秋 高校生 深化

2章

 下駄箱で外履きに履き替え、すでに暗くなった道を彼女と並んで歩く。仕事を始めた街灯によって照らされた道は黒の中にところどころ光が当たることでマーブル模様を描いていた。別段きれいというわけではないが、不思議な気分にはなる。メルヘンっぽい。

 下を見ながら隣を歩く彼女は外に出ても変わらず無言だった。ここまで無言だったことは記憶の限りではない。相当気になることでもあったのだろうか。むしろその方が気になるが、やはり黙っておくのが無難なので何も言わなかった。手持無沙汰なので月でも眺めておく。某ネコポケモンが月を見るたびに哲学するわけだが、なるほど、どうやらあのネコはかなり感性豊からしい。

 「ねえ」

 くだらないことを考えていたら彼女から声をかけられたので、視線を下げて彼女の方を見る。こうして横に並ぶと彼女の方がやや小さいため、見下ろす形になるのだ。そうなることに時の流れというやつを感じた。昔はそんなに背格好は変わらなかったのになあ。

 「柴崎君と何話してたの?」

 俯いたまま彼女が問う。やや緊張した声音だった。顔を見ることが出来ないのでその問いの意図までは読めなかったが、まあ事情を知っていれば考えるまでもないことだろう。

 「別に、普通のことだよ。明日の小テストとか」

 流石に彼女にフラれた理由を直接話すことは出来ない。そんなことしたらせっかく元に戻りかけていた彼女の元気がまた失われてしまっている。彼女の幼馴染としてさすがにそれはいただけない。

 なのではぐらかした。別に嘘ではない。まああれを話していたというのかは微妙だが、あれだ。不幸な真実より幸せな嘘みたいな、そういうことだ。

 「…ホントに?」

 彼女は信じていないかのようにそう言ってきた。信じろという方が無理な気もする。というか、今はとりあえず疑っていたいのだろう。そうすれば実際に何かあったとき対処するのが楽だから。

 「ホントホント。というか別に柴崎とは仲がいいわけじゃないから大したことは話してないよ」

 安心させるような口調を意識しながら告げてみた。果たして効果はあったのだろうか。というか、口調を意識して話すと大抵ろくなことがない気がする。昔図書館で後輩ちゃんに接した時もめちゃくちゃおびえさせたしな、結局。

 彼女はまだ何か考え事をしているようだった。腕を組んでウンウンと唸っている。可愛い。精神的には幼いといっても、見た目は立派な十七JKのそれである。つまりJKが腕を組みながら考え事をしているわけだ。可愛くないわけがない。いや別に可愛くない事例は五万とあると思うが、少なくとも彼女がやると可愛くなるわけだ。

 顔を俯けているためその子細なパーツを見ることは叶わないが、代わりに歩くごとに揺れる髪は見放題だった。短くまとめられながらもゆるくウェーブのかかったように見える髪型はショートボブとか言ったはずだ。我ながら髪型に興味なさすぎる。がんばれ高校生。

 「………あのさ」

 「何?柴崎とは本当に何も話してないよ」

 「いや、今はそのことじゃないんだけど」

 彼女が再び話しかけてきたので先んじて言っておいたのだが、どうやら不発だったようだ。しょぼんと落ち込んでみた。誰得だろう。

 「……ゆうちゃんは、進路決めた?」

 なるほどそっちか。そういや一応さっきまでまじめに進路に悩む高校生やってたな。

 しかしなあ、

 「一応。何だかんだ楽だから地元の国立行くと思うよ。学力は足りてるし」

 先生方からの熱いプッシュがあるとはいえ、別に県外の高いレベルの大学に行くメリットは感じられない。であれば楽かどうかで判断するのは間違いじゃない気がする。

 「……そうなんだ」

 「そっちは?」

 「私は…分かんない。でも、ゆうちゃんが行くなら私も国立かなあ」

 彼女も成績はそう悪くない。十分県外を狙える気がするが、まあどうでもいいか。

 「そんな理由で決めたらいつか後悔するんじゃないの?」

 からかうようにそう言った。今は話題を少しでも明るくしたかった。その方が、彼女にはふさわしい気がする。そう思うのは傲慢なのだろうか。あるいは強欲なのだろうか。彼女がフラれた理由を話したくない気持ちが、本当はエゴイズムの一環であるように。

 「もしそうなったら、ゆうちゃんが責任取ってよね」

 彼女が笑いながら返した。彼女のその笑顔はとても彼女らしく、あまりに似合っていてドキドキした。可愛いなと思う。今度はJKとか抜きにして可愛い。それはきっと、彼女自身が持つ魅力なのだろう。だからこんなにも心惹かれる。

 「いやだよ、それぐらい自分で責任取りなさい」

 子供をしかりつけるように頭にチョップを喰らわせてやった。もちろんアリすら殺せないような勢いのソフトタッチで。もはやそれはチョップの体をなしているのかと疑問に思うが、どうでもいいので無視した。

 まあ、彼女の責任取るのは何も不快ではないが。むしろ積極的に養いたいぐらいだ。

 それがまあ、「好き」ということなのではないだろうか。

 こうして成長して、大人になって、色々な価値観に触れて、多くの人間と関わってみて、そして何より彼女の恋愛相談をしていると、不思議なことに自分のことについて様々な発見があった。そして気づいた。いや、認めたというべきなのか。別に本質はそう変わらないからどっちでもいいのだがなあ。

 まあつまるところ、彼女に向けた「好意」はどうやら友人としての、幼馴染としてのそれだけで完結しているわけではないということだ。

 彼女が好きだ。なんて、今更改めて告げることではないが、でも告げてみる。

 それは多分、もう履き違えないためにも必要なことだから。

 「痛いよお」

 大げさに痛がる彼女の素振りを見て笑った。すると彼女もつられるようにして笑った。うん、彼女はやはり笑顔が至高だな。不思議と気持ちがポカポカした。

 彼女が好きだ。彼女が好きだ。彼女が好きだ。彼女が好きだ。彼女が好きだ。

 唱えて唱えて唱えて唱える。唱えるだけで身体が高揚するのを感じた。なんて便利な暖房装置なのだろうか。人間にはこんな素敵なシステムが搭載されていたのかと思った。

 彼女はもうすっかり元気になっていた。それは大変喜ばしいことだ。特に何かしてやれた覚えはないのが唯一の反省点かな。まあドンマイ。

 温かい心を胸に秘めながら、彼女との帰路を行く。幸せという言葉を噛みしめながら一歩一歩の道を歩んでいく。

 来年も再来年も、こうして毎日を過ごしていきたい。彼女の隣に立つことを生涯の幸せにしていきたい。

 あの夏の日に立てた誓いも、少しずつ現実に落とし込まれていく。輪郭を帯びて、形をもって、その枠組みに縛られるようなものとなっていく。

 それでも、彼女を幸せにするという言葉だけは歪まないと信じて。

 秋の紅葉のように深まるこの想いが枯れぬことを信じて。

 彼女と連れ立って、今日という日を歩いていく。

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