銀河刑事イスルギ、警察犬のポチと一緒に盆栽を壊した犯人を捜す

秋山機竜

駄犬って一周まわってかわいいよね

 これは夢だ。明晰夢ではなく、機械の設定によって同じ夢を何度も見るようにしてあった。


 夢を見ているのは銀河刑事だった。名前はイスルギ。地球出身の三十五歳。警察犬と一緒に現場を飛び回る担当。犯人が音を上げるほど執拗な捜査に定評があった。


 そんな銀河刑事のイスルギだが、機械で設定してまで何度も見たい夢は、現場検証のログであった。


 事件の発生場所は地球警察日本分署の署内だ。当時、第三星団との友好関係を示すために祭典が行われていた。第三星団の王子は盆栽が趣味であり、彼の大切な一品が展示されていた。


 だがその大切な盆栽が、何者かの手により破壊されてしまった。


 銀河外交のために展示されていたものを壊されたとあっては、治安維持および警護能力に問題アリとされて、署員全員が半年の減給処分になった。


 そのせいでイスルギは特売のエアカーを購入する機会を見逃してしまった。あの機会を逃したら、もう二度と特売にはならないだろう。今でも犯人を恨んでいる。絶対に器物破損で逮捕してやらねば。


「ポチ。現場検証をやるぞ」


 ポチは地球生まれの雑種だ。タンポポみたいな茶色い体毛と、ちょっと間の抜けた顔が可愛い。彼はイスルギの愛犬であり、業務上の相棒でもあった。


「へっへっへっ」


 ポチは警察犬の仕事を放棄してゴロンと寝そべった。やる気のない顔からして腹が減っているらしい。


「さすが俺の相棒だ。腹が減ると一歩も動かないぜ」


 ポチに餌を食べさせてやりながら、科学捜査班の現場検証ログを確認した。


 犯人は飾り台に展示してあった盆栽を突き飛ばし、地面に落として容器を割った。飾り台に作用した力の痕跡からして、間違いなく手でやったという。


 どうやら犯人は残忍な思考の持ち主らしく、割れた盆栽の木と土を執拗に叩いてぺちゃんこにしたようだ。やはりこれも手でやったようだ。


 盆栽の木と土なんて特殊なものを手で叩いたら、どれだけ洗っても爪の中に微細な成分が残る。犯人逮捕の近道になるだろう。


「わんわんっ」


 腹いっぱいになったポチが、現場の匂いをくんくんと嗅いだ。すぐさま紐をぐいぐい引っ張って歩きだした。どうやら怪しい匂いを感知したらしい。


 さすがうちの愛犬、科学捜査班のインテリより優れた嗅覚を持っているわけだ。あのインテリども、いつも態度がデカいから、ポチにひれ伏すといい。


 なおポチが嗅ぎつけた匂いだが、署に出入りする弁当業者だった。本日も宅配業務を行っていて、署の駐車場で荷下ろしをしていた。


「……なぁポチ、まさかおいしい匂いを追っただけじゃないよな?」


 まさかではなく、ポチは弁当業者に鼻をすりつけておねだりしていた。ちょっと褒めたらこれだ。いったい誰に似たんだろうか。


 だが業者が犯人の可能性はゼロじゃないから、念のために手を調べた。やっぱり土の痕跡はなかった。ポチはただの食いしん坊だ。


「業者さんよ、疑って悪かったな。ところで当日も仕事してたみたいだけど、事件発生当時になんか気づいたことってなかったか?」


「うちの犬型ロボットが覚えてるかも」


 荷物運搬用の犬型ロボットがやってきた。見た目こそ鋼鉄の塊だが、仕草は本物の犬っぽかった。だがうちのポチのほうが可愛い。なんて張り合っている場合ではない。


 犬型ロボットのログを調べた。ひとつ気になる映像があった。事件当時、交通課の女性署員たちがデロコロパーティーをやっていた。このデロコロだが、第三星団ではポピュラーな郷土料理であり、見た目が盆栽にそっくりだった。


