第4話 告白

 転校してから一ヶ月が経とうとしていた。

 篤巳あつみは焦燥する思いを胸に今日も通学路を歩いている。いまだに彼女との接触が上手くいっていない。すんなりことが進むとは思っていなかったが、ここまで進展がないとあまり良くない。

 わざわざ転校までしてきたというのに、時間を無駄にしているだけのようだ。期限は決まっていないとはいえ遊んでいる時間もない。彼女のためにも早くなんとかしないと。

 気持ちが沈むばかりの日々に篤巳の心的疲労は溜まるばかりだ。

 そんな重い足取りの行く先から、

「おはようございます」

 聞き覚えのある澄んだ声に視線を上げる。

 待ってましたと言わんばかりのあいが篤巳の進路を塞いでいた。

「やあ、おはよう。水原さんだったよね。こんなところでどうしたの?」

「ストーカーさんにお話があります」

「ちょ、ちょっと待った。ストーカーって俺のこと?」

「他に誰か?」

「だからそれは誤解……まぁいいや」

 やけに真剣な目をしている相手に弁明は無駄だと溜め息をつく。

「そんで、俺に話ってのはなんだい? もしかして、彼女のことがわかったとか?」

「期待するような情報かどうかはわかりませけど」

「……えっ、まじで」

 やっぱりまだ それとも……。

 篤巳は期待する思いと不安な気持ちを隠すように、なるべく平静に話す。

「それは助かるよ。進展がなくて困ってたんだ」

「では行きましょう」

 藍はそう言ってすれ違うように横を通り抜けた。

「おいおい、どこ行くんだ。学校はそっちじゃないぞ」

「学校で話すようなことでもないでしょう。先生には休むと連絡をしてありますから、お気にならず」

「きみのことはともかく、俺は連絡もなにもしていないんだけど?」

「必要あるんですか?」

「あのな、俺をいったいなんだと思っているんだ」

「ストーカーさん」

 なぜだろう。とても風当たりが強い気がする。おかしい。そこまで心象を悪くするようなことはしていないはず。

「おーけー。わかった。どこへでも付き合うよ」

「それがいいと思います」

 ひとまずこの女王様に付いていって機嫌を取らないとな。のなら早急に渡してもらわないといけない。

 篤巳は規則正しく歩く藍の後ろを従者のごとく追いかけた。



 遊び盛りの高校生にとって、学校をサボって駅前の商店街をぶらつくというのは至高の贅沢とも言える。はずなのだが、篤巳は連れられてやってきた場所を見て、期待という感情が吹き飛ぶのを感じた。

「ええと、まだ開いていないみたいだけど」

 篤巳はクローズと書かれたファンシーな札がかかる入り口を見やる。

「大丈夫です。従業員のひとに頼んであるので」

 藍はかかっている札を無視して扉に手をかけた。扉の上部に付いた鈴が乾いた音を立てる。

 あっさりと入っていった藍のあとに付いて、篤巳もメイド喫茶へと足を踏み入れた。

 開店前の店内は外から差し込む朝日だけが照明となり、ファンシーな内装も相まってどこか現実と思えない雰囲気だった。そわそわとあたりを見渡す。

 初めてのお店に緊張しているというものあるだろうが、道中ずっと無言だった彼女の態度が気になるのもある。

 篤巳がいつもの調子で何度か話しかけても藍の返事は素っ気ないものだった。

「あっ、水原さん。お待ちしてましたよ」

 どこからともなく出てきたメイド服の女の子。従業員と思しきそのポニーテールのメイドは彼女に声をかけるとそのまま奥の席へと案内をした。

 親しげに話すふたりに気後れしたのか篤巳の足が止まる。

 そんな篤巳に向かってメイド服の女の子は手をひらひらさせる。おいでと言わんばかりの仕草と笑顔。営業スマイルだとわかっていても思わず頰が緩む。

「何してるんですかストーカーさん。こっちですよ」

「人聞きの悪いことを言うなって」

 メイドさんに不審がられるだろう。もしかしたら今後来るかもしれないんだから、やめてくれ。

「開店前なのでお茶しか出せませんけど」

 メイドさんは用意してあったのか手早く飲み物をテーブルへと運んできた。遠慮する間もなかったな。

「向こうにいるので終わったら声かけてくださいね」

 フリルをあしらったメイド服をつい目で追いかける。しかし、突き刺さる視線にすぐに正面に向き直す。

「水原さん、こういうお店よく来るの?」

 藍は肩をビクつかせて一瞬黙る。

「……聞かれたくない話をする時に利用してるだけです」

 視線を逸らしながら言われてもな。そういう趣味があったとしても隠すようなことじゃないだろう。

「開店まで時間はありますけど、長居しても迷惑ですから手短にお話します」

「そうしよう。なんだかここは落ち着かない。いろいろと。それで情報ってのは?」

 篤巳に促され、藍は鞄の中から封筒を取り出した。無地の封筒。パッと見た限り片面にしか文字が書かれていない。

「それは?」

 さりげなく手を出してみるが、こちらに渡すつもりはないようだ。

「どこから手に入れたのかは知らないけど、それが彼女に関係のあるものなのか?」

「彼女というのは、このひとですか?」

 藍は封筒と同じように鞄から一枚の写真を取り出す。以前に篤巳が見せた写真と同じもの。全部回収したつもりだったけど、まだ残っていたのか。

「水原さん、その写真はだれから?」

「その反応だとどうやらあなたの写真とは別のもので間違いないようですね」

 わざと質問に答えようとしないのは明らかだった。

「そんなに多くないはずなんだけどね、まだその写真を持ってる人間は」

 合わせるように篤巳もはぐらかすような答えを返す。

「この封筒の中身、見せる代わりに条件があります」

「一応聞いておこうか」

「読み終わった後で、私の質問に答えてください」

「それだけか?」

「はい」

 藍は短く答えた。どことなく覚悟を決めるような一言。誤魔化すのは無理だと判断した篤巳は小さく息を吐く。

「おーけー、条件を呑もう」

「約束ですよ」

「心配しなさんな。嘘は吐くけど約束は守る男だ」

「……腑に落ちないけど、まあいいでしょう」

 藍は躊躇いがちに封筒を篤巳へと差し出す。それを受け取りすでにいているところから中の便箋の束を取り出す。

 そこまで長くないけど、少し時間がかかりそうだ。

 篤巳は便箋に並ぶ丸っこい文字へと目を走らせた。


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 お久しぶりです。

 なんて、手紙で言われてもって感じだよね。

 あたしが家を出てからもう五年は経ったかな。

 あなたはまだ小学生だったから、突然あたしがいなくなってびっくりしたよね。

 お父さんとお母さんにはずっと反対されてて、誰にも言わないで出ていっちゃったんだ。

 何があったか全部は書ききれないから、書けるところだけでも話しておきます。

 あたしが高校三年生の頃に、東京からテレビ局がロケに来てた時があったの覚えてる?

 その収録を野次馬しにいったんだけどね、その時に同行してた芸能事務所のひとがあたしに声をかけてきたんだ。

 なにかと思ったらあたしをスカウトしたいって言い出したんだよ。

 びっくりしたけどずっと憧れてたものだからすっごく嬉しかった。

 それでね、詳しくはご両親と話をするって言ったからうちに呼んでお父さんとお母さんに聞いてもらったんだけど、反対された。

 さっきも言ったけどずっと反対され続けたんだ。

 その芸能事務所のひとが怪しいとかそういうわけじゃなかったんだけど、お父さんもお母さんも子供にはそういう仕事をしてほしくないって考えだったみたいでさ。

 だからあたしはこっそりその事務所のひとと連絡を取り合って、仕事の現場に連れていってもらってたんだ。

 あたしが働くのはだめだけど、見学するだけならいいよって言ってくれたから。

 それでますます芸能界で働きたいって気持ちが強くなってね。

 卒業をしたら絶対その事務所に入るって決めたんだ。

 事務所のひとと会ってるのは隠してたから、卒業式の直前まで事務所に入ることは黙ってたの。

 でもいよいよ卒業ってなったらやっぱり話さないとじゃない?

 それでとうとう打ち明けたんだけど、やっぱりふたりともいい顔しなくてさ。

 あたしはもう決めたことだからって思い切って家を出たの。

 本当はあなたにも話しておきたかったんだけど、ほら、あなたはあたしのこと苦手だったでしょ?

 あまり話したがらなかったし。

 今更だけど、もっといっぱい話しておけばよかったね。

 年が離れてるから共通の話題ってなかなかなくて、なんとなく話すきっかけがなかったの。

 でもきっかけなんてなんでもよかったわ。

 家を出て行ったことは間違ってなかったと信じてるけど、あなたのことはずっと気がかりだった。

 後悔っていうほどでもないけど、ずっと心配だった。

 あたしがいなくなったせいでふたりからのプレッシャーを受けてるんじゃないかって。

 だからこうして最後にあなたに手紙を残していきます。

 そう、最初で最後なんです。

 理由は言いたくないので書きません。

 ごめんなさい。

 でも心配しないで。

 あたしはこの芸能界のお仕事が好きです。

 楽しくて毎日が充実してます。

 あの時ちゃんと決断して良かったって胸を張って言えます。

 だから、あなたもちゃんと自分の人生を歩んでほしい。

 お父さんとお母さんの言葉も大事だけど、それに惑わされないで、自分のことをしっかり見つめてください。

 お姉ちゃんはいつまでも藍のことを思っています。

 どうかお元気で。


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