた。
その日の夜。
綾乃は、土方の部屋を経由して寝床へ向かう。
未だに部屋主は文机に向かっていた。
「失礼しまァす」
忍び足で背後を通る。
さて、ずいぶんあっさりしていると思われるだろうが、綾乃の内心はおだやかではない。未来の世界で土方歳三に恋をしてからずっと、狂わんばかりの愛情を胸にため込んできた。
自分でもなぜここまでこの男を愛するのか分からない。分かるのは、本物に会えたらばもしかして百年の恋も冷めるかも──という不安も杞憂に終わったということくらいか。
だからこそ、綾乃はいま困っている。
これまで脳内で好き勝手崇めていた相手が、とつぜん生身であらわれた。いざ本人を前にしてどう愛したらよいのかが分からないのである。
「おやすみなさい」
襖をあける。
土方がおい、と言った。
「はい?」
「お前、俺のどこがすきだ」
「エッ。……」
急になんだ、と綾乃は口ごもる。
「いやさっきの話──お前はここに来る前から俺に惚れていたんだろう。会ったこともねえ男のどこに惚れたのかとおもって」
と言ってから、
「俺が加藤清正のような奮迅の働きをしたと、記録に残っているのか」
そわそわと落ち着きなく言った。
困ったように綾乃は首を横にふる。
「え……ううん」
「残ってねえのかよ!」
土方は、少しがっかりしたような声色を出した。
「あ、残ってはいます。でも好きなのはそこじゃなくて──いやもう、だからわたしにも分からんっていうか」
「あ?」
「気がついたらすきだったんだもん」
「…………」
「土方歳三ってひとを知ってから、すきじゃないときなかったんですよ。はじめて名前を知ったのは資料集だったけど──もうすきだったし」
「ほう」
大胆なことを言う、と土方は内心照れた。
恥じらいのない女に興味はないが、ここまで堂々と言われて悪い気はしない。
「そんなもんか」
「うん。それから手始めに司馬先生の本を──」
「…………」
あっ、と綾乃が声をあげた。
「まさか、女をころしにいくとは言えないだろう」
のぼせた声だった。
「その節を読んで──ころしてほしいって思ったときからかもしれない」
「殺し?」
「土方さんが、わたしのすべてになった瞬間」
「…………」
固まった土方をよそに、綾乃は大あくびをして「おやすみなさい」と寝床へ消えた。
(ころして。……)
頭を掻いた。
そんなことが、聞きたかったわけではない。
ただ壬生浪士組がよほどの功績をあげたのか、と思って聞いただけだったのだが。
しかし、ころしてほしいとは。
「──重てえおんなだ」
土方はつぶやいた。
※
「甘いッ。握りが甘いんだって!」
飛ぶ怒声は、沖田のものである。
今日は朝から新入隊士向けの鍛練があった。
その様子を、葵はぼんやりと見学している。
いつもは優しそうな沖田が、指導道具を手にした瞬間から豹変する様は、さながら『こち亀』の本田である。新入隊士の田所は、あまりの厳しさに今にも泣きそうだ。
先ほど、八木の奥方からもらった水菓子──そう言っていたが、ようするに桃や瓜といった果物である──の存在を思い出した。持って来てやろう、と台所へ向かう。
剣道部のマネージャーになった気分だ。
水菓子を手に、新入隊士の動きをじっと見ていた井上に近づいた。
「源さん、休憩に入ったら水菓子どうぞ」
「ああ、かたじけない。ありがとう」
井上は、嬉しそうに言った。
そして近藤に近付き、何やらこそこそと話している。
「うむ、そういうことなら。よし、一同休憩だ。葵どのが水菓子を貰ってきてくれたようだからいただくとしよう」
近藤が声高に言うと、師範をつとめていた沖田が真っ先に水菓子に近付いた。
しかし、近藤が「新入隊士から取るように」と釘を刺した瞬間、無言でこちらをにらむ。
「卑しいな、沖田」
「斎藤さんだって食べたくて仕方ないくせに……いちいち気取るんだから」
「気取ってなど」
「おれ、桃な。桃。藤堂は桃でぇす」
新入隊士に積極的に宣言する藤堂をちらりと見て、沖田は「私とどちらが卑しいです」と斎藤を見つめると、彼は無言で首を振った。
そのとき、玄関口から葵を呼ぶ声がする。
ドスドス、という足音から考えて、芹沢が呼びに来たようだ。
「ここにいますよ」
「葵、わしと一緒に戻れ。為が泣いてうるせえ」
「また勇坊と喧嘩かァ──」
為、というのは、八木家の次男坊、為三郎のことである。よく兄弟の勇之助と喧嘩して、ふたりで泣いているのを見たことがある。
最近では、沖田や藤堂、葵があやす係となっていた。
「わかった、いま行きます」
「頼むぞ」
しゃくり、と水菓子を一口食べる。
太陽の日差しが先週よりも強い気がした。
もう夏が来るのか、と思った。
──その数日後。
思ったよりも夏は早足だったらしい。
「暑い」
綾乃の声がひどく不機嫌である。
「新暦でどのくらいなんだろう」
