いれかえ

篠騎シオン

ここから抜け出すには

「ひどい、どうしてこんなことに」

下に落ちているのは、ぐちゃぐちゃの死体。

私の、友達だった彼女。

私が、私の代わりに突き出した彼女。

それでも、笑って許してくれた彼女。

周囲を見渡すと、彼女をいじめていた当のいじめっ子たちも、

顔面蒼白で、プルプルと震えている。

彼女たちも、こんなことになるとは思っていなかったのだろう。

退屈な思春期のちょっとした遊び。

いじめは、強者によってはその程度でしかない。

私は、そんなみんなを横目に、彼女のもとにいくために、教室を後にする。

「杉本さん、今は授業中じゃ?」

まだ騒ぎを知らないであろう先生が、教室から出てきた私に声をかける。

無視。

私は、廊下を走る。

あんなことがあったのだ、少しは大目に見てもらえるだろう。

校庭に出る。

彼女のもとへと走る。

生きている、なんていう儚い希望は持ってない。

でも、なんでか私の心は彼女のもとへと行けと急き立てていた。

私はぐちゃぐちゃの死体の隣に立った。

赤い血。

彼女に近づこうとした私の靴の裏につく。

学校指定の白い靴についた血は、なんだかとても非現実的で、

私はとてもくらくらする。

ぐちゃぐちゃの友達を見つめる。

彼女はなんだか笑っているように見えた。

どうして、笑っているの?

どうして、死を選んだの?

ううん、違う。

「彼女は私が殺したんだ」

つぶやいたとたん、意識が遠のいて、私は。



目が覚める。頭が痛い。

知らないベッドの感触。いつもより少し高い枕。

そして、気持ちの悪い消毒液のにおい。

私はゆっくりと目を開け、周囲を見渡す。

体から若干血の匂いもした。

点滴がぽたりぽたりと落ちて、私の中に入ってくる。

「あら、杉本さん。起きたのね」

私が目覚めたのに気付いた看護師さんが、声をかけてくる。

心地よい、やさしい声の人。

「はい」

かすれた声で答える。

「意識ははっきりしている? 自分が誰だかわかる?」

「はい」

私が答えると、看護師さんはにっこりしてくれた。

なんだか、それが妙にうれしかった。

そのあと、看護師さんが連絡をしたのか、学校の代表だとかいう人が来て、私はその人と話をすることになった。

「血まみれの中に倒れていたからびっくりしたのよ」

第一声がそれで、あまり印象のよくない女の人だった。

その人は、彼女に何があったのか、根ほり葉ほり聞いてきた。

私は全部話した。

最初に私がいじめられた。

私の筆箱に入ってたペン。おじさんが旅行に行ったときに買ってきてくれたそれが、なんだか有名なところで売っているものらしくて、そんなの持っているなんて、みんなと違うなんておかしいということ。

