告白をすること
鹿子
第1話
放課後の2-A教室には夕焼けが差していた。教室から見える校庭では,野球部やサッカー部,陸上部など部活動がところ狭しと活動しており,ときおり「北高ー! ファイトー! ファイトー!」返すように「ファイットー,ファイットー」という掛け声が教室にも聞こえてきた。
2-A教室の中には佐々木孝之だけが一人ぽつんと教壇の脇に立っていた。他の生徒たちは部活動に,遊びに,アルバイトに,もうすでに立ち去ったあとだ。教室の中では,孝之が落ち着かないように足を動かす音だけが響く。孝之は教室用の時計を眺めながらしきりにつぶやいていた。
「そろそろかな……」
それはもう何度言った言葉かわからない。時計の針はすでに午後5時をさしていた。
約束の時間まであと30分なのだ,まだ彼女が来るはずもないのだが,それでも孝之は「そろそろかな」とつぶやいている。
孝之はポケットに手を入れ,スマホを取り出した。ポチポチと操作しLINEを開く。
思わず緩んでしまう頬を引き締め,文面を見返す。
『佐々木くん いきなりごめんね。2年D組の中倉です。 明日の放課後,時間あるかな? 少しお話したくて汗 わたし的に大事な話だから,直接あって話したくて』
昨日,孝之はそのLINEを見た時に,はげしく動揺した。「え,これ告白じゃね」と心でつぶやき「いや,そんなわけあるのか」と心でツッコミ大変なことになっていた。そして,勢いとはいえ既読をつけたからには返信しなくてはと焦りにかられていた。
少し冷静になってみると違和感は多かった,そもそもLINEの送り主――中倉桜とは孝之はほとんど面識が無かったのだ。一年生の頃に委員会が同じで名前だけは認識している,その程度のものだったのだ。さらに中倉桜は学校の中でも五本指に入るほど人気の高い女子なのだ。容姿端麗,学業優秀,その上誰にでも優しくて明るいと,どこまでも評判が良い。この連絡は間違いとか,ドッキリとか何か裏がある可能性も後々考えていた。
しかし,もう孝之の頭の中では結論が出ていた「ああ,これは告白だ」と。
孝之は,戸惑いも忘れてすぐに『いいよ』と答えたのだった。
「あってるよな……よし!」
孝之はひとり気合を入れる。
落ち着かない孝之はスマホのカメラを見ながら慣れない手付きで,前髪をいじろうとしていたときだった。
廊下から足音がタッタッタ,と近づいてくるのが聞こえた。
孝之は唾を飲み込んで,姿勢を伸ばす。
「来たかな……?」
するとまもなく,教室に中倉桜がやってきた。ブレーザーを着た少し華奢な体。急いできたのか肩までのふんわりとした黒髪は少し乱れている。くりっとした瞳が元気さと可愛さを備えていた。
桜は2-A教室を覗き孝之を確認すると,少し照れてように顔を赤らめ,髪を手ぐしで整えながら言った。
「ごめん,待ったかな? 委員会の仕事で少し遅れちゃって」
孝之は,本人が来たことに少しあっけに取られてようにしていたが,すぐに答える。
「いや,大丈夫だよ,全然待ってない。僕もちょうど来たところ」
すると,桜はホッとしたように「良かったあ」と微笑んだ。
その花が咲いたような笑顔に胸がどきっとする孝之。
桜がうんうんと少し頷くと,孝之に改めて向かいあった。孝之も思わず桜と視線があう。
「佐々木くん,えーっと,この度はお越しいだきありがとうございます――ってちょっと固いか」
そう言って,はにかむ桜。
「……あのね,佐々木くんに来てもらったのは,大事なことを伝えたくてね」
そこで言葉を切る桜。そして,言う。
「聞いてくれますか?」
孝之はゆっくりとうなずいた。
「うん,何でも」
桜はゆっくりと,はっきりと言った。
「佐々木くん,好きです。付き合ってください」
そう言って桜はうつむいた。その顔は蒸気がでそうなくらい真っ赤だった。
孝之は予想していたのにかかわらず頭が真っ白になってしまっていた。
(なにこれ,なんだこれ,なんなんだこれ,どどどうしよ,いや,答えはイエスなんだけど,どうし)
頭の中を無意味な言葉が巡る。
桜はうつむいたままだ。ふと,戸惑っていた孝之の視界にさくらの指先がみえた。
細い形の良い指先は小刻みにふるえていた。
(中倉さんも……怖いのか――)
モテるから,自分とは違うのだと思っていた。しかし,そんなことはないのだ。
孝之は震える口を動かして,はっきりと伝える。
「中倉さん,ありがとう。こちらこそ――よろしく」
その瞬間。
世界は暗転した。
『ピピピ,ピピピ,ピピピ,ピピピ――』
アラーム音が部屋の中に響く。
「ん……」
孝之はベッドからもがきながら,手を伸ばしスマホのアラームを消す。
「夢……か」
朝日が部屋の中を照らしている。孝之が寝ぼけ眼をこすりながら,部屋を見渡すと,教科書が積まれた学習机も,お土産で買ってきた時計もいつもどおりの孝之の部屋だった。
孝之はベッドの伸びをしながら,つぶやく。
「夢か,夢だよな――悲しいような,安心したような」
思い出しながら目も覚めてきていた。
「都合良すぎるよなー」
ベッドで寝転がりながら,くっくと孝之は笑っていた。
孝之の視界の隅で,スマホが点滅しているのが見えた。「なんだろ」
手を伸ばしてスマホを掴む。
LINEのいくつか通知が来ているようだった。
「うーんと――なんだよ,公式かよ」と公式サイトからの通知に孝之は毒づき,既読をさっと消す。
そして,もう一つLINEの通知が来ていた。
孝之はその画面を見ると,思わずニヤついた。そして,楽しげに返信を打ち始めた。
告白をすること 鹿子 @KanoYasu
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