「今日旧暦で何日」
「六月十四日」
「じゃあ七月二十九日……────」
八木邸の母屋でぐたりと転がる二人の女。
クーラーがなかったこの当時、襦袢一枚も煩わしい。
葵はため息をつきながら団扇を仰ぐ。
「前川の方で涼んでいたってよかったのに」
「──こっちは誰もいないけど、向こうは誰かしら残っているんだもん」
「…………」
平成にいたころの二人には考えられないことだが、この世界に来て三週間。毎日のように顔を合わせていると、激しい情熱などは意外とはやく冷めてくるもので。
いまは、むさ苦しい男たちと同じ空間にはいたくない、という境地にまで到達していた。
「ああ夏の京都嫌い──盆地嫌い、もうなにもかも嫌い。死んじゃう」
「あや姉ちゃん、死んじゃうん?」
綾乃がごろごろ転がっているところに、勇之助が入ってきた。
転がる姿が面白いのか、きゃっきゃと綾乃の背中に蹴りをいれてくる。
「いだッ、いてえ!」
「すごい、勇坊ったらちゃんとインサイドとアウトサイド、使い分けてる」
「人の背中を蹴るなと教わらなかったのかッ」
暑いのに、さらに部屋が熱気で満たされる。
ただでさえ暑くてイライラしていた綾乃は、むくりと起き上がると一発勇之助の頭に拳骨を入れて立ち上がった。
「もう、暑い。外に行く」
「暑いのに?」
「暑いからッ」
直射日光を受けないだけ、室内の方がましだと思うが、とは思ったが、確かにこのまま一日潰してしまうのは勿体ない。
勇之助の頭を撫でてから、葵も「私も行く」と行って後に続いた。
門を出ると、近所の奥方の井戸端会議が行われていた。
どうやら昨日から壬生村にならず者が出没しているらしく、村娘を見かけては悪戯をしかけて追い回しているという話だった。
「そんなことになっていたんですか」
言いながら、綾乃と葵が駆け寄ると、小粒な目が愛嬌のあるキミさんが「あら聞いてよ」と手招きをする。
ちなみにキミさんの話し相手は、大柄な身体が特徴のタネさんだ。
「いまじゃみぃんな、怖くって外にも出られへんみたいで──」
そのならず者。
今朝も四辻付近で見た人がいるそうだが、神出鬼没でどこに潜んでいるかわからないのだとか。
タネさんが、眉を下げて二人を見た。
「ねえ、こういうことは浪士組でなんとかしてくれへんのやろうか」
「しますよ。壬生村にはお世話になってますし」
「今日中になんとかしてもらいましょ!」
「助かるわぁ」
と、勝手な約束を取り付けたわけだが。
前川邸に戻り、厠帰りの土方に事情を説明をすると、眉を吊り上げて声を荒げた。
「そんな不届きな輩がいやがるたぁ、捨て置けねえ。今日中にカタを付けるぞ」
「ありがとう、土方さん」
「当然だ。おおい野郎ども」
「応ッ」
話を聞いていた数人の隊士が、それぞれ武器を手に戦闘態勢をとっている。
目が爛々と輝いているところを見ると、血が騒いで仕方がないらしい。
「話は聞いたな。そのならず者を壬生村から永久追放だ、命は取るなよ」
「合点承知ッ」
永倉や佐々木、佐伯や島田、中村が駆け出して、壬生村を一斉捜索する。
あとから事情を聞いた隊士たちも、続々と捜索に参加していき、壬生村の住人も何事かと家から出てきた。
「いたぞッ」
捜索開始から十分ほど経過したとき、誰かの掛け声で、四方に散らばった隊士たちは一斉に声の方を向いた。
あぶり出されたならず者が、必死の形相で駆けてくる。
「飛んで火に入る、とはこのことだな」
素手で構えた永倉が、はっと嘲笑した。
男はヒッと喉をつまらせたが、背後からは鬼の首を取ろうかという隊士たち駆けてくる。
永倉は一気に間合いを詰めて男を持ちあげると思いきり遠くに投げ飛ばした。
「やりィ、永倉さんッ」
「おい、まだだ。もっと痛めつけてやれ」
永倉のサディスティックな指令に、六尺ほどある島田がぬっと現れて、男を担ぎあげると、そのまましばらく歩き出す。
「よくも壬生村を荒らしたなァ──」
やがて村の外れあたりで男を降ろし「もう二度と来るな」一発脳天に拳をいれた。
恐怖と屈辱にまみれた男は、おかげでわんわんと泣きだしてしまって、たちまち壬生村から走り去っていった。
その一部始終を見守っていた村人たちは、ワッと沸き立ち、歓声が方々からあがる。
「さすがの壬生浪じゃぁ」
「ほんまに助かりました、ありがとう」
隊士らは、普段敬遠されている村人たちからお礼を言われたのが、よほどこそばゆかったのか、恥ずかしそうに頭を下げていた。
たった三十分足らずで終結した騒動で、一番嬉しそうだったのは八木家当主の源之丞だった。
きっと彼のなかの浪士組はもう、なんら自分の子供たちと変わらない存在なのではと、綾乃と葵はなんだかとても嬉しくなってしまうのだった。
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