そこから、女の子たちみんな、私のことはいないように扱った。

あ、違う。彼女以外の女の子たち。

彼女はそんな同調圧力には負けなくて、私に普通に話しかけてきてくれた。

そしたら、今度は彼女がいじめの対象になった。

みんなが彼女を避けて、今度は私には話しかけてくる。

彼女はきょとんとして、なんだろうねって私に笑いかけてきた。

彼女と話すなよ、と目で伝えてくるみんな。

そんなみんなの視線に私は負けた。

私はみんなと同じように彼女を無視した。

そこから、本格的ないじめが始まったのだ。

そしてその結果、彼女は屋上から飛び降りて、ぐちゃぐちゃの死体になってしまった。

私がことの顛末を伝えると、学校の人は言った。

「そうねえ。大変だったわね。でも、私はいじめがあったというのは、勘違いだと思うのよ。クラスの他の子たちはいじめなんてないって言ってたわ」

そりゃそうだ。加害者にはなりたくない。

うん……それは私もだ。

死んだ彼女は戻ってこない。でも私たちは生きていかなきゃいけない。

だから。

「そうですね、勘違いかもしれません」

私がそう言って、いじめがなかったことを肯定したら、学校の人はとても満足した様子で笑って、そのまま帰っていった。

大人は嫌いだ。

でも、もっと嫌いなのは、こんな自分。

彼女を。やさしい彼女をただただ殺してしまった自分。

ぎゅっと、体を縮める私。

涙は出てこない。

私には泣く資格がない。

泣く資格があるのは、彼女のためになにかをした後だ。

私は覚悟を決め、心の中から自分のカードを取り出す。


「私のカード」

誰でもカードという特殊能力を持っているこの世界。

私のカードは、≪等価交換≫

私が同価値と判断した二つのものを入れ替えることができる、そういうカード。

でも、これが難しい。

世の中には、同価値のものなんてほとんど存在しない。

天秤にはかけられない。

今の私にできるのは、お金を使って、その商品を交換することぐらい。

でも、そんなのはお店に行けばいい話。

だから今まで、私はなんでこんなゴミみたいなカードをもらっちゃったんだろうって思ってた。

でもね、今思いついたよ。

彼女の命と私の命なら等価交換できるんじゃないかって。

私は、カードを握りしめ、ぎゅっと力を籠める。

「お願い、≪等価交換≫」

さようならと、自分の命に告げて、私は言葉をささやく。

でも、何も起きない。

カードに、等価じゃないと判断されたのだ。

そうか。そうだよな。

ただ、普通に等価交換したところで。

あの尊い、誰にでもやさしい彼女と、

友達を代わりにいじめさせるような私とで釣り合うわけがない。

「もう、いやだ……」

そのことに気付いた私は、ベッドに倒れこむ。

泣いちゃいけない。

苦しい。

苦しみに耐えかねて、私は、

自分の意識を手放した。


夢を、見た。

私が、彼女になっている夢。

彼女になった私は、いじめられている彼女に話しかける。

そして、次の日から、いじめの対象になってしまう。

彼女の気持ちを記憶を、私は夢で追っていった。

夢の中は痛みを感じない。

でも、私の心臓はとても痛かった。

心が痛かった。

「くさい、うざい、ブス。消えろ」

無視から発展したいじめは、いつの間にかエスカレートしていく。

私のカバンは荒らされ、教科書には落書きをされ、プリントは回ってこず、給食にはのりや、消しかすを入れられる。

ものがなくなり、先生のいないところで暴力を振るわれ、相談しに行った先生には信じてもらえず、傷がただ増えていく。

いっそ、死のうかな。

私は彼女が遭ったことを経験していっていつの間にかそう思っていた。

そしてはっとする。

彼女はどうして死んだのか。

それが、わかった。

私は、夢だから死んでもいいかなって思ったのだけれど。

でも、彼女は、違ったのだ。

彼女は、本当に、そう思ってしまったのだ。

そして実行してしまったのだ。

私は、それを感じて。彼女が飛び降りた屋上へと向かう。

柵を乗り越え、彼女が飛び降りたであろうところと同じ場所に立つ。

高い。足がすくむ。

彼女は怖くなかったのだろうか。

いや、怖かったはずだ。

でも、それ以上にいじめられる現実が怖かったのだ。

ここまで、彼女と全く同じ経験を夢でしてきて、私はそれを感じていた。

そのとき。

風が強く吹いた。

私はその風に押し出されて、宙を舞う。

世界がスローモーションになった。

夢の中で死ぬ直前でも、こういうことって起こるんだなって私は呑気に思った。

『でも、待って!』

私はそこであることに気付く。

今まで、私は彼女の経験をそのまま夢の中で追いかけてきた。

これなら。

この夢なら。

今の現実と等価といえるんじゃないか。

心臓が早鐘をうつ。

それが、目前の死のせいか、私の気づきのせいかわからないけど。

一生分の鼓動をしてしまおうと急ぐ心臓に私はストップをかけ、カードを使うため、意識を集中させる。

『≪等価交換≫』

カードが発動され、能力がすべてを包み込んでいく感覚がした。

私は、現実に目覚める。夢が現実に変わる。

私は、それを自分の体で感じた。地面に追突した痛みによって。


『ここは現実』

全身を突き抜ける痛みによって、私はそれを確信する。

そしたら、痛いよりもとにかくなんだか、とてもほっとしてしまった。

『ああ、これでやっと泣ける』

私は、そう思ったが、出てきたのは涙じゃなくて微笑みだった。

自分はもう死ぬのに、なぜか笑ってしまう。

『不思議』

私は幸せな気分で自分の意識を手放す。

私にとってそれは、


最高の目覚めで最高の眠りの始まりだった。



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