 弁当業者がうんちくを披露した。


「第三星団の人が地球の盆栽を好むのって、子供のころから食べてる郷土料理に見た目がそっくりだからって聞きますね」


「へー、詳しいんだな、第三星団の事情に」


「弁当の業者やってると、食べ物のネタだけは銀河レベルで集まってくるんですよ」


「もしかして、盆栽をデロコロと勘違いして食べたなんて小話もあったりするのか?」


「たまにあるみたいですよ。うまそうだと思って噛みついたら盆栽だったって」


 もしかして、交通課の女性署員が犯人ではないか? デロコロパーティーをやっていて、本物のデロコロと盆栽を混同してしまったとか。


 イスルギとポチは署に戻ると、交通課にやってきた。


 いきなり女性署員たちがポチに餌を与えた。ポチも警戒しないでほいほい食べてしまう。どうやら日常的に餌付けされているらしい。


 イスルギは女性署員たちに文句をいった。


「なんで勝手に餌付けしてるんだ。ポチは食べすぎると仕事中に寝ちゃうんだって、ああもう手遅れだ」


 ポチはもう寝ていた。ちくしょう、堂々とサボっているくせに、可愛い寝顔だ。


「なによ。警察犬なんだから、みんなで育てればいいでしょ」「そうよ器の小さいやつ」「だからモテないのよイスルギは」


「うるせぇな。とにかく、例の盆栽破壊事件、お前らが最重要参考人だから、爪を調べていくぞ」


「仲間を疑うなんてサイテー」「そんなだから結婚できないのよ」「ポチはかわいいけど、イスルギは不細工ね」


「余計なお世話じゃああ!」


 怒ったイスルギは、とてつもない速さで女性署員たちの爪を調べた。


 結果はシロだった。イスルギは土下座した。


「疑ってすいませんでした。だから俺の悪い噂を署内に流さないでください。ただでさえモテないのがさらにモテなくなるんで」


「今回だけは見逃してあげるわ。ポチの寝顔の可愛さにめんじて」


「しかし捜査に行き詰ったなぁ。なんか新しいヒントってないか?」


「イスルギが第三星団に出張決定したやつとかどう?」


 署内の回覧サーバーが更新されて、なぜかイスルギは第三星団に出張が決まっていた。それも年単位の長期出張だ。


「どう考えても左遷なんだが……俺がなにをやったっていうんだ……」


「さぁ? 科学捜査班も動いてるんでしょ。あの人たちなら、なんか知ってるかもね」


 科学捜査班はいけ好かないやつらだが、左遷の真実を知りたい。イスルギとあくびをするポチは彼らのオフィスをたずねた。


 科学捜査班のリーダーが、ポチの頭をなでた。


「この世には解明しなくてもいい謎がある」


「さては犯人を見つけたんだな。俺にも教えろ。あいつには恨みがあるんだ。すべての署員の恨みがな」


「ふん、二度もいわせるな。あの事件は解明しなくていい。左遷先でもうまくやりたまえ。イスルギに愛着はないが、ポチくんは結構好きだから、これをプレゼントしよう」


 餞別代りに、ポチ用の餌をどっさりもらった。


 こうしてイスルギは第三星団に出張となった。もちろん愛犬であり相棒でもあるポチも一緒だ。外宇宙への移動だからコールドスリープを使うことになる。茶色いモコモコであるポチを抱きしめて、三か月間の長期睡眠に入った。


 コールドスリープ中は、映画やゲームで暇をつぶすのがポピュラーだ。しかしイスルギは意地でも犯人を知りたかったかったので、睡眠中も捜査のログを閲覧できるように設定した。


 夢の中で、何度も何度も現場検証をした。回数を重ねるごとに、ちょっとずつ犯人に近づいていく。


 盆栽が乗っていた飾り台は、地上から高さ七十センチのところにあった。そんな低いところにあるものを、なんで手で突き飛ばしたのかといえば、犯人の身長が低いからだろう。


 それとデロコロと盆栽が似ていることも考えた。いくら署員の子供だって、さすがに盆栽とデロコロは間違えないだろう。


 この二つの情報を踏まえながら、百回目の夢を見たとき、ようやく真実に届いた。


 もしかして犯人は、人間じゃないのか?


 *******


 イスルギはコールドスリープから目覚めた。すでに宇宙船は第三星団に到着していた。


「わんわんっ」


 愛犬のポチもコールドスリープから目覚めた。寝起きでも愛らしいやつだ。これからもずっと一緒だ。なにがあろうとも。


 さて、これからどうやって盆栽破壊事件と向き合おうかと考えていたら、なんと例の王子がイスルギを出迎えた。


「盆栽を壊した犯人を一生懸命に探してくれた刑事さんですね。あれからずっと気になってたんです。地球換算で三か月経ちましたが、犯人は見つかりましたか?」


 犯人は見つかった。愛犬のポチだった。


 交通課の女性署員たちが日常的に餌付けしていたことからわかるように、ポチもデロコロパーティに参加していた。


 だからおいしいデロコロと、木と土の芸術である盆栽を混同した。


 犬の身長からすると、ちょっと高いところにあるうまいものを食べてやろうと、前足を伸ばした。すると盆栽は押し出されて地面に落ちて割れた。犬だから地面に落ちたものだって食べようとする。だが壊れた容器と木しかなくて、うまいデロコロはどこにもないせい。


 ポチは怒りまかせに盆栽の残骸をぺちぺち叩いてしまった。


 ポチの手は犯人の証拠である木と土の痕跡だらけになった。だが地面を歩く犬の手に木と土が付着していても、誰も怪しまないわけだ。


 犯人はわかった。だがポチだと判明してしまったら保健所行きだ。普通の盆栽ではなく、第三星団の王子が銀河友好のために展示した芸術品だ。もし犬のやったことだからと甘い判断を下したら、外交問題になるかもしれない。


 だから科学捜査班は犯人を語らなかったし、報告を受けた署長は真実を隠ぺいするために飼い主のイスルギを左遷。ポチを犯罪現場から遠ざけて守った。


 みんなポチのことが好きだった。たとえ給料の減俸処分があろうとも。


「王子様、申し訳ありません。犯人は見つかりませんでした」


 イスルギは刑事人生で初めて犯人を隠ぺいした